「魔王城より先に、道具屋を落とせ」
「勇者よ! 出陣だ! まずは魔王城へ――」
「行かん」
即答だった。
白い空間に、沈黙が落ちる。
「……は?」
「今日は買い出しだ」
勇者田中は腕を組んだまま、当たり前のように言った。
「魔王城に行く前に、道具屋だ。常識だろうが」
(……来ました)
エリュシアは目を閉じた。
(この方、本当に世界を救う気あります?)
(いや、結果的に救うんでしょうけど、過程が地味すぎる)
「ぬ……。我は千年、力で支配してきたが?」
「だからダメなんだろうが」
即否定だった。
「装備・消耗品・補給線を軽視するやつは三流だ」
「……三流」
「強いから勝てる、は素人だ。準備で勝率を上げるのが常識だろうが」
ネネは黙った。
(……なぜだ。我は魔王だぞ)
(なぜ、正論を言われている気がする)
「ですが田中さん、あなたは既に――」
「黙れ」
ぺしっ、と軽く頭をはたかれる。
「……っ!」
エリュシアは顔をしかめた。
「無礼ですよ!」
(なんで従ってるの私……)
「……わかりました」
******
街に出た。
石畳の通り。露店。武器屋。防具屋。道具屋。
魔王ネネはきょろきょろと辺りを見回した。
「……人間の街というのは、こうなっておるのか」
「普通だろうが」
魔王ネネが堂々と一歩踏み出す。
漆黒の鎧。深紅のマント。巨大な角。
明らかに浮いている。
勇者田中が、それを見て即言った。
「お前はとっととそのコスト意識皆無の鎧を売り払え」
「は?」
ネネが止まる。
「な、何を言っておる」
「見りゃわかるだろうが。無駄の塊だ」
「無駄ではない! これは威圧のための――」
「維持費いくらだ」
「……」
「言え」
「……知らぬ」
「論外だ」
即死だった。
「魔王が自分の装備コスト把握してないとか、経営破綻してるのと同じだぞ」
「経営……」
「その装飾、全部外せ。宝石も売れ。軽くして動きやすくしろ」
「う、売る!?」
「固定費削減だ」
「我は魔王だぞ!?」
「だからだろうが」
即答。
「無駄な威圧より、実用性だ」
「……」
(な、なぜ反論できぬ……)
******
そのまま歩き出す。
そして――
勇者田中の視線が、横に動いた。
女神エリュシアを見た。
「な、なんでしょうか?」女神が言うが、勇者田中は無視する。
じっと見た。
上から下まで見た。
もう一度見た。
「……なんだその格好」
「は?」
「露出が高すぎる」
「露出!?」
「胸も肩も出てる。布が足りてない」
「足りてます!」
「お前に、恥じらいはないのか?」
「!?」
エリュシアの顔が一瞬で赤くなる。
「な、な、なにを言っているのですか! これは神衣で――」
「防御力ゼロだろそれ」
「ゼロではありません!」
「じゃあ殴られて耐えられるのか」
「……」
沈黙。
(殴られる前提……!?)
「問題ありません!」
エリュシアは言い切った。
「私は女神です! 死んでも生き返ります!」
間。
勇者田中は即答した。
「コスパ最悪だな」
「!?」
「一回死ぬたびにロス出るだろうが。時間も手間も」
「そ、そういう問題では――!」
「戦闘中に復活前提で動くやつは信用できん」
「信用!?」
(なんでそこに繋がるの!?)
「あと動きづらいだろ、それ」
「動きづらくありません!」
「走れるのか」
「……」
「全力で」
「……」
沈黙。
(……無理、かもしれない)
「だろうが」
断言。
「実戦想定が甘い。やり直しだ」
「やり直し!?」
「布増やせ」
「嫌です!」
「じゃあ死ぬな」
「極端すぎません!?」
(でも……ちょっとだけ……動きにくいのは……)
「……わかりました」
結局折れた。
(なんで従ってるの私……)
ネネがぼそっと呟いた。
「……我の鎧のほうが、まだ布が多いぞ」
そんなやり取りをしつつ、
勇者田中は迷いなく一軒の道具屋へ入った。
******
「いらっしゃい」
店主が顔を上げる。
ネネは迷わず商品を指差した。
「それを寄越せ」
「150ゴールドです」
「よし、払――」
「高い」
横から、勇者田中が口を挟んだ。
「は?」
店主が眉をひそめる。
「さっき見た店だと同じ品質で120だった」
空気が変わる。
(……見て回っていたのか)
エリュシアがわずかに目を細めた。
「うちは質がいい」
店主は即座に返す。
勇者田中は無言で商品を手に取った。
指で触れる。
少し引っ張る。
縫い目をなぞる。
「……ここ、ズレてるな」
「!」
「革も乾いてる。長持ちしない」
店主の顔が引きつった。
(な、なぜそんなことがわかる……!?)
ネネは目を見開いた。
「この品質で150はぼったくりだ。100が妥当だな」
「無理です!」
「そうか」
勇者田中は即座に背を向けた。
「じゃあいい。他行く」
「――待て」
店主が呼び止める。
「……120でいい」
「110」
「……115」
間。
勇者田中は棚を見渡した。
「これとこれとこれも買う」
「……!」
「まとめて100にしろ」
「それは無茶だ!」
「じゃあいい」
再び背を向ける。
「……100でいい」
店主が吐き出すように言った。
決まった。
******
店を出る。
ネネは固まっていた。
「……50も下がっておる」
「当たり前だ」
勇者田中は袋を持ち直す。
「交渉は情報戦だ」
(……戦わずに勝っている)
ネネは、初めてそう思った。
田中は歩きながらタバコに火をつけた。
道行く人間が振り返る。異世界の住民には、あの白い煙が見慣れないものらしかった。
「なんだそれは」
ネネが初めて聞いた。
「タバコだ」
「煙を吸うのか」
「そうだ」
「……なぜ」
「習慣だ」
(内心:「習慣だから」で終わるのが一番困ります)
「魔道具か?」と声をかけてきた通行人がいた。
田中は手の中のライターを見せた。
「百円だ」
「なんですか百円って」
「知らんでいい」
ネネが煙を見ながら黙っていた。何か言いたそうだったが、言わなかった。
******
******
「……や、安くせよ」
別の店。
ネネが真似をした。
「無理です」
即終了。
「……」
「交渉になってない」
勇者田中は即切り捨てた。
「相場を知れ。欠点を見ろ。逃げ道を作れ。それが基本だ」
「……む、難しい」
(魔王が苦戦しているの、初めて見た)
エリュシアは少しだけ笑った。
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帰り道。
ネネは袋を抱えたまま、ぽつりと言った。
「……なぜ、そこまで値段にこだわる」
勇者田中は歩きながら答えた。
「無駄だからだ」
少し間を置いて、
「|"無駄は、人を殺す"《デッドコスト》」
ネネは何も言わなかった。
エリュシアも、何も言わなかった。
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「明日から動く」
宿の前で、勇者田中が言った。
「ついに魔王城か!」
「違う。鍛冶だ」
「まだ準備するのか!?」
「当たり前だろうが」
ネネは頭を抱えた。
(この勇者、魔王より面倒くさいのでは……?)
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第3話「魔王城より先に、道具屋を落とせ」 了
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※おじさん解説!
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本日、勇者田中は道具屋を一軒落とした。
戦闘はしていない。
だが結果は圧勝である。
交渉とは、
相場・品質・逃げ道の三点で決まる。
なお、魔王は値切りに失敗した。
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※魔王より一言
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値切りというものを覚えた。
なかなか楽しい。
だが三割はやりすぎだと思う。
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※魔王軍四天王ゾルグの魔王様奪還日誌 第0回
決意:魔王様が城を出て、三日が経過した。
俺は取り戻す。必ず取り戻す。
実施:まだ動いていない。
理由:予算が未計算だったからではない。
スケジュールが未調整だったからでもない。
戦力の再編成に時間が必要だったわけでも、断じてない。
ただ、フィルナが「計画書、整理しといてあげましたよぉ~」と言って
何かを捨てた。なんで。
結果:計画書がない。
反省:次回は鍵のかかる引き出しに保管する。




