「準備が、生存率だ」
準備をして入った俺たち。
準備をせずに入った連中。
どちらが正しかったかは、結果がすぐに出た。
侵入した廃砦の入口は、思ったより狭かった。
崩れた門の残骸を越えると、石畳の通路が奥へ伸びている。その左右の壁に苔が張り付いていた。全体的に空気が湿っており、とても気持ちが悪い様相だ。
田中が入口で止まって、しばらく見た。
「三手に分かれる必要はない。一本道で潰す」
ネネが言う。
「……それでいいのか。奥に何がいるか、まだわかっていないぞ」
「広げると管理できんようになる。常識だろうが」
エリュシアが頷いた。
「……分散すると回復が追いつかない場面が出ます。一列の方が合理的です」
「そういうことだ」
(……田中さんが言うまで、私もそう思っていました。なぜ悔しいのでしょう)
* * *
中は予想通りだった。
魔物の群れが三箇所に分かれて巣を作っていた。廃砦特有の薄暗い通路が続いて、見通しは悪い。それでも田中は迷わなかった。
「次、右」
ネネが動いた。田中が言う前に、もう動いていた。
「エリ、後ろ」
「……わかりました」
声をかけられる前にヒールを出しかけていたエリュシアは、少し間を置いてから手を動かした。
(……タイミングが、合っている。いつの間に)
三人の動きに無駄がなかった。お互いを確認する視線が要らず、とてもスムーズに連携できた。
* * *
廃砦の中央部に差し掛かったところで、声が聞こえた。
怒鳴り声と、金属が擦れる音。
田中が足を止めた。
「……戦闘中か」
「別のパーティが入っていたのか」とネネが言った。
「先に確認できた。僥倖だな」
通路を曲がった先に、三人組がいた。
大柄な男が先頭に立って、顔の古い傷跡を歪めながら魔物に剣を振っていた。長身の女が後ろで眼帯のまま杖を構えている。その隣に、フードを深くかぶった小柄な人物。顔は見えない。
三人とも、動きが硬かった。消耗している。
田中が一瞬だけ見て、前に出た。
* * *
決着は早かった。
田中が動いて、ネネが抑えて、エリュシアが回復した。それだけだ。魔物が消えた後、三人組がへたり込んだ。
田中が大柄な男を見た。
「お前ら全員、そこに正座しろ」
「……は?」
「座れと言った、正座だ。」
有無を言わせぬ田中の物言いに、消耗しきって疲れていることもあってか、三人が、揃って地面に正座した。田中がその前に立つ。
「...お前ら、計画書はどうした」
「……け、計画書?」
「クエスト挑戦計画書だ。ギルドに提出してから入ったか」
三人が顔を見合わせた。
「……そんなもの、ありませんが」
「作れ」
「え?」
「人数、装備、想定所要時間、撤退条件、緊急連絡先。いざというときの遺書。全部書いてから入れ。登山と同じだ。常識だろうが」
男が眉を寄せた。
「とざん……?」
「山に登る時は登山計画書を提出する。遭難した時に捜索できるようにするためだ。クエストも同じだろうが。失敗した時に誰がどこを探すか、決まっていなければ意味がない」
(……「登山」というのは現代語です。ですが、言っている内容は正確なんです)
ネネが腕を組んで、フン、としてから言った。
「我らのパーティはやっているぞ」
エリュシアが小さく続けた。
「……やっています。提出先が存在しないまま、今に至りますが――」
(……今のは余計でした)
田中が続けた。
「次に入る時は書いて持ってこい。準備が生存率に直結する」
三人組が揃って頷いた。大柄な男が口を開く。
「……助かりました。礼を言います」
「いらん。計画書を書け」
男が何か言いかけて、止まった。眼帯の女が小さく笑った。フードの人物は黙ったままだった。
「戦闘中も説教するのか」とネネが田中に言った。
「指摘に、場所は関係ない」
(……そうですね。私も何度かそれを経験しました)
* * *
廃砦の前半部、残りの探索は、それほど時間をかけずに終わった。
探索中、ネネが言った。
「我、最初の頃より動きやすくなっておるな」
田中が前を向いたまま答えた。
「そのために、装備をあつえらた」
「……わかって、やっていたのか」
「当たり前だろうが」
ネネが少しの間、黙っていた。
エリュシアは二人の後ろを歩きながら、前を見ていた。
(……この人は、ちゃんと見ている。最初から)
(鎧の宝石を外したのも、動きやすい装備に変えたのも、全部)
(計算していた、最初から)
声には出さなかった。
――――――
同じ頃、魔王城の会議室では。
ゾルグが羊皮紙を必死で書いていた。
ゼフィーラ「……ゾルグ。何をしている」
ゾルグ「奪還計画書の予算欄を埋めている。田中に言われたので」
ゼフィーラ「…………」
(ひとつため息をついた)
「家計簿の様式を、ゾルグに渡してやれ」
グレイン「…………なるほど」
フィルナ「がんばってねぇ~!!」
※おじさん解説! 第二十一回
「登山計画書」というのは、現代日本で山に登る時に提出する書類のことです。遭難した時に捜索できるよう、行程・人数・連絡先を書いて登山口などに提出します。
田中さんは異世界の冒険者制度にこれを適用しようとしています。
提出先が存在しない、という問題は、おそらく田中さんも把握しています。それでも「書け」と言います。習慣がないなら、作ればいいからです。
「準備が生存率だ」というのは、工場で二十三年間製造管理をやってきた人間の言葉です。軽くないです。
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※神界業務日報 第二十一回
本日の特記事項。
廃砦攻略:完了。
三人連携の精度:田中さんが何も言う前に全員が動いていました。記録します。
別パーティへの指導:「クエスト挑戦計画書を提出しろ」。提出先は存在しません。私が言いました。田中さんは「作れ」と言いました。
追記:「提出先が存在しないまま今に至ります」と言ってしまいました。余計でした。反省します。
追記2:帰り道、ネネが「我、あの頃より動きやすい」と言いました。田中さんは「最初から計算していた」と言いました。記録します。理由の欄は、書かないことにします。
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※魔王の家計簿 第二十一回
本日の支出
・消耗品 十五G
・回復薬小 一本 二十五G
田中の評価:よかった。
廃砦が終わった。
別のパーティが座らされて計画書の話を聞いていた。見覚えのある光景だった。我も最初、同じ顔をしていた気がする。
「最初の頃より動きやすい」と言ったら、「そのためだ」と言われた。最初から計算していたらしい。
……知らなかった。
でも、悪くなかった。家計簿には書けないが、書いた。




