「鍛冶屋は腕がいいが、値段も高い」
翌朝。
勇者である田中剛は日が昇る前に起きた。
――それが、習慣だから。
魔王ネネはいびきをかいて、ぐっすり寝ていた。
エリュシアは「女神は睡眠を必要としません」と言ったが、目の下に少し隈があった。
「おい鍛冶屋に行くぞ」
「今すぐですか?」
「当たり前だろうが」
*****
街の一角に、「赤ひげ工房」という看板が出ていた。
扉は重く、中からは金属を叩く音と、炉の熱気が漏れていた。
入ると、でかい男が振り向かずに言った。
「まだ開店前だ。とっとと出ていけ――」
「知らん。お客様は神様だ。材料持ち込みで、工賃だけで鍛冶依頼がしたい」
男が手を止めた。
赤ひげの、がっしりした鍛冶師だった。年は五十近い。腕に無数の火傷の跡。目つきは悪い。
「……名前は」
「ロックだ」
(あなたは田中ではありませんか.....初対面には偽名なのですね......)エリュシアが思った。
「どこの生まれだ」
「遠い」
鍛冶師がようやく振り返った。
「材料持ち込みは受けん。品質の保証ができない」
「品質の判定は俺がする。お前の意見など受け付けん」
間。
「……お前が?」
田中は懐から布を取り出した。
昨日の道具屋で仕入れた素材と、道中で拾い集めたもの。スライムの固体部位、廃砦に転がっていた鉄くず、森で拾った硬質の樹皮。
鍛冶師が無言でそれを手に取った。
指で触れる。折り曲げる。光に透かす。
「……どこで拾った」
「道中だ」
「これ、スライムのコアじゃないか」
「固体化した部分だけ剥いだ。溶解しない。強度は鉄の一・三倍はある」
「……なぜそれがわかる」
「触ればわかる。常識だろうが」
鍛冶師は長い間、素材を見ていた。
「……工賃だけでやれ、と言ったな」
「そう言った」
「いくらまで出す」
「妥当な額なら払う。ぼったくるなら他に行く」
鍛冶師は鼻で笑った。
笑い方は悪かったが、目が少し変わっていた。
「面白い。受けてやる。ただし俺のやり方でやらせてもらう」
「仕上がりが同じなら文句はない」
「ガンツだ」
「田中だ」
握手はしなかった。互いに名乗って、それで終わりだった。
(……なんか、この二人、似てる気がする)
エリュシアは黙って見ていた。
*****
「ところで」
田中がネネを見た。
「お前のあのヘンな鎧、持ってこい」
「は? なぜだ――」
「整備が必要だろうが」
「整備……?」
「あれ、いつ磨いた」
ネネが黙った。
「……磨く?」
ガンツが振り返った。
静かな目で、ネネの漆黒の鎧を見た。
「……こっちに来い」
ネネが近づくと、ガンツは鎧の継ぎ目に指を走らせた。
「錆が出かけてる。革の部分が乾いてひび割れてる。可動部に砂が噛んでる」
「そ、そのようなことは――」
「動ける鎧か、飾りかで分かれる。今のお前の鎧は飾りだ」
「飾り!? これは千年前に最高の職人が作った――」
「千年前の整備で今に対応できるか」
バッサリ切られた。
「無駄だ。削れ」
横から田中が言った。
「……二方向から言われておる」
(……なんか、少し可哀想になってきた)
エリュシアは思ったが、口には出さなかった。
「整備代は別でかかるぞ」
「払う。ネネ、家計簿に整備費の項目を作れ」
「今か!?」
「今だ。記録しないと忘れる」
ネネはぶつぶつ言いながら、懐から小さな帳面を取り出した。
昨日の夜から始めた家計簿だった。
字は綺麗だった。ちょっとだけ意外だった。
(……真面目に書いてる。千年の魔王が家計簿を)
エリュシアは感心して、再び口をつぐんだ。
*****
「おい。お前もだ」
田中がエリュシアを見た。
「……私ですか」
「昨日、布を増やすと言ったな」
「言いました」
「ガンツ、この女神に動きやすい衣装を見繕ってくれ。胸と肩が出すぎてる」
「ちょっと待ってください!」
エリュシアは一歩前に出た。
「なぜ鍛冶屋で衣装の話になるのですか。それに私の衣装は天界の正式な支給品で――」
「走れるのか」
「……」
「昨日も聞いたな。全力で」
「……」
沈黙。
「だろうが――」
(悔しい。ものすごく悔しい。でも昨日から一度も反論できていない)
「……わかりました」
諦めた。
ガンツが無言で採寸を始めた。手際は良かった。こういう依頼にも慣れているらしい。
「動きやすさ優先でいいか」
「防御力も落とすな」
「そりゃ両立させるのが職人だろ」
「だから頼んでる」
ガンツがわずかに頷いた。
(……この二人、会話が少ないのに話が進んでいる)
エリュシアはそれをぼんやりと見ていた。
(なんでしょう、この妙な敗北感は……)
*****
「仕上がりは明日の昼だ」
ガンツが言った。
「わかった。午前中は別で動く」
「何をするのだ?田中」
ネネが書き終わった帳面を閉じながら聞いた。
「ギルドに行く」
「ギルド?」
「冒険者登録だ。こういうのだと常識だろう?身分証と情報収集が必要になる。パーティで動くなら全員登録が基本だろうが」
「魔王がギルドに……」
「問題があるか」
魔王「……ない」
女神「......ありません」
(魔王:大いにある気がするが。私の鎧は黒いし角は取れないし)
(女神:魔王が冒険者ギルドって.....ほんとこいつ、なんなんでしょう......でも言ってることは当たってるのよね)
去り際で鍛冶屋の入り口で田中が言った。
「おいガンツ」
「なんだ」
「いい仕事をしろ」
「言われなくてもそうする」
短い会話だった。それで十分だった。
*****
工房を出ると、朝の光が石畳に落ちていた。
ネネが帳面を開いたまま歩きながら言った。
「……鎧の整備費はどの項目に入れるのだ」
「装備修繕費か、業務委託料だな」
「装備修繕費。……装備修繕費」
ネネは丁寧に書き込んだ。筆圧が強かった。真剣だった。
(千年間、誰も教えなかったことを、この男はたった二日で教えてしまっている)
エリュシアは少し空を見た。
(……この方、本当に何者なのかしら)
(なぜか全部、正しいのが腹立ちますわ)
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「鍛冶屋は腕がいいが、値段も高い」 了
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※おじさん解説!
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本日、田中剛は鍛冶師と会った。偽名を名乗った。
交渉に要した時間は三分以下である。
鍛冶師ガンツは口が悪いが腕は確かで、
素材を見た瞬間に目が変わった。
これを「職人の本能」という。
なお、魔王の鎧は千年間一度も整備されていなかった。
千年の支配者が鎧を磨いていなかった事実は、
「部下に丸投げすると自分の足元が見えなくなる」という
製造管理における典型的な失敗事例である。
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※魔王より一言
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鎧を整備するという概念を知った。
千年間、古くなったら新しいものを作らせていた。
田中に話したら「無駄だ。削れ」と言われた。
正論だと思った。悔しかった。




