「そこに立て。型が必要だ」
キャラクターを作るにはモデルが必要だ。
タダで手に入る最強のモデルが、二人いた。
これを使わない手はない。常識だろうが。
勇者・田中剛は、王都の中でも安い宿の一室に木の板を広げて、
真剣な顔で下書きを進めていた。
「シールには、キャラクターが必要だ」
「シール……」とネネが言った。「それは何だ」
「売れる。前に言ったやつだ。それだけ知ってれば十分だ」
「売れるのか」
「ビックリマンは年間で四億枚以上売れた。昭和の話だが」
「それはすごいな!」とネネが感心していると、エリュシアが板を覗き込んだ。
(……何かを描いています)
(絵、でしょうか)
(女性の輪郭……のようなものが)
「あの」
「なんだ」
「それは……誰ですか」
「お前らだ」
沈黙が部屋を包んだ。
ネネが腕を組んだ。
「うむ……我が、シールになるのか」
「悪魔族シリーズだ。売れる」
「我は魔王だぞ」
「だから売れる」
エリュシアが静かに口を開いた。
「私も、でしょうか」
「天使族シリーズだ。神官が買う」
「……女神をシールにするのは、天界規則に――」
「いくら儲かるか聞いてから言え」
エリュシアは黙った。
(……聞いてから言う、とはどういうことですか)
(でもなぜか)
(なぜか「いくらですか」という言葉が口から出そうになっています)
田中が懐から麻ひもを一本取り出した。
「次だ。お前らの型を取る」
「型?」とネネ。
「下書きだけじゃ比率が狂う。実物に合わせないといけない」
「……つまり」
「採寸だ。そこに立て」
二人が顔を見合わせた。
******
まずネネだった。
「動くな」
「動いておらん」
田中が麻ひもを腰に回した。
ネネは真っすぐ前を見ていた。
魔王の威厳を保っている。
当然だ。これは業務だ。業務であって――
「……ぁっ」
小さく、声が出た。
田中が腰からウエストへ、わずか二センチ上に引き上げた。
それだけだった。それだけのことだった。
「……な、何をした」
「位置を確認した。動くな」
「動いておらん!!」
(動いておらん。動いてなどいない)
(ただ少しだけ、腕に温度があって)
(……我の声が漏れたのはなぜだ)
田中がひもの長さを板に写した。
「次。肩幅」
肩に両手を置いた。
ただ幅を測るだけの動作。それだけの動作だった。
「……ぁ、」
「お前、くすぐったいのか」
「……ち、違う。いや違わない。くすぐったい」
「我慢しろ。動くな」
(この男は本当に何もわかっていない)
(何もわかっていないのに)
(……なぜかそれが腹立たしくない)
ネネは目線だけ遠くにやりながら、微動だにしなかった。が少しぷるぷるしていた。
顔だけが、少し赤かった。
「終わったぞ」と田中が言った。
「……そ、そうか」
ネネは腕を組み直した。フン、とまるで何事もなかったかのようにしているが、顔は少し赤いままだ。
「……採寸というのは、思ったより手間がかかるものだな」
「次からは一分で終わる」
「そうか」
(そうか、ではない)
(終わったから平静に戻れただけで)
(我は終始、動いていなかったから)
(そう、動いていなかったからな!!!)
田中がエリュシアを見た。
「次だ。そこに立て」
******
「……は、はい」
(落ち着いてください。採寸です。業務です。ただのサイズ確認です)
(ネネだって終わりました。私にできないはずが――)
田中が麻ひもを腰に当てた。
「っ……!」
びくっと肩が揺れた。
「動くな」
「す、すみません、今のは反射で――」
田中がひもを腰から少しずらした。
位置を確認するだけの、たった二センチの動作。
「ぁっ……!」
「お前、」
「く、くすぐったいのとは違います!!いや違いません!!」
(……私は何を言っているのですか)
(今のは「くすぐったいです」でしょ!!!!)
(「くすぐったいのとは違います」って何ですか!!)
(それ以上に何があるというのですか!!)
(自分でも意味がわかりません!!!!)
「……じゃあ動くな」
「わ、わかっています!」
田中が肩幅を測ろうと両手を肩に置いた。
「ぁ、」
また動いた。今度は前に半歩。
「戻れ」
「す、すみません」
元の位置に戻ろうとしてまたわずかにずれた。
「違う。もとの位置だ」
「こちらではないのですか」
「五センチ左だ」
「これですか」
「三センチ戻れ」
「こちら……?」
「二センチ右だ」
「こちら……!」
「一センチ戻れ」
「もうわかりません!!!」
田中がため息をついた。
肩を両手で掴んで、元の位置に戻した。
「動くな」
「……は、い」
(今、両肩を掴まれました)
(力強く)
(わかっています。わかっているのですが)
(なぜ少し落ち着いてしまうのですか)
(これは女神の構造上おかしいです)
田中がひもを肩から背中にかけて通した。
「ぁっ……! あっ……」
またくねくねした。
「お前な」
「す、すみません体が、」
「動くな」
「動こうとは、」
「動いてる」
「体が、」
「動いてる」
「ですから体が、勝手に、」
ゴチン☆
「……っ!?」
田中の拳骨が、エリュシアの頭に一発落ちた。
「動くな、バカ女神」
(…………!!!!)
エリュシアは、固まった。
拳骨を受けた場所に、じんわりとした熱が残っている。
(バカ女神、と言いました)
(バカ女神)
(……っ、)
なぜか体の力が抜けた。
動かなくなった。びくりともしなくなった。
(……おかしい)
(拳骨を受けたら落ち着くとはどういう構造ですか私の体は)
(し、しかも「バカ女神」ですよ)
(バカ女神って言われたのですよ)
(なぜ)
(なぜ少し)
(…………考えないことにします。永遠に考えないことにします)
田中がひもを素早く一周させて、数字を板に写した。
「終わった」
「……え、」
「終わりだ」
(終わり?)
(もう?)
(……いえ、何を考えているのですか私は!!終わっていいんですよ!!)
「……お疲れ様でした」
「最初からそうしてれば三分で終わった」
エリュシアは何も言えなかった。
横でネネが腕を組んで一部始終を見ていた。
「……エリュシア」
「なんですか」
「顔が採寸前より赤い」
「拳骨を受けたからです」
「拳骨で顔が赤くなるのか」
「……女神の体はそういう構造なのです」
「そんな構造、聞いたことがないが」
「うるさいです!!!!」
グラがエリュシアの前に飛んできて、ちょこんと止まった。
小さな目でじーっと見ている。
(……翼竜にまで見られています)
(女神です。私は女神です)
(拳骨一発で黙る、ただの女神です)
(「ただの」ではないでしょ!!私は偉いんです)
(......なんでもないです)
田中はすでに板に向かって下書きを始めていた。
「よし。お前らギルドに行く。来い」
「……わかりました」
エリュシアは少し赤い顔のまま、田中のあとに続いた。
******
田中たちがギルドに向かうと
ギルドの外で、冒険者らしき男たちが三人待ち構えていた。
重い鎧。腰に差した剣の柄に手がかかっている。
上位ランクの風格を持った、本物の強者の立ち振る舞いだった。
「Dランクごときが、この王都をうろついてんじゃねえ。失せろ」
(……あの)
エリュシアは内心で首をかしげた。
(この方、田中さんが今Dランクだと思っているのでしょうか)
(先日Bに上がった件、本当に知らないのでしょうか)
(リッカさんや、ギルドが知らせる機会は充分あったと思うのですが)
(……まあ、成り行きを見ていましょう)
田中は相手を一秒だけ見た。
そしてゆっくりと、腰から右腕を、相手のほうに向かって上げ始めた。
「……なんだ?」
冒険者が首をかしげた。
あまりにも遅い。あまりにものんびりした動作だった。
まるで重い荷物でも棚に置くような、緩慢な動きだった。
「おいDランク、何してんだ」
「遅っ……何その腕」
「びびってんじゃないの~?」
三人が笑った。
そのまま腕は上がり続けた。
ゆっくり。のんびり。まるで時間が余っているかのように。
「……な、なんだよ」
「変な動きすんな」
そして、田中の腕がほぼ水平になった瞬間。
ほんの少し、わずかに冒険者の顔に田中の拳が当たる。
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッ!!
格上冒険者が、文字どおり一瞬で消えた。
正確には飛んだ。ギルドの石壁まで。
壁に衝突した衝撃で、中心から外へ放射線状に亀裂が十数本走った。
まるで落雷の跡みたいに、ひびが広がった。
冒険者は壁の中に半分埋まった状態で静止していた。
目が白目になっている。
鼻から一本、細い鼻血が垂れていた。
口の端から泡が出ていた。
体がびくびくと小さく震えている。
「(ぴくぴく)」
残り二人が硬直した。口が驚きのあまりぽっかりあいている。間抜けだ。
「…………」
「…………」
「次は力を抑えなければ。節約だ」
田中が静かに言った。
誰も何も言えなかった。
ギルドの中から野次馬が半分体を出して見ていた。
全員、血の気が引いている。
「え、飛んだ?」
「壁、壊れてる……」
「今の腕、めちゃくちゃ遅かったよな?」
野次馬の一人が、恐る恐る壁に近づいた。
埋まっている男の冒険者証を引き抜いて確認する。
「……Aランクだコイツ」
沈黙。
「ちょっと待って、じゃあDランクって言ってたあの人は」
誰かが掲示板に走った。
「……Bランク。田中剛、Bランクだぞ!!上がってる」
「Bが、Aを」
「壁に」
「……埋めた」
「一発でぇぇぇ!?」
全員が田中の背中を見た。
田中はもう歩いていた。
(……やはり知らなかったようです)
エリュシアは内心で一つため息をついた。
(次回から周知します。というかそのうち死人が出そうです)
ネネが静かに言った。
「……Bになっていたのか」
「ああ」
「ギルドのヨシコさんが廃砦攻略時(※)に言っていた」
※24話参照
「田中の実力なら当然だな」
エリュシアは呆れながら、なぜか少しだけ口の端が動いた。
******
ギルドの中に入ると、一人の青年が走り寄ってきた。
年は二十ほどだろうか。
体格がいい。装備は綺麗に手入れされている。
目が真っすぐだった。
「あの、今のを見ていました!」
「何をだ」
「外の、あの……Aランクの方が、壁に」
「ああ」
「す、すごかったです! あの腕の動き、最初はゆっくりで……でも」
「用件はなんだ」
青年が背筋を伸ばした。
「共に世界を救いましょう! 勇者様!」
間が空いた。
「お前、月いくらもらってるんだ」
「……え?」
「勇者の給与だ。月いくらだ」
「え、えーと……月三十万Gに、装備手当が別途――」
「高い。誰が払ってる」
「王城からの支給です」
「その分働いてるか」
「はい! 毎日依頼を――」
「残業代は出るか」
「……で、出ます、一応」
「申請してるか」
「…………して、いません」
「バカか。申請しろ。自分の分は自分で取れ」
青年が固まった。
(……「共に世界を救いましょう」の返事が「月いくらもらってるんだ」でした)
エリュシアは内心で静かに処理した。
(この方の初対面は、いつもそうです)
「……あの」
「なんだ」
「名前を聞いていいですか」
「田中だ」
「田中さん……!」
青年がもう一度、背筋を伸ばした。
「アルス・レイン・ファルクスと申します! このあたりでは一応、Aランクに……」
「アル」
「え」
「長い。アルだ」
「…………え、でも」
「アルだ」
しばらく間があった。
「……わかりました」
青年――アルスが、深呼吸した。
「田中師匠!!」
「誰が師匠だ」
「弟子にしてください!!」
「論外だ。腕立て千回してから出直せ」
「なぜ腕立てなのですか!!」
「基本だ。常識だろうが」
(……また弟子志願者が)
エリュシアは内心で静かに見ていた。
(でも田中さん、「論外」と言いながら腕立てを指示しています)
(追い返す気がないのでは、と思います)
(……黙っておきます)
ネネがアルスをちらりと見た。
「……お前、Aランクか」
「はい」
「田中に絡んできたAランクが、今、壁の中にいるが」
アルスが壁の外を確認した。
放射線状の亀裂の中心で、冒険者がまだびくびくしていた。
「……田中さんは、Aランクなのですか」
「Bだ」
「BがAを……」
アルスがもう一度田中を見た。
「腕立て、何回できる」
「え? ……五百回は」
「足りん。帰って千回やってから出直せ」
「やっぱり腕立てなのですか!!」
そこで、アルスの目がエリュシアで止まった。
「あ……女神様、ですか? お顔が少し」
「……換気が悪かったのです」
「屋外でしたよね?」
「日差しが」
「曇っていますが」
「うるさいです!!!」
アルスが田中を見た。
「田中さん、女神様に何かありましたか」
「拳骨受けたからだ」
アルスの顔色が変わった。
「な、なぜ女神様に拳骨を!!」
「動いたからだ」
「女神様が動いたら拳骨なのですか!? それは人として、というか勇者として――」
「お前も動いたら拳骨だ」
「私もですか!!」
「採寸のときはな」
「採寸……?」
アルスがきょとんとした。
エリュシアが目をそらした。
ネネが静かに別の方向を見た。
「……何の採寸ですか」
「シールだ」
「シール……? 女神様を採寸して、シールを作るのですか?」
「ああ」
アルスは少し黙った。
「……田中さん、それは」
「なんだ」
「……すごいですね」(小声)
「何がすごいのですか!!」とエリュシアが言った。
「い、いえ! その度胸といいますか……!」
「度胸!?」
「女神様を採寸するという発想が……!」
「発想の問題ではないのですよ!!」
ネネが静かに言った。
「……我はもう二回、ぁっと言った」
「ネネ様まで!!」
******
翌朝、リッカが息を切らして宿に飛び込んできた。
「た、田中さん! 昨日の件が王城に伝わって……!」
「何の件だヨシコさん」
「Aランク冒険者を壁に埋めた件です!! しかも壁の修繕費が発生していて――あとリッカですよ私は」
「俺の過失か、ヨシコさん」
「向こうが絡んできたのでセーフです! セーフなのですが! それよりも、Bランク昇格直後にあれをやったということで王城から直々に――リッカです」
リッカが一枚の依頼書を差し出した。
「Aクエスト、緊急依頼です」
田中が受け取った。
一行読んだ。
「いくらだ」
「基本報酬、五十万Gです」
「行く」
「即決なのですか!!」
「壁の修繕費より多い。問題ない」
リッカが深呼吸した。
「……Aクエストですよ。B昇格したばかりですよ。普通は準備期間が――」
「準備はできてる」
「どんな準備ですか!!」
「採寸が終わった」
「……それは関係ありますか!?」
(……Aランク冒険者を壁に埋めたことが、Aクエストへの扉を開きました)
エリュシアは内心で静かに整理した。
(因果関係が)
(非常に節約的です)
ネネが腕を組んだ。
「……面白くなってきた」
「面白くなってきた、ではないのですよ!!」とリッカが言った。
田中は依頼書を懐にしまって立ち上がった。
「出発は明日だ。今日は野球盤を五台仕上げる」
「仕事が増えてますよ!!!」
田中はリッカのツッコミを聞かず、木の板に向かって道具を広げ始めた。
グラが田中の肩に飛び乗って、鼻をひくひくさせた。
エリュシアは少しだけため息をついて、それから静かに言った。
「……わかりました。準備します」
(Aクエスト)
(この方と一緒に)
(……なぜかそれが、あまり不安ではないのです)
(困った話です)
(困った話なのですが)
声には出さなかった。
※神界業務日報 第二十七回
本日の業務記録。
採寸:完了。
拳骨:一回。
バカ女神:一回言われました。記録します。
翼竜に覗き込まれた:一回。
アルスという勇者に度胸と言われた:一回。
壁の修繕費:Aランク冒険者の自業自得のため、田中に請求されないことが確定しました。
Aクエスト受注:確定。
以上です。
追記。
「くすぐったいのとは違います」と言ったことについては、記録しません。
永遠に。
※魔王の家計簿 第二十七回
本日の収支。
採寸:0G。
拳骨代:0G。
エリュシアの顔が採寸前より赤かった件:記録済み。
壁の修繕費:Aランク冒険者が払うらしい。田中「当然だろうが」。一言。以上。
Aクエスト報酬:五十万G。田中、即決。
田中はやはり金のこととなると動きが速い。
我も二回、ぁっと言った件については書かないことにする。
書かないが、覚えている。
以上。
******
※ゾルグ奪還日誌 第二十七回
本日の情報。
Bランク勇者がAランクを壁に埋めた。
壁の亀裂:放射状。十数本。確認済み。
Aクエスト受注:確認。
聖魔降臨シールが王都で流通し始めた。
我がネネ様のお顔を確認したのは、シールの上だった。
……奪還計画、予算を見直す。




