「また来たが、高い。やっぱり高い」
王都は何もかもが高い。前にきて知っていたはずなのに。
今回も田中は高い王都にやってきます。はたして。
そして女神からは匂いが――
王都の正門が見えてきたのは、昼をとっくに過ぎた頃だった。
石造りの高い壁。頭上の旗。一章の時と変わらない景色。
田中は正門をくぐった。最初に見えた屋台の値札を一秒で読んだ。
間があった。
「……また来たが、高い」
「田中、来るたびに言うのか」
ネネが後ろで言った。
「事実だ。やっぱり高い」
「変わらないな」
「変わっていない。相場が固定されている。最悪だな」
女神エリュシアは少し離れた場所で歩いていた。
(……以前の時も、同じことを言っていました)
(同じ値札を、同じ一秒で読んで、同じことを言いました)
(何も変わっていません)
(何も変わらないこの方が、なぜか少し……)
(……いいえ。何でもありません。これは業務です)
******
市場に入ると、田中の削れ連打が始まった。
屋台のパン。「高い」
革靴の値札。「高い」
宿屋の木札。「高い」
地図売りの声。「高い」
松明の束。「高い」
香辛料の小瓶。「高い」
革袋の口を開けた商人。「高い」
エリュシアは内心でカウントしていた。
(本日の削れ:現在七回)
(王都初訪問時の記録を更新しました)
(記録します)
ネネは、高いという田中の後ろを黙ってついてきていた。
口を開かない。口を開く隙がない。田中の削れが止まらない。
ネネ「……剛よ」
田中「高い」(八回目)
ネネ「……聞いているか」
田中「聞いている。高い」(九回目)
エリュシア内心:(……どんどん更新しています!)
******
路地を曲がったところで、声がかかった。
「……いいものを、格安で」
暗がりに細い男が立っていた。笑っているのかいないのか、どちらとも取れる顔だった。
「お探しでは?」
田中は立ち止まらなかった。
「うさんくさい。お前、裏もやってるな」
「…………顔、ですね」
田中が初めて振り向いた。男を三秒見た。
「で、いくらだ」
「何でも揃います。情報も込みで」
「高かったらすぐ切る」
「……適正価格です。必ず」
短い沈黙。
「情報をよこせ」
「依頼があります。王都外れの廃坑に、使える素材が眠っているとのことで」
「手数料は」
「五G。安いと思います」
「……三G」
「……四G」
「四G。決まりだ」
田中が財布からお金を取り出して1枚ずつ間違いがないか確認していることも含め――
エリュシアは後ろで一部始終を見ていた。
(路地で怪しい人物に声をかけられました)
(なぜかすべてが田中様のペースで流れました)
(この方、やっぱり怖いです)
ネネが隣で腕を組んだ。
「……何者だ、あれは」
「使えるかどうか、まだわからん」
「……そうか」
******
謎の商人から聞いた情報をもとに向かった、廃坑の入口は、王都の外れから半刻ほど歩いたところにあった。
崩れた梁が入口に刺さっていた。奥は暗い。
ネネ「空気が重い」
田中「気配はあるか」
ネネ「……中ほどに、少し」
田中「頭数は少ない。行けるな」
三人で入った。
******
通路は狭かった。
石壁に苔が張っていた。足元が湿っている。田中が前を歩き、ネネが続き、エリュシアが後ろで回復に備えながら進む。
道中――魔物を二度ほど、田中のワンパンで処理した。死体から素材を回収した。
「これは使える。持て」
ネネ「我が荷物持ちか」
「経費削減だ」
ネネ「……わかった」
逆らわなかった。
奥へ進んだ。通路が開けた場所に出た。少し広い。天井が高い。
田中が足を止めると、何かが肩に乗ってきた。
「ん......これは――」
******
振り向かずに、目線だけ動かした。
青緑の何かが肩の上にいた。
それはとても小さかった。手乗りサイズ。腹が白く、薄い鱗が灯りを受けて光っている。首が丸く目が黄色い生き物。
「グゥ」と鳴いた。
エリュシア「……小型翼竜の幼体です。迷子でしょうか」
「それはいい。翼竜は大きくなれば乗れる。先行投資だ」
エリュシア「成体になるまで十年以上かかります。エサ代も」
「将来性にベットする」
エリュシア内心:(……言い方を変えても、何も変わっていません)
(普段は、お菓子1個でもうるさいのに.....)
(あと、私のおしゃれ、美容グッズも全部否定されます.......)
ネネが近づき、翼竜に手を差し出した。
竜は田中の肩から飛んで、ネネの腕に収まった。その膨大な魔力に引き寄せられるように。
ネネ「……なぜ我に来る」
声が一トーン低かった。うれしいのを隠している顔をしていたた。
「お前が世話しろ。経費削減だ」
ネネ「…………わかった」
なぜ従ったのか、ネネ自身もわかっていない顔だった。
(しかし、周りから見ればモロバレのものすっごくうれしい顔をしていますよ、魔王......)
******
同じように、エリュシアが指を差し出した。
翼竜が一秒だけ見た。背を向けた。ネネの頭に乗った。
エリュシア「…………」
ネネ「おぬし、変な匂いがするのではないか」
エリュシア「(な)」
間があった。
「(んですか)」
間があった。
「(変な匂いとは)」
「神様の匂いか」
エリュシア「そんなものはありません!!!なんですか神様のにおいって!なんなら昨夜も1時間お風呂に入りました!!ええ、入りましたとも。」
ネネ「翼竜は本能で嗅ぎ分けると聞いたことがある。天界の匂いに反応する種がいるのじゃ」
田中が翼竜を見た。
「鑑定眼がある。こいつは使える」
エリュシア「わ、私は臭くありません!!」
エリュシアは内心で続けた。
(私は女神ですが)
(そんな匂いは)
(ちょっと待ってください)
(本当にしているのですか)
(誰かに確認したい。ていうか今すぐ風呂に入りたい)
(でも誰に確認するのですか)
(ウルダ様に聞けと?)
(聞けません)
(絶対に聞けません)
エリュシアの顔は、真っ赤になっていた。ゆでだこみたいに。
******
命名は短かった。
「こいつに名前がいる」
エリュシア「どのような——」
「翼がある。飛ぶ。コナミだ。グラディウスだ」
エリュシア「……」
ネネが翼竜に向かって言った。
「グラ」
翼竜「グゥ」
反応した。
「決まりだ。グラ」
田中はグラに向かって腕を動かした。
上。上。下。下。左。右。左。右。
グラ「グゥ?」
首を傾けた。
「……反応した気がしたな」
もう一度やった。今度はLRLRと手で表現してグラに見せた。
グラ「グゥ?」
また傾けた。
エリュシアは黙って見ていた。
(……翼竜に謎の操作を試しています)
(グゥとしか言いません)
(グゥという返答の意味を今後解析する必要があります)
(変な匂いの件も含めて、調査事項が増えています)
ネネ「……何をしているのだ」
「コナミコマンドだ」
ネネ「こなみ」
「コナミという会社がある。うちの工場と同じ西宮だ」
ネネ「……?」
「いいゲームを作る。それだけでいい。忘れろ」
ネネ「……そうか」(忘れなかった)
******
廃坑を出た時、日が傾いていた。
グラはネネの頭の上で丸くなっていた。眠っている。
「餌はどうする」
ネネ「虫と木の実を食う。食費はいらん」
少し間があった。
「……さらに見直した」
エリュシア内心:(本日、翼竜への評価が上がりました)
(私への評価は変わっていません)
(変な匂いの件は、後日必ず調査します)
ネネはグラを見ていた。
何も言わなかった。
ただ目が少し細くなっていた。それだけだった。
田中が前を向いて歩いた。
三人と一匹が、夕暮れを背に王都の方へ帰る。
━━━━━━━━━━━━━━━
※おじさん解説! 第二十六回
グラディウスとはコナミが一九八五年に作ったシューティングゲームだ。
自機が宇宙船で飛ぶ。敵のコアを撃て。オプションがついてくる。名作だ。
このゲームにはコナミコマンドという隠し技がある。
上、上、下、下、左、右、左、右、B、A、スタート。
これを入力すると自機が全装備になる。当時の子供は全員知っていた。常識だろうが。
ちなみにスーパーファミコン版のグラディウスⅢは同じコマンドを入れると自機が爆発する。
L、R、L、Rを最初に入れてからでないといかん。少し複雑だ。
気が向いたらやってみてくれ。常識だろうが。
━━━━━━━━━━━━━━━
※神界業務日報 第二十六回
王都再訪。
削れ連打:本日九回。前回初訪問時の記録を更新しました。記録します。
情報屋と思われる人物と接触しました。依頼内容:廃坑の素材回収。手数料:四G(交渉後)。結果:黒字でした。
廃坑にて小型翼竜の幼体を確認。グラ(グラディウス・コナミ・一九八五年。略称グラ)と命名されました。
私には懐きませんでした。
変な匂いの件:調査中です。私は臭くありません。
勇者様が翼竜にコナミコマンドを試していました。グゥとしか言いませんでした。
スーパーファミコン版の操作も試していました。グゥとしか言いませんでした。
本日のまとめ:また来たが高い、とのことでした。以上です。
******
※魔王の家計簿 第二十六回
本日の支出:廃坑依頼の手数料 四G。
グラという翼竜が我になついた。支出:ゼロG。餌代:ゼロG(虫・木の実)。
田中が「見直した」と言った。我ではなく翼竜への評価だった。でも悪い気分ではなかった。
エリュシアには懐かなかった。変な匂いがするから、と我は思っている。エリュシアには言った。否定していた。
田中がグラに謎の操作を試していた。グゥとしか言わなかった。田中はもう一度試していた。
捨てるつもりはないらしい。先行投資、と言っていた。
悪くない投資だと思う。たぶん。




