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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章:異世界最強の節約勇者 ――召喚されたのに、まず予算を確認した

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「女神は、今日だけルールを破る」

この話も、笑えるところはありません。

でも、次の話では笑えます。

 廃砦(はいとりで)の最奥は、今まで来た場所と、空気が違った。


 魔物がいない。

 音がない。

 それなのに、()()()()()


 田中が足を止めた。


「……違う」


 ネネが魔力を高めようとして、止まった。


「……我の力が」


「抑えられています」とエリュシアが言った。声が少し固い。「神力も同じです。この場所、魔道具(まどうぐ)による封印(ふういん)が……」


 田中が自分の手を見た。


 いつもと違う。何かが、ない。


「……消えた」


「何が」とネネが言った。


「俺のチートが、()()


 三人に緊張(きんちょう)が走った。


* * *


 現れたのは、形のはっきりしない何かだった。


 廃砦(はいとりで)の石壁に溶け込むように立っている。輪郭(りんかく)が揺れている。魔物とも幽霊とも違う。ただ、圧がある。


 田中は一瞬、それを見た。


 頭の中で計算が走る。


 俺のチートなし。ネネの魔力は半分以下。エリュシアの神力もまともに機能していない。勝てる確率。損切り(ロスカット)か続行か。


 その瞬間だった。


 工場の音がした。頭の中で。


 金属が擦れる音。機械の唸り。昼も夜も同じ音がする、あの場所の空気。


 先輩の顔が浮かんだ。


 設備の前に立って、笑っている顔。「田中、これ直しとかんと危ないぞ」と言った、あの顔。


 上申書(じょうしんしょ)が却下された日。

 また却下された日。何度も。何度も。却下され続け――。

 事故が起きた日。


 正しかった。

 全部、正しかった。

 それでも、止められなかった。


「……う る さ い」


 田中が前に出た。


 計算じゃない。損得でもない。説明もない。ただ動く。


* * *


 田中が押されかけた。


 チートのない体は、ただの十七歳だ。膂力(りょりょく)も、耐久も、何もかも、普通の人間と変わらない。それでも退かない。


 その時――エリュシアが前に出た。


 天界の規則では、勇者(ゆうしゃ)の戦闘への直接介入(かいにゅう)は禁止されている。補助まで。支援まで。それが限界(げんかい)だ。


 エリュシアは、その線を越えた。


「黙っていてください。今は」


 感情で言った。規則より先に、体が動いた。


 (……これは)

 (ルール違反(いはん)です)

 (でも)


 三人で、その何かに向かった。


 田中が前に出る。弾かれる。壁に肩をぶつけた。痛い。チートのない体は、素直に痛い。血も出て、傷つく。


 ネネが魔力を絞り出して牽制する。半分以下の出力でも、ネネの魔力はネネのものだ。その隙に田中が立て直す。


 エリュシアが田中の背中に手を当てた。神力が抑制されている。それでも、出せるだけ出す。傷が少しだけふさがった。


「まだ行けるか?」

「行けます」

「我も!」

 

 三人で、もう一度”それ”に向かった。


 全力を尽くし――

 倒せたのは、(かろ)うじて、だった。


* * *


 戦闘が終わった後、しばらく誰も動かなかった。


 田中が壁に手をついて、息をついた。


「……まあ、助かった」


 エリュシアが目を閉じた。


 (「まあ」ってなんですか!!!)


 (……でも)

 (この方に、初めて触れられた気がします)


 声には出さない。


 ネネが田中を見た。


「……怖くなかったのか」


 田中は答えなかった。


 少しの間、石壁を見ていた。


 それだけだった。


* * *


 チートが戻ったのは、その何かが消えてしばらく後のことだった。


 田中が手を見て、確認した。


()()()()


 誰も何も言わなかった。


 エリュシアは少し離れたところに立っていた。


 (……申請書を書かなければいけません)

 (理由の欄は)

 (まだ、書けません)

※神界業務日報(ぎょうむにっぽう) 第二十三回


本日、規則に違反(いはん)しました。


勇者(ゆうしゃ)の戦闘への直接介入(かいにゅう)は、天界規則第十七条(だいじゅうななじょう)により禁止されています。


申請書(しんせいしょ)は後日提出(ていしゅつ)します。


理由の欄は、まだ書けていません。いつか書きます。


追記:「まあ、助かった」と言われました。「まあ」の一言(ひとこと)については、別途(べっと)抗議(こうぎ)します。


******


※魔王の家計簿(かけいぼ) 第二十三回


本日の支出


回復薬(かいふくやく) 二本 六十G

・その他消耗品(しょうもうひん) 二十G


田中の評価:今日は評価できない。


エリュシアが前に出た。田中が何も言わず続いた。


我も続いた。


終わった後、田中は「まあ、助かった」と言った。


エリュシアが何も言わなかった。表では。


我には、その顔が少しだけ見えた。


家計簿には書けないが、書いた。



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