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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章:異世界最強の節約勇者 ――召喚されたのに、まず予算を確認した

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「ゾルグ、その計画は赤字だ」

計画書には、必ず予算欄を作れ。

数字のない計画書は、ただの夢だ。

これが管理の基本だろうが。


 ギルドに入ると、リッカが書類を持って待っていた。


「――それで。ヨシコさん、昇格の結果は」

「無事、通りました。……リッカです」

「そうか、ヨシコさん」

「一回でいいので名前で呼んでください!!」


 (毎回言っています。毎回届いていません......あきらめてください)


 エリュシアはそっと目を逸らした。


「正式にB級です」とリッカが言った。

「おめでとうございます……と言いたいところですが、B級から依頼の質が変わります。危険度も上がります。覚悟はありますか」

「覚悟より条件を確認しろ」

「……そうですね。はい。条件の話をします」


 (「覚悟より条件」)

 (この方らしい言葉です)


 ネネが横で帳面を開いた。「条件……確認……」

「お前、毎回書くな」

「大事だぞ」

「それは認める」


 ネネが少しだけあごを上げた。


*****


 ギルドの外に出ると、ゾルグが待っていた。


 よろいを磨いてきたらしい。傷が一つか二つ新しくなっている。手に計画書を持っていた。


「……来たか」と田中が言った。

「来た! 約束通り、予算を持ってきたぞ!」


 ゾルグが計画書を差し出した。田中が受け取って開いた。


 一行読んだ。


論外(アウト)だ」

「なぜだ! 予算欄を作ってきたぞ!」

「欄はある」

「そうだ!」

()()()()()

「……」

空白(からっぽ)だ」

「……予算の、出し方が、わからなかった」


 沈黙が落ちた。


 (予算欄を作った(つくった)のに、数字が入れられなかった……)

 (それはそれで、正直です。――というか、アホなんですかね......ゾルグさん)


報連相(ほうれんそう)は基本だ。出直せ」

「また「論外(アウト)」ですか!!」

「数字が入ったら()()()()


 ゾルグが泣いた。また泣いた。海で泣いて、またここで泣いた。男泣きである。


 ネネが腕を組んで眺めていた。


「……ゾルグ」

「ま、、魔王さま——」


 ネネが少し間を置いた。


「……我のことは、今後ネネと呼べ。周りにも周知するように」

「ネ、ネネ……様?」

「様はいらん。ネネだ」

「な、なぜ急に」

「田中の名づけだ」


 沈黙。


 ゾルグがゆっくり田中を見た。田中は計画書を眺めていた。何も言わなかった。


「……勇者が、魔王様に名前を」

「文句があるか」とネネ。

「ありません!!」 気持ちの良い、即答だった。


 (今、宣言しました)

 (田中の名づけだと、自分から(じぶんから)言いました)

 (……魔王ネネ)


 エリュシアは黙って前を向いた。


―――――


「座れ、()


 田中が言った。


「……は?」

「短い方が呼びやすい」

「三文字ですよ!? ゾルグで三文字(みもじ)ですよ!?」

「長すぎだ」

「どこがですか!!」


 ネネがぼそりと言った。

「我は十三ブロックを二文字に削られた。三文字なら(めぐ)まれている」

「ネネ様がそれを言いますか!!」


 (ゾルグさん、魔王様に比べれば確かに恵まれています)


「ゾ、座れ」

「……わかりました、座ります」


 ゾルグが地面に座った。計画書を膝に広げた。


 ルコが横からひょいとのぞき込んだ。

「予算の欄、数字がないですね」

「今その話をしているんだよ!!」とゾルグが返す。

「三秒でわかりました」

「わかるんじゃない!! むしろなんで分かるんだ!!」


*****


「もう、ゾルグには任せられない」


 低い声がした。


 全員が振り向いた。


 その獣人女は赤髪だった。短く刈り上げたような髪に大きな耳。全身鍛えられた体に傷が入っており、歴戦の勇士であることを隠す気がない。

防具は軽装で飾りがほぼなく、腰に手を当てて立っている。そして目つきが鋭く、嘘がない。


「グレイン……! 貴様がなぜここに」とゾルグ。

「ゾルグが「次は予算書を持っていく」と言い残してここにきたと聞いた。様子を見に来た」

「それだけか!?」

「それだけだ」


 田中がグレインを見た。しばらく眺めた。


「お前、名前はなんだ」

「グレイン。四天王してんのう第二席、グレイン・ク——」

「グレ」

「縮めるな!」

「じゃあテリーだ」

「なんだそれは」

餓狼(がろう)伝説だ。おまえ、狼みたいな顔してる」

「俺の顔が(おおかみ)か」

「悪い意味じゃない。毛並みがとても良い」

「フォローになってない」とはいうものの、グレインの顔は少し赤くなっていた。


「――で、グレかテリー、どっちがいい」

「どっちもいらない。グレインだ」

「長い」

「四文字だろうが!」とゾルグ。「俺は三文字で削られた!」

「黙れ。お尻ペンペンするぞ」


「グレかテリー、どっちだ」と田中が繰り返した。

「……」

「どっちだ」

「……グレ、でいい」

「わかった」


「今選ばせた(えらばせた)よな!?」とゾルグ。

「黙れ」


 (グレインさんが気づかないうちに命名されました)

 (しかも自分で選びました(じぶんでえらびました)

 (田中様の命名に抵抗できた人を、私はまだ見ていません)

 (あと田中様のお尻ペンペンは本当にヤバイです......)


 ネネがぼそりと言った。「テリーの方が良かったと思うぞ」

「魔王様。余計なことを言うな」


―――――


 グレインが田中を正面から見た。


「計画書を見たか」

「見た」

「穴がいくつあった」

「数えていない。全部だ」


 グレインが少し止まった。


「……なるほど」


 (今「なるほど」と言いましたね)

 (グレインさんが)

 (田中様に対して)


「認めたわけじゃない」とグレインが言った。「ただ計画に穴がありすぎると言っただけだ」

「話が早い」

「褒めるな」

「褒めてない。事実だ」

「……」


 (三十秒で意気投合しかけています)

 (しかもグレインさん、自分では気づいていません)


 グレインが腕を組んだ。少し離れたところに立っている。田中のがわに、気づかないまま、半歩近づいていた。


「ゾルグには任せられない。俺が見る」

「それでいい」と田中。

「褒めてないよな」

「褒めてない」

「……ならいい」


「グレ、今どっち側に立ってる」とルコが言った。

「……俺は魔王軍だ」

「でも田中さんの隣に立ってますよ」

()()()()()

「立ってますよ」

「……黙れ」


 ゾルグが遠い目をした。「グレインまで……」


****


 田中がゾルグの計画書を机の上に広げた。


「教えてやる」

「……なぜ」


 エリュシアも同じことを思った。


 (なぜ教えているんですか、この方は)


「計画書のない作戦は作戦じゃない。ただの思いつきだ」

「……それは」

「思いつきで動いて死ぬのは勝手だが、部下(ぶか)が死ぬ」


 ゾルグが止まった。


 田中の声は低かった。怒っているわけではなかった。ただ、事実(じじつ)として言った。


「まず収入を書け。次に支出を書け。余った分が使える予算だ」

「……それだけか」

「それだけだ。できるか」

「……やってみる」


 グレインが少し離れたところで腕を組んで聞いていた。


 (……当たり前のことを、当たり前に言っている)

 (なのに、なぜこいつに言われると、俺の胸にこんなにも響く(ひびく)のだ)


 ルコがゾルグの横に静かに座った。

「手伝います」

「お前も座るのか!?」

「計算が得意なので」

「……頼む」


 ゾルグとルコが計画書に向かった。


 (ゾルグとルコが計画書を作り始めました)

 (田中様が教えています)

 (グレインさんが黙って聞いています)

 (……何が起きているんですか、今日は)


―――――


 しばらくして、ゾルグが鉛筆えんぴつを止めた。


「……できた」


 田中が受け取った。開いた。今度は数字が入っていた。


「赤字だ」

「……」

「だが計算はある」


 ゾルグが顔を上げた。


「……赤字は、ダメか」

「赤字は出発点だ。何が無駄かがわかる」

「……そういうものか」

「そういうものだ。(つぎ)へ行く」


 グレインがぼそりと言った。

「……その計画書、俺にも見せろ」

「なぜだ」とゾルグ。

「魔王軍の経費を見直す参考にする」


 それを傍らで聞いていたネネが

「出来上がったら我に見せよ」と言った。


 (グレインさんが「参考にする」と言いました)

 (認めたわけじゃない、と言わなかったのは今日が初めてです)

 (……記録します)


 ネネが全員を見渡した。それから静かに言った。


「田中」

「なんだ」

「今日は……悪くなかった」


 田中は何も言わなかった。


 ルコが帳面を閉じた。「俺も今日は勉強になりました」

「お前は何を勉強した」とリッカ。

「計画書の作り方と、名前の付け方です」


 エリュシア「後者はいりません!!」


*****


 四天王二人が帰還した後の魔王城――


「なぜだ……なぜ俺が勇者に計画書の作り方を教わっているのだ……!」

「自業自得だ」「でも予算欄に数字が入ったのは進歩だよねぇ」と二方向から飛んだ。


 ゾルグは計画書を見た。赤字だった。でも数字は入っていた。


「「それは確かに(たしかに)進歩だ」」

※おじさん解説!


 計画書のない作戦は思いつき(おもいつき)だ。

 思いつきで動いて死ぬのは個人の自由だが、部下を巻き込むな。

 まず収入を書け。次に支出を書け。余った分が予算だ。

 赤字が出たら何が無駄かがわかる。それが出発点だ。

 23年間、現場でそれをやってきた。常識だろうが。



※神界業務日報 第18回


 本日の特記事項。

 B級昇格が正式に確定しました。

 四天王第四席ゾルグが計画書を持参しました。

 予算欄はありましたが数字がありませんでした。記録します。

 ネネが「田中の名づけだ」と自分から(じぶんから)言いました。記録します。

 「ゾ」という命名が確定しました。三文字が削られました。記録します。


 四天王第二席グレインが現れました。

 三十秒で「なるほど」と言いました。記録します。

 「グレ」という命名が確定しました。本人が選びました。記録します。


 勇者様がゾルグに計画書の作り方を教えました。

 理由はわかりません。でも正しいです。

 グレインさんが「参考にする」と言いました。

 「認めたわけじゃない」と言いませんでした。記録します。



※魔王の家計簿 第18回


 ゾルグが来た。

 計画書に予算欄を作ってきた。数字はなかった。

 田中に計画書の基礎を教わっていた。

 グレインも来た。「なるほど」と言っていた。

 最終的に計画書の経費見直しを「参考にする」と言っていた。

 我は今日、「田中の名づけだ」と言った。

 言ってから、少し恥ずかしかった。

 でも撤回はしない。

 ゾルグが初めて数字の入った計画書を作った。

 赤字だった。でも少し、よかった。


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