「……石投げか」
腕立てが終わった。次が始まった。
宿場町の広場で田中たちがいるところに、商人?のショウが走り寄ってきた。
「田中さん、ちょいと朗報でっせ! 野球盤トーナメントが貴族の間で流行っとりまして、次の大会の協賛依頼が三件来てますわ」
「いくらだ」
「一件五千G。計一万五千Gでっせ」
「受ける」
「毎度おおきに! あとネネ様シールの追加発注も十件ほど」
「作る」
(協賛と追加発注を、合計二秒で決めました)
エリュシアは内心で静かに処理した。
(昭和工廠、本格稼働しています)
「それとですな」とトルネコが少し声を落とした。「エリュシア様シールも、神官どもにかなり流行っとりまして。追加発注が八件ほど来てますわ」
エリュシアが止まった。
(……恥ずかしいです)
(でも)
(八件……)
(うれしいです)
("いえ、うれしくないですっ!!")
(私は女神です)
(女神が祭壇に飾られているのは、まあ、おかしくはないです)
(でもシールで飾られているのは、おかしいです)
(でも八件……)
("考えないことにします。永遠に。")
「……作ります」
気がついたら、言っていた。
(私が言いました)
(手遅れです)
「毎度おおきに~!」
田中がトルネコを一秒見た。
「トルネコ」
「……なんでっか、それ」
「商売が上手い。運がいい。お前はトルネコだ」
「……よう知らんけど、悪い気はしませんわ」
(また命名されました)
エリュシアは内心で静かに記録した。
(トルネコとは何ですか)
******
そのとき、アルスが突然、立ち上がった。
腕立て伏せの体勢から、まっすぐに。
「師匠!! 腕立て、"終わりました"!!!」
全員が振り返った。
「何回だ」
「一万五十回です!!!!」
田中が二秒、見た。
「よくやった。次は腹筋一万回だ」
「はい師匠!!」
その場で腹筋を始めた。
起き上がりながら前に進んでいる。腹筋しながら移動している。ぴょんぴょん跳ねながら進んでいる。
「……何だあれは」とネネが言った。
「なんか……気持ち悪いね~」とフィルナが言った。
「……なるほどね」とグレインが言った。
(なるほどね、ではないと思います)
エリュシアは内心でそっとつぶやいた。
(でも否定する言葉が出てきません)
田中がぴょんぴょん跳ねているアルスを三秒見た。
「……いい心がけだ」
(また褒めました)
(腹筋で跳ねている勇者を、褒めました)
******
トルネコが声を落とした。
「もう一件、商売と違う話でっせ」
「言え」
「別の世界から来た、節約型の勇者が王都近くにいるらしいんですわ。腕が立つとの話で。今んとこ誰とも接触してません。ただ……」
「何をしている」
「石を、拾ってるらしくて」
田中が止まった。
「……石を」
「道端の石を、ひたすら拾っとるそうです」
「タダか」
「タダです」
田中が少し間を置いた。
「……そうか」
(石がタダであることを、最初に確認しました)
エリュシアは内心で整理した。
(でも田中さんが、少し、間を置きました)
(珍しいです)
******
夕暮れ。
全員が宿に入った後、田中が一人、外に出た。
宿場の外れ。街道の端に、人影があった。
切りっぱなしのポニーテール。引き締まった体。道端にしゃがんで、石を一つひとつ手に取って確かめている。笑っていない。表情がない。ただ、黙々と、石を選んでいる。
田中が立ち止まった。
三秒、見た。
(タダか)
少し間があった。
(……タダならよい)
煙草に火をつけた。
その瞬間。
田中の中で、何かが一度だけ、静かに消えた。
力が、反応しなかった。
ほんの一瞬だった。気のせいかもしれなかった。
田中は煙草を最後まで吸い切って、宿に戻った。
エリュシアが少し離れたところから、それを見ていた。
(……似ています)
内心で、一行だけ報告書を書いた。
(でも、これは言いません)
******
宿の中。全員がいる。
アルスがぴょんぴょんしながら腹筋を続けていた。
「師匠!!(ぴょん)戻りましたね!!(ぴょん)どこ行ってたんですか!!(ぴょん)」
「外だ」
「そうですか!!(ぴょん)」
フィルナが遠い目をした。
「……腕立てより、気持ち悪いね」
「……なるほどね」とグレインが言った。
(今回のなるほどねは)
エリュシアは内心で静かに確認した。
(わかっていると思います)
******
その頃、神界では―
技術職の印章をつけた女神が、書類を一枚差し出した。
「別世界の節約勇者が田中の近くに現れました」
ウルダが目を閉じた。
「……私は寛大です。許します」
「田中の力が一瞬、反応しませんでした」
ウルダが少し間を置いた。
「……寛、大、です」
「原因は不明です」
「…………」
「ウルダ様?」
「……今のは、記録しないでください」
(寛大ではない何かが、始まっています)
(……SEGA神は、どうすればよかったのか)
※おじさん解説!
「トルネコとは何か」
トルネコとは、1990年にエニックスから発売されたドラゴンクエスト4に登場するキャラクターだ。
職業は商人。名前はトルネコ。フルネームはトルネコ・ノバク。
武器より売上を大事にする。仕入れと利益を常に考えている。運がいい。
後に「トルネコの大冒険」という単独ゲームが作られた。1993年だ。不思議のダンジョンシリーズの元祖だ。名作だ。
ショウ・バイン・ガルスはトルネコに似ている。商売が上手い。運がいい。裏もやっている。
トルネコは裏はやっていなかった気がするが、細かいことは気にするな。ポポロ異世界とかあるだろうが。
以上だ。
―――――
※神界業務日報 第三十一回
本日の業務記録。
昭和工廠追加発注:確認。
エリュシアシール追加発注:八件。記録します。うれし......、うれしくないです。
感想は書きません。永遠に。
トルネコ命名:完了。命名者:田中剛。誰ですかトルネコって。
アルスの腕立て:完了。腹筋一万回に移行しました。
移動方法:ぴょんぴょん。特記事項として記録します。気持ち悪いです。
田中さんが夕暮れに一人、外に出ました。
戻ってきたとき、少し煙草の煙が残っていました。
以上です。
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※魔王の家計簿 第三十一回
本日の収支。
野球盤協賛収入:確認。シール追加発注:確認。
収益は増えている。
別の世界の勇者が来た。石を拾っているらしい。
石はタダだ。
田中も最初にそれを確認していた。
……なんか、似ている。
以上。
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※ゾルグ奪還日誌 第三十一回
別世界の節約勇者、確認。
情報収集中。
魔王様の様子:特に変わりなし。
シールの追加発注が十件。
魔王様の尊厳に対する計算が合わない。
以上。




