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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第2章:仲間が増えるたびに、なぜか黒字になった

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33/39

「経費削減には、湯治が効く」

 石は翌日も飛んできた。

 その次の日も飛んできた。

 三日目も飛んできた。


 田中とフィオは相変わらず石投げ合戦を続けていた。

 田中が石を受け止めた。フィオが石を受け止めた。お互い少し距離を置いて、立ったまま動かなかった。


「……今日も決着がつかないぞ」とフィオ。

「そうだな」と田中。


 沈黙。


「……疲れていないのか」

「疲れてる」

「疲れながら投げているのか」

「そうだ。お前もだろうが」

「…………そうだ」


「明日にしろ」と田中。

「逃げるのか」

「医療費の問題だ。疲弊(ひへい)して怪我したら薬代がかかる。論外(アウト)だ」

「……その理屈は認めない」

「数字の話だ。認めなくていい。合ってるから」


 フィオが石を地面に置いた。田中も置いた。


 二人同時に背を向けて歩き始めた。こんなことが毎日繰り返されている。


******


 宿に戻ると、ショウ(トルネコ)が柱に背を預けて待っていた。


「お帰りなさいませ、田中さん。ええタイミングで戻りましたな」

「トルネコか。話せ」

「急ですなあ。まあ、ええですけど」


 ショウが手帳を開いた。


「王都から二里ほど外れたところに温泉宿(おんせんやど)がありますんや。湯治(とうじ)目当ての旅人が使う宿でして。一泊食事込みで一五Gです」

「一五か」

「一食分よりも安うございますよ。硫黄泉(いおうせん)でして、疲労回復に効きます。傷の治りも早うなると言われてますな」


 田中が少し止まった。


「傷の治りが早い」

「左様で」

「確認だ。一五Gで食事がついて疲労が抜けて傷の回復が早まる」

「……おおよそ、そういうことで」


 田中が振り向いた。


「全員、集合しろ」


******


 一時間後、一行は宿を出た。


 参加したのは田中・エリュシア・ネネ・グレイン・フィルナ・アルス、それとグラだった。


「なぜグラも来るのですか」とエリュシア。

温泉(おんせん)に魔力回復効果があるなら翼竜にも効く。医療費ゼロだ」

「翼竜の医療費が心配だったんですか、今まで」

「保険適用外だぞ。常識だろうが」


 (考えたことが一度もありませんでした)

 (というかこの世界に保険とかありましたっけ?)

 (でも言われてみると、ゼロ円でした)

 (……認めます)


 グラが田中の肩の上で「グゥ」と鳴いた。


 ネネがグラを横目で見た。

「……嬉しそうだな」

「温泉を知っているわけがないだろうが」

「そういう顔だというだけだ」


 田中がグラを見た。確かに目が細くなっている。


「グラ……コスパが読めてきたか」

「翼竜がコスパを読めるわけがなかろう」とネネ。


 フィルナが後ろでのんびり歩いていた。

「ネネちゃんって、グラが来ると嬉しそうだよね〜!」

「……うるさい」

「顔に出てるよ〜!!」

魔王(まおう)の顔に何も出ていない!我は出ていないと言っておろう!!」


 グレインが一歩前を歩きながら、腕を組んで前を向いたまま言った。

()()()

「第二席まで言うのか!!」


 エリュシアが内心だけで呟いた。

 (……今朝よりも空気が軽い)

 (三日続けて石を投げ合っていたのを、全員で見てましたしね)

 (なるほど。疲れていたんです)


******


 温泉宿は山の中腹にあった。


 木造りの建物で、屋根に薄い湯気が漂っている。入口の前におけが積んである。山の斜面から引いた水が細い木樋きどいを流れていた。


「……懐かしい造りだ」と田中が言った。


 声に感情はなかった。それでも、少しだけ歩幅が遅くなった。


 (今、少し止まりそうになりました)

 (言いませんが)


 宿の主人が出てきた。白髪の小柄な老人だった。一行を見て少し目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。


「いらっしゃい。六名様と……翼竜一匹さんで?」

「そうだ。翼竜の宿泊料はいくらだ」

「ははは。翼竜さんはお代をいただいたことがないので……タダで結構ですよ」

「タダか」


 田中がグラを肩から外して見た。


「聞いたか。お前はタダだ」


 グラが「グゥ」と鳴いた。


「……評価を上方修正する」


 (翼竜に対する評価を今、上方修正しました)

 (理由:タダだったから)

 (毎回そこだけは一切ブレがありませんね、この方は)


******


 仕切りの話になったのは、部屋に荷物を置いた直後だった。


 宿の主人が廊下で説明していた。


「こちらが男湯、こちらが女湯でして——」


「仕切りに建設経費がかかっている」と田中が言った。


「……はい?」


混浴(こんよく)でいい」


 エリュシアが止まった。


 (な)

 (んですか)

 (正気ですか、この方は)


「……別にいいぞ」とネネ。

「!?」

「気にしない」

「気にしてください!! 魔王として気にしてください!!」


 フィルナが小首をかしげた。

「わたしもどっちでもいいよ〜! 一緒の方が賑やかで楽しそうだし〜!」

「フィルナさんまで!!」


 グレインが腕を組んで前を向いたまま言った。

「……俺は別がいい」

「グレインさんありがとうございます!! 正気の方がいました!!」

「あたりまえだろ」

「そうです!!あたりまえです!!」


 エリュシアが田中を真正面から見た。目に力が入っていた。


「別にしてください」


 語気が強かった。いつもと違う声の出し方だった。


 田中が少し止まった。


「……そうか」


 それだけ言って、田中は男湯の暖簾のれんをくぐった。


 エリュシアが内心で静かに息をついた。


 (……勝ちました)

 (何に勝ったのかは、わかりません)

 (でも、勝ちました)


******


 男湯。


 アルスが脱衣所の前で目をつぶって立っていた。


「……なぜ目をつぶっている」と田中。

「れ、礼儀として——! 隣が女湯ですし、声が聞こえることもありますし——!!」

「壁がある」

「でも礼儀というものは——!」

「無駄だ。腕立て千回。それから入れ」

「な、なぜここで腕立てが——」

「礼儀は行動で示せ。腕立て千回が先だ。常識だろうが」


 アルスが床に手をついた。なぜか理由に納得している顔だった。


 田中が湯に足を入れた。丁度いい温度だった。岩を組んだだけの素朴な湯船で、山の水が絶えず流れ込んでくる。余計な装飾がない。


「フ~~……悪くない」


 グラが田中より先に湯へ飛び込んでいた。元気よく泳ぎ回っている。


 田中が三秒見た。


「……回復効果がある。お前は医療費ゼロだ」


 石壁で隔てた女湯で聞いていたエリュシアはこう思った。

 (翼竜のコスパが上がりました)

 (こちら側から見ても上がりました)


 アルスが腕立てをしながら声をかけてきた。


「し、師匠は……なぜ動じないのですか、こういう状況に……!」

「何にだ」

「隣の……その……声が聞こえることとか……!」

「四六だからだ」

「……え?」

「気にするな」


 アルスは何かを言いかけて、腕立てに戻った。


 ちょうどその時、仕切りの向こうから声が聞こえて来た。


「エリュシアさんってすごいよね〜!」とフィルナの声。


「……何がですか」とエリュシアの声。


「スタイル! 私とぜんぜん違うよ〜! 顔もきれいだし、胸もとぉってもおっきいし〜!!」


 沈黙――

 男湯に、見事に聞こえた。


 アルスが腕立ての途中で固まった。目を開けていないのに顔が真っ赤になっていた。


「(聞こえてしまいました……!!)」

「(礼儀として聞いていません!!)」

「(聞いていませんよ!!!)」


「……腕立てを続けろ」と田中。


「は、はいいいいいい!!!」


******


 女湯。


 エリュシアが顔をわずかに赤くした。


「……フィルナさん、声が大きいです」

「えっ、聞こえちゃってるかな!?」

向こう(男湯)にも聞こえます」

「ごめんね〜!! でもほんとのことだよ!? エリュシアさんほんとにきれいだよ〜!!」


 グレインが湯の端の岩に腕を組んで座っていた。視線をらしながら言った。


「……まあ、そうだな」


「グレインさんまで言わないでください!!」


「事実だろ」


 (事実です)

 (書けません)


 フィルナがグレインのほうにくるくると泳いできた。


「グレインちゃんもスタイルいいよね〜! 鍛えてる感じがして! 腹筋とか!!」

「……うるさい」


「ほんとのことだよ〜! かっこいいな〜!!」


「うるさいと言っている」


 ネネが静かに目を閉じていた。グラがネネの頭の上に乗ったまま、一緒に目を細めている。


「……我も入っていいか、その話題に」とネネ。


「ネネちゃんも!!」


「グレインは我より体が締まっている。参考になる」


「参考にするんだ!?」


「魔王も体が資本だ」


 フィルナが笑った。


「ネネちゃんだってきれいだよ〜!! ちっちゃくてかわいいし、色っぽいし!!」

「……そうか」

「うん!! 田中さんもきっとそう思ってるよ!!」


 ネネが少し止まった。


「……なぜ田中が出てくる」

「だって田中さん、ネネちゃんのことよく見てるよ〜!?」

「……気のせいだ」

「気のせいじゃないよ〜!!」


 (田中は……聞いていません)

 (仕切りをへだてた先で聞いていません)

 (四六だから、です)とエリュシアは内心思った。


 アルスが男湯で腕立てを再開したのが、仕切りの向こうで聞こえた。


「な、なんの音だろう〜?」とフィルナ。

「腕立てだろう」とグレイン。

「なんで!?」


******


 仕切りの岩の向こうから、田中の声が来た。


「コスト管理で動いてる奴は信頼できる。グレは数字が見えてる」


 アルスに言っていた。節約の話をしていた。


 女湯の中が、少し静かになった。


 グレインが固まっていた。


 (……聞こえた)

 (「信頼できる」と言ったか)

 (俺のことを「信頼できる」と——)


「グレインちゃん!? 顔がめちゃくちゃ赤いよ!! 大丈夫!?」


「のぼせていない」


「でも——」


「湯のせいだ」


 (湯のせいだ)

 (絶対に湯のせいだ)

 (他の理由など、ない)


「グレインちゃん!! のぼせてるよ!! 田中さーん!! グレインちゃんが——」


(だま)れ!!! 騒ぐな!!!」


 グラが「グゥ」と声を上げた。ネネが薄目を開けた。


「……フィルナ。静かにしろ」

「ご、ごめんねネネちゃん……」


 静かになった。


 グレインが湯の中で少しだけ深く沈んだ。


 (……「信頼できる」)

 (湯のせいだ)

 (絶対に湯のせいだ)


******


 ネネが長湯をしていた。


 フィルナが上がった。グレインもいなくなった。グラだけが頭の上でまだ寝ている。


 目がとろんとしてきた。湯気(ゆげ)が白くなっている。体の境目が曖昧あいまいになってきた。


 男湯の方から田中の声が来た。


「出ろ」


「……なぜわかる」


「入って何分だ。経験則だ。出ろ」


 ネネが動こうとした。動けなかった。体が湯に溶けていた。


「……足が重い」


「バスタオルを巻け。腕を出せ」


 仕切りの岩の端から腕が出てきた。


 ネネがバスタオルを体に巻いた。腕を伸ばした。田中の手がネネの手首をつかみ、引っ張った。

 ネネは、腕一本で温泉から引きずり出された。


「……勇者(ゆうしゃ)に引きずり出された魔王(まおう)は、千年で我が初めてだろうな」


熱中症(ねっちゅうしょう)は薬代がかかる。経費削減だ」


 (……なぜかそれが嫌じゃない)

 (経費削減で引き上げてもらった。それだけのことだ)

 (なぜ、嫌じゃないのだ)


 廊下で待っていたフィルナが飛んできた。


「ネネちゃん!! よかった〜〜!!!」

「……大げさだろう」

「だって心配で——!!」


 エリュシアが廊下の端から、それを見ていた。


 (よかった)

 (……よかった、のでしょうか)

 (声には出しません)


******


 全員が上がった後も、エリュシアだけが湯の中にいた。


 (ひざ)を抱えて、湯の端に座っていた。


 天井から湯気が上がっている。石造りの壁がじんわり温かい。


 (……温かい)

 (どこが、と問われても答えられません)

 (でも、温かい)


 少し経った。


 外から田中の声が来た。


「エリュ、何してる。出ろ」


 (……そう言うと思っていました)


「……わかりました」


「バスタオルはあるか」


「あります」


「巻いてから出ろ。廊下で待つ」


「……わかりました」


 エリュシアが立ち上がった。バスタオルを体に巻いた。


 歩き出す前に、一度だけ湯を見た。


 (……温かかった)

 (理由は書けません)

 (でも、温かかった)


 廊下に出ると、田中が壁に背を預けて待っていた。こちらを見なかった。


「……遅い」


「長湯は体にいいと言います」


「いくらかかった」


「宿代に込みです」


「なら元を取るまで入れ。次から」


 (……今、長湯を推奨されました)

 (経費の話でした)

 (わかっています)

 (でも)


「……わかりました」


 (なぜか、少し嬉しいです)

 (書きません)


挿絵(By みてみん)


******


 夜。


 田中が縁側に座って煙草を一服していた。山の空気が冷たかった。煙が真上に薄く伸びた。


 遠くに灯りが一つあった。


 フィオだった。


 宿の敷地から外れた岩の上に座って、一人で石を磨いている。笑っていない。ただ手を動かしている。その背中が、何かをひたすら続けることだけで自分を保っているように見えた。


 田中が煙を吐いた。


 (命令で動いてる顔だ)


 (……俺も二十三年、同じ顔をしていた)


 声はかけなかった。


 煙草を最後まで吸い切って、立った。


 (明日だ)


 縁側の引き戸を開けて、中に入った。


 遠くでフィオの手だけが動き続けていた。


******


**その頃、神界では――**


 ウルダが書類の山の前に座っていた。表情は穏やかだ。姿勢は正しい。


「……エリュシアの外出申請、今月で何件目ですか」


 部下の神官が書類を確認した。


温泉(おんせん)付き宿泊施設への移動申請が一件、経費精算が一件、翼竜(よくりゅう)の同行許可申請が一件で……合計三件でございます」


「温泉」


「担当勇者が湯治(とうじ)と申請しています。『疲労回復・傷口(きずぐち)修復促進・医療費の削減』という理由で、費用対効果の計算書が添付されています」


「計算書」


「はい。一五Gの出費で想定回復コストが最大四○G削減できるという試算が……」


 ウルダが目を閉じた。


 十秒ほどそのままでいた。


「……認可します」


「寛大です」と部下が言った。


「寛大です」とウルダも言った。


 机の下で、足が少しだけ貧乏ゆすりをしていた。


 部下が小声で別の神官に耳打ちした。

「……ウルダ様、最近よく貧乏ゆすりをされていませんか」

「言うな」



**※おじさん解説!**


 湯治(とうじ)というのは昭和の文化だ。

 温泉に長期滞在して体を治す。病院に行く前に湯治場に行く。そういう時代があった。

 医者代より安い。副作用がない。飯がうまい。

 理にかなっている。経費削減だ。

 硫黄泉(いおうせん)は疲労回復。炭酸水素塩泉たんさんすいそえんせんは傷に効く。食塩泉(しょくえんせん)は体が温まる。

 成分で選べ。数字で判断しろ。

 これも常識だろうが。


******


**神界業務日報 第21回**


 本日の特記事項。


 仕切りに関する検討を行いました。別にしました。理由:書けません。


 フィルナ氏に外見を評価されました。男湯に聞こえました。記録しません。


 長湯をしました。「元を取るまで入れ。次から」と言われました。


 意味は分かっています。


 それでも少し嬉しかったです。理由:書けません。


 本日の私の所在:温泉宿でした。


 追記:温かかった。記録しません。


******


**魔王の家計簿 第21回**


 入浴料:一五G(食事込み)。


 グラも入湯。支出:〇G。回復効果あり(勇者判定)。


 勇者に腕をつかまれた。支出:〇G。

 どの項目に書けばよいかわからない。


 「色っぽい」とフィルナが言った。

 どの項目に書けばよいかわからない。


 「田中さんもきっとそう思ってる」とフィルナが言った。

 どの項目にも書けない。


 石を磨いている女勇者が遠くにいた。

 田中も声をかけなかった。

 我も声をかけなかった。

 二人とも同じ判断だった。

 こういう時、我と田中は似ている気がする。


 ……書いてしまった。


******


**フィルナのおたより 第3回**


 温泉、きもちよかったです!!!


 グレインちゃんが顔をすごく赤くしてたよ〜!

 「湯のせいだ」って言ってたけど、湯のせいじゃないと思うな〜。

 でも言いませんでした!


 エリュシアさんってほんとにきれいだよね〜!

 男湯に聞こえてたみたいで、アルスくんが外で腕立てしてたよ〜!

 なんで!?


 ネネちゃんが田中さんに引き上げてもらってました。

 バスタオル姿でした。よかった!!!


 夜、田中さんが一人で縁側にいました。

 声をかけようとして、やめました。

 なんとなく、そういう顔でした。


 遠くで女の子が石を磨いてました。笑ってなかったです。

 明日、笑ってるといいな、って思いました。


******


**グレイン状況報告 第1回**


 石投げ合い合戦より三日目。王都外れ温泉宿にて宿泊。


 仕切り:別。適切な判断。


 アルス:腕立て後に入湯。理由は不問とする。


 グラ:温泉入湯。コスパ評価が上昇。特記なし。


 ネネ:長湯。引き上げ済み。経費削減名目。特記なし。


 エリュシア:長湯。自力で出た。特記なし。


 自分:入湯。「信頼できる」という言葉を聞いた。


 ……報告書に書く必要はない。


 湯のせいだ。


 以上。


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