「お前が田中か」
昭和の頑固おやじは、異世界でも頑固おやじだった。
宿場の一室。トルネコが興奮気味に飛び込んできた。
「田中さん! 例の冊子、刷り上がりましたで!!」
田中が受け取った。
表紙に「週刊ギルド節約通信 創刊号」とある。
「……冊子を、作っていたのですか」とエリュシアが言った。
「情報は金になる。常識だろうが」
中身は節約術の特集、安宿ランキング、装備の自作コーナー。ダンジョン・クエストの節約攻略法など。最後のページに「ウソ技コーナー」とある。
「(ぴょん)師匠!(ぴょん)このウソ技コーナーとは(ぴょん)何ですか!!」
「嘘の節約術を読者に投稿させる。正解者に懸賞を出す」
「嘘なのに懸賞があるのですか!!」
「読者が考える。紙面が賑わう。懸賞より広告収入が上回れば黒字だ」
(ウソ技で懸賞を出して広告で回収する構造です)
エリュシアは内心でしばらく止まった。
(怖いです)
「田中さん、セツ通って略すんだね~!」とフィルナが言った。
「それでいい。それがいい」
トルネコ「初版一万部でっせ! 増刷の依頼がもう三件来てますわ」
田中「すぐ増刷しろ」
(創刊号が、発売前に増刷されています)
「毎度おおきに!」とトルネコが言った。
******
次にトルネコが取り出したのは、黒と白の縞模様が印刷された木の板だった。
「紋章闘技もできとりま!」
「……何をする道具だ」とグレインが言った。
「家紋を板に当てて、魔力を流す。スキャンされた紋章の複雑さと魔力量で強さが決まる。貴族同士で戦わせる」
「魔力を流すだけでいいのですか」とエリュシアが言った。
「魔道具に組み込んである。誰でも使える」
「……なるほどね」とグレインが言った。
(今回のなるほどねは)
エリュシアは内心で確認した。
(わかっていない気がします)
(貴族が家紋のために散財し始める未来が見えます)
(でも田中さんが「売れる」と言っています)
(手遅れです)
「家紋が複雑なほど強いとなれば、貴族が家紋に金をかけますで~! 毎度おおきに!」
トルネコが消えた。
******
一刻ほどして――、
「……例の、別世界の勇者の話なんでっけど」
トルネコが戻ってくるなり、声を落とした。
「今日、ギルドに顔を出したそうで」
田中が立った。
宿場の窓から見た、ギルドの外。石畳の上に、切りっぱなしのポニーテールの少女が立っていた。腰に魔法銃。手に石を持ち、昨日と同じ目だった。彼女は、笑っていなかった。
外に出ると、その少女が田中を見た。
「……お前が、田中だな」
「そうだ」
「お前の名前は」
「……フィオナ・ヴァル・クレスだ」
田中「フィオだ」
フィオ「短すぎる」
田中「長い。フィオだ」
フィオ「……勝手に決めるな」
田中「ダメだ。決めた」
「お前と、私は、同じだ」とフィオが言う。
「同じじゃない」
「なぜだ。節約して戦う。仕組みが同じだろうが」
「お前、女だろうが」
空気が止まった。
「……何?」
「俺は男だ。同じじゃない。常識だろうが」
「それは関係ない」
「大いに関係ある」
「なぜだ」
「女は家庭に入れ。常識だろうが」
少女の目が、すうっと細くなった。
「………………今、何と言った」
「女は家庭に入れ。外でうろつくな。飯を炊け。洗濯と掃除をしろ。昭和の常識だ」
エリュシアが内心で静かに処理した。
(……あの)
(今、何かとんでもないことを言いました)
(昭和という時代がどういう時代か、私には判断がつきません)
(でも)
(フィオさんの目が、すごいことになっています)
アルスがぴょんぴょんしながら後退した。
「(ぴょん)あ、これは(ぴょん)まずい顔です(ぴょん)師匠!!(ぴょん)」
フィオが石を拾った。
田中に投げた。
田中が片手でつかんだ。
「石はタダだろうが。もったいない」
「うるさい」
別の石を拾った。また投げた。また田中がつかんだ。
「もったいない」
「返せ」
(石のキャッチボールが始まっています)
エリュシアは内心で静かに記録した。
(書く欄がありません)
三回繰り返し、らちがあかないと思ったのか、フィオが腰の魔法銃に手をかけた。
「一発いくらだ」と田中が言った。
「……三万Gだ」
「石投げとけ」
「それは"私の台詞"だ」
フィオが踏み込んだ。本気の一撃。
田中がゆっくりと腕を上げ始めた。
全員が息をのんだ。
フィオの拳が田中の腕に当たった瞬間。
何も、起きなかった。
田中が動かなかった。フィオも動かなかった。互いに一歩も吹き飛ばなかった。
沈黙が落ちた。
「……なぜだ」とフィオが言った。
「……なぜだ」と田中が言った。
二人が同時に言った。
(チートが、相殺されています)
エリュシアは内心で、一行だけ書いた。
(今は、言いません)
******
睨み合いが続いた。
田中が石を一つ、フィオに投げ返した。
フィオがつかんだ。投げ返した。田中がつかんだ。
「(ぴょん)師匠!!(ぴょん)どうするんですか!!(ぴょん)」
「石投げとけ」
「"だから、それは私の台詞だ"」
「……なるほどね」とグレインが言った。
「グレインちゃん、なるほどじゃないよ~」とフィルナが言った。
エリュシアがため息をついた。
(石の投げ合いです)
(最強勇者と別世界の勇者が)
(石の投げ合いをしています)
(……子供の喧嘩ですか、これ)
声には出さなかった。
******
その頃、神界では―
技術職の女神が書類を差し出した。
「田中と別世界の節約勇者が接触しました。チートが相殺されています」
ウルダが目を閉じた。
「……私は、寛大、で……」
「二人とも首をかしげて、石を投げ合っていました」
「………………」
「ウルダ様?」
「……記録、してください」
主神の声が、かすかに震えていた。
(石の投げ合いを、記録します)
(寛大ではない何かが、本格的に始まりました)
※神界業務日報 第三十二回
本日の業務記録。
セツ通創刊:確認。
バーコードバトル流通開始:確認。
貴族の家紋マウント合戦:始まりそうです。
フィオという他世界勇者と接触:確認。
田中さんが「女は家庭に入れ」と言いました。特記事項として記録します。
フィオさんが激怒しました:確認。
石のキャッチボール:確認。書く欄がありません。
チート相殺:確認。これは書く欄を作ります。
以上です。
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※魔王の家計簿 第三十二回
本日の収支。
セツ通創刊号:入手。ウソ技コーナーが気になる。懸賞に応募するかどうか検討中。
田中が「女は家庭に入れ」と言った。
フィオという勇者が激怒した。
石を投げ合っていた。
チートが相殺されていた。
……田中は、どこから来た男なのだ。
以上。
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※アルスの修行日誌 第一回
今日、師匠と謎の女勇者が石を投げ合っていました。
理由を聞いたら経費削減だそうです。
師匠が「女は家庭に入れ」と言っていました。
謎の勇者が激怒していました。
師匠の拳が当たったのに誰も吹き飛びませんでした。
師匠が珍しく首をかしげていました。
腹筋は今日も続けています。
ぴょんぴょんしながらですが。
以上。
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※おじさん解説!
「バーコードバトラーとはなんだ」
紋章闘技の元ネタについて解説する。
バーコードバトラーとは、1991年にエポック社が発売した玩具だ。
商品のバーコードを機械に読み込ませると、数値が出る。その数値でキャラクターの強さが決まり、対戦ができる。
醤油のバーコードが最強だったりした。食品売り場が戦場になった。主婦が驚いた。当然だ。
この世界には商品バーコードがないが、家紋はある。家紋の複雑さと魔力を組み合わせれば同じことができる。
貴族が散財するのは当然だ。
プラットフォームを作った側が儲かる。これが商売の基本だ。常識だろうが。
以上だ。
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※おじさん解説!
「フィオとは何か。メタルスラッグとは何か」
フィオという名前の元ネタについて解説する。
メタルスラッグとは、1996年にSNKが作ったアクションシューティングゲームだ。
アーケードゲームだ。百円玉を入れて遊ぶやつだ。
主人公の一人に、フィオナ・ガーデルという女がいる。通称フィオだ。
見た目は細い。華奢だ。だが銃の腕は一流だ。金持ちのお嬢様という設定らしいが、戦場でそんなことは関係ない。撃つ。逃げる。また撃つ。それだけだ。
SNKというメーカーは技術力が高かった。格闘ゲームも作っていた。餓狼伝説。KOF。名作だ。
だが金がなかった。
任天堂やセガと違い、資金力で負けていた。
強いのに資金不足で倒れた。
だからフィオナ・ヴァル・クレスはSNKさんだ。
強い。でも資金不足で動けない。石を投げているのはそういうことだ。
石はタダだ。正しい判断だ。
以上だ。
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「女は家庭に入れ。昭和の常識について」
田中剛は昭和四十七年生まれだ。
昭和という時代には、今とは違う「常識」がいくつかあった。
女は家庭に入るものだ。男が外で稼ぐものだ。飯は女が作るものだ。
これが当たり前だった時代がある。
田中もその時代に育った。だから口から出る。
ただし田中本人は、女を下に見ているわけではない。
工場では女性の職人に何度も助けられた。数字に強い女性の先輩に何度も頭を下げた。現場では実力だけが正義だと二十三年かけて身に染みて知っている。
ではなぜ言うのか。
反射だ。
昭和に刷り込まれた言葉が、頑固おやじ回路を通って口から出る。
本人が一番びっくりしている可能性がある。
フィオが怒るのは正しい。
田中が言うのも、ある意味では正直だ。
昭和の頑固おやじとはそういうものだ。
正しいとは言っていない。
ただ、そういうものだ、という話だ。
以上だ。
追記。
フィオに石を投げられたのは自業自得だと思う。




