「魔王、家計簿をつけろ」
「勇者よ! 我が来てやったぞ!!」
白い空間に、黒煙とともに女が降り立った。
漆黒の鎧。深紅のマント。頭には立派な角。全身から禍々しいオーラが噴き出していて、どう見ても魔王だった。
勇者田中は、目の前の魔王を見ても、ほとんど顔色を変えなかった。
「誰だ」
「……は?」
「誰だと聞いた」
魔王は固まった。
(……な、なぜ動じない。我、登場演出に三秒もかけたのに。黒煙の量も昨日より二割増しにしたのに)
「我は――偉大なるネクロス・ヘカテ・ネクロンザビア・エターナル・ヴァルディアス・クリムゾン・ネフェルナーク・アビス・ヴァル――」
「長い。ネネだ」
「……ネネ?」
「前と後ろから”ネ”を取った。――ネネ。そこ座れ」
魔王――ネネは、気づけば勇者の膝の上になぜかチョコンと座った。
魔王は思う。千年間、誰も自分に座れと言わなかった。
なぜか足が勝手に動いた。そして怒られた。
「違う、椅子に座れ」
ネネは改めて椅子に座った。
*****
エリュシアが目を細めた。
(……座った。千年の魔王が、勇者田中に「座れ」と言われて座った。私より扱いが雑なんですけど。いや、同じくらいか。腹立つ)
「……魔王が、いきなりこの場に現れるというのは、いかがなものかと思いますが」
「うるさい。ネネ、飯は食ったか」
「た、食べておらぬが……」
「よし。あとで食わせる。その代わり話を聞け」
ネネは目を丸くした。
千年間、誰も自分に飯を奢ると言わなかった。
征服した国の王は跪いたが、飯を奢ってはくれなかった。
「……な、なぜそのようなことを」
「飯を食わずに話を聞ける人間はおらん。常識だろうが」
(常識……)
エリュシアは静かに息を吐いた。
(この方の常識、本当に独自の体系を形成していらっしゃる)
「……わかりました」
*****
「で。まず、その鎧いくらした」
「ぬ? これか。百万ゴールドであるが。」
勇者田中の目が、ぴたりと止まった。
初めて、はっきりと反応した。
「ア ホ か」
ネネは反射的に背筋を伸ばした。
「百万ゴールドでたった鎧一着か。固定費が高すぎる。そんな装備で維持費はいくらかかってる。魔力充填は? クリーニング代は? 千年着てたら修繕費だけで国が潰れるぞ」
「そ、そのあたりは配下が……」
「配下に丸投げか。”最悪”だ。トップが経費の把握もできない組織は必ず腐る。俺が二十三年、製造管理やってきた経験から言う。絶対に腐る」
ネネは黙った。
(……魔王を前に、製造管理の話をしているこの男はいったい何なのだ)
「いいか。まず固定費を見直せ。鎧は自作しろ。中古を買ってもいい。リースとレンタルも検討しろ。素材は自分で調達すれば三分の一で済む。俺が作る。次に人件費。配下が何人いる」
「ぬ……三千ほど」
「多い。せいぜい千人でいい。残りは解雇しろ」
「魔王軍を解雇!?」
「いらん人間を抱えるのは双方にとって不幸だ。やる気のある千人のほうが、やる気のない三千人より強い。これも常識だろうが」
ネネは、二時間後もまだ座っていた。
*****
「……ひとつ、聞いてもよいか」
勇者田中は腕を組んだまま、「なんだ」と言った。
ネネは、膝の上で手を握った。
「お前は……なぜそのような話を、我にするのだ。我は魔王ぞ。千年間この世界を支配してきた。誰も、我にそのような話などしなかった」
田中は、少しだけ肩をすくめた。
「関係ないだろ。固定費の話は魔王でも人間でも同じだ」
「……そうか」
ネネは小さく笑った。
気づかれないくらい、小さく。
「なあ」
「なんだ」
「我を、お前のパーティに入れろ」
エリュシアが、ぴくりと反応した。
「……は?」
「お前の話を、もっと聞きたい。宿代と食費と装備修理代は自分で払う。足手まといにはならん。千年間、それなりにやってきた」
勇者田中は少し考えた。
三秒くらい考えた。
「宿代は相部屋でいいか。個室は高い」
「……か、構わぬが」
「装備は俺が作る。その分の素材代を出せ。あと家計簿をつけろ。毎週報告しろ」
「か、家計簿……!? 魔王が家計簿を!?」
「金の流れを把握できないやつは信用できん。以上。明日から来い」
ネネは、もう一度小さく笑った。
今度は、少しだけ大きく。
(……家計簿。つけてみるか)
――――――――――
エリュシアは、二人のやり取りをずっと見ていた。
(……魔王がパーティに入る。しかも本人が希望して。しかも勇者田中は、ほぼ家計の話しかしていない。この状況は何? 神界のどのマニュアルにも載っていない)
「……田中さん。よろしいのですか。相手は千年の魔王ですよ。というか倒す相手ですよ?」
「千年生きてるなら経験値は高い。なんにせよ使える」
(使える……)
エリュシアはネネを見た。
ネネもエリュシアを見た。
(……この女神、なんだか目がトゲトゲしている)
(……この魔王、なんだか図々しい)
二人は同時に視線を逸らした。
「……お前、この状況、配下には連絡するのか」
「ぬ。ゾルグという腹心がおる……まあ、そのうちな」
「報連相は基本だぞ。とにかく飯代は払え」
「払う! 払うから家計簿の続きを教えてくれ!――あと報連相もじゃ!」
エリュシアは静かに額に手を当てた。
(……わかりました。もう何も言いません)
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第2話「魔王、財布を持て」 了
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※おじさん解説!
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本日、田中剛は千年の魔王をパーティに加えた。
理由は「経験値が高いから」である。
魔王の正式名称は、ネクロス・ヘカテ・ネクロンザビア・エターナル・
ヴァルディアス・クリムゾン・ネフェルナーク・アビス・ヴァルガリア・
デス・イモータル・ネクロニア・ザ・エンドという。
田中は「ネネ」と呼んでいる。
魔王は否定しなかった。
なお、腹心ゾルグはこの日も魔王城で魔王の座奪っちゃう計画を練っていた。
魔王はゾルグに連絡していない。
「報連相」で田中に怒られるのはもうすぐそこである。
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※魔王より一言
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家計簿というものを始めた。
思ったより難しい。
鎧の修繕費をどの項目に入れるべきか迷っている。
田中に聞いたら「雑費でいい」と言われた。
千年の支配がまさか雑費に集約されるとは思わなかった。




