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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章:異世界最強の節約勇者 ――召喚されたのに、まず予算を確認した

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17/42

「海は、ただで入れる」

海はタダだ。

入場料もない。維持費もかからない。

田中剛が海に行った理由は、それだけでよかった。


 翌朝、ギルドに戻ると、リッカが書類を二枚持って待っていた。


「まず、B級昇格の正式推薦書です」

「ヨシコさん、手数料は」

「無料です。リッカです。」

「そうか、ヨシコさん」

「聞いてないですよね!?」

「なら受け取る」

「人の話聞いてぇぇぇ!?」


 田中が書類を見た。一行読んで、次の行を読んだ。


「これでB級になるのか」

「推薦なので、審査がありますが……正直、形式だけです。ダンジョンの記録を見れば誰でも通します」

「審査の日程は」

「一週間後を——」

「急げ」

「……善処します」


 エリュシアが横から口を挟んだ。

「昇格を急ぐ理由はあるのですか」

「上がれるなら早い方がいい。機会費用きかいひようだ」

「……その言葉、ネネから最近よく聞きます」

「覚えたなら使え。常識だろうが」


 ネネが少しだけあごを上げた。


(……褒められた気がする)

(気がするだけかもしれないが)


 リッカが二枚目の書類を出した。


「もう一つ、緊急依頼が入っています。報酬割増わりまし、危険度B相当です」

「読む」


 田中が書類を一瞥いちべつした。


「海辺の町か」

「シーラという港町みなとまちです。魔王軍の下っしたっぱが暴れているという報告が入っています。他のパーティが手を出せていない状況で——」

「行く」

「理由を聞いてもいいですか」とエリュシア。

「割増だ。常識だろうが」


 ネネが少し眉をひそめた。

「……我の軍か」

「お前は関係ない」

「そういうわけにも——」

「とっとと行くぞ」


(話を切るのが毎回早いのですよ……!)

(もう少し私の話だって聞いてくれても......)


―――――


 一方そのころ、魔王城の一室で四天王・ゾルグが頭を抱えていた。


「なぜだ……陽動ようどうのつもりだったのに……なぜ本当に暴れているのだ……!」


 遠くでゼフィーラが書類を投げた音がした。


*****


 シーラまでは半日の道程みちのりだった。――当然のように馬車も転移魔法も使わず、田中の

「走るぞ」の一言でここまで走ってきたのだ。


 街道かいどうを外れると、しおの匂いがしてきた。ネネが少しだけ歩幅を広げた。田中は気づいたが、何も言わなかった。


 港町の入口に着くと、遠くに光っているものが見えた。


 海だった。


 ネネが止まった。一瞬だけ。すぐに歩き始めたが、その一瞬を田中は見ていた。何も言わなかった。


 町の中は騒がしかった。商店の窓が割れている。路地ろじの端に魔物の足跡が残っている。住民が戸を閉めて中に引っ込んでいた。


 エリシュアが状況を確認する。

「現地の冒険者は手を出せていない状況です。魔物の数は十体前後、ただ魔力を持った個体が混じっているらしくて——」

「わかった」と田中。「まず宿を取る」

「……え、先に依頼をこなさないのですか?」

「先に宿だ。荷物を置く。着替える」

「着替える?」


 田中がエリュシアを見た。


「作れるか」

「……何をですか」

「水着だ」

「水着は支援物資の対象外です。嗜好品しこうひんに——」

「冒険に必要な装備だ」

「水着が装備ですか!?」

「海に入る。動ける格好がいる。装備だ」


 エリュシアが止まった。


「……それは、一応、理屈としては」

「作れるか」

「……技術的には、可能です」

「作れ。スクール水着ともう一枚、合計二枚」

「スクール水着とは何ですか」

「説明する。メモしろ」


 (この方が「メモしろ」と言う時、ろくなことになりません)

 (分かっているのに、なぜメモを出してしまうのですか、私は)


 説明が終わった。


 エリュシアが固まった。


「……()()を、作るのですか」

「そうだ」

「私も着るのですか」

「お前は神界正装があるだろうが。俺とネネの分だ」


 エリュシアが一瞬だけ表情を変えた。


「……わかりました。作ります」


 (なぜ少し残念な気持ちになっているのですか、私は)

 (断然こっちの方が布の面積が多いです)

 (分かっています)

 (……でも)


「あと」

「……まだあるのですか」

「ふんどし」

「ふんどし!?」

「俺の分だ」

「あなたの分はスクール水着ではないのですか!!」

「俺はこっちだ」

「昭和を引きずらないでください!!」

「常識だろうが」


 (今「ふんどし」を作ることになりました)

 (女神になって何年も経ちますが、初めての案件です)


「……わかりました」


 ネネが田中を見た。

「ふんどしとは何だ」

「後で見ればわかる」

「……楽しみにしておく」


 リッカとルコは顔を見合わせた。

「……何が起きているんですか」とリッカ。

「わかりません」とルコ。「でも帳面に書いておきます」

「書かなくていいです!!」


*****


 宿で着替えることになった。


 先にエリュシアが出てきた。


 神界の水辺正装みずべせいそうだった。白を基調にした布地ぬのじだが、面積が極端に少ない。背面はひも二本。女神の美的感覚が全振りされた一着だった。


 田中が止まった。


「……お前、それは何だ」

「神界における水辺の正装です。品位ひんいがあります」

「Tバックじゃないか」

「正装です!」

痴女ちじょか、お前は」

「ちちちちちがいます!! 神聖しんせいな正装です!!」

「変態か」

「へ、へ、変態ではありません!!!」


 (勇者に「痴女」と言われた女神は史上初だと思います)

 (でも確かに布が少ないです)

 (……少し、恥ずかしいです)


「動けるか」

「……動けます」

「なら十分だ」


 (「十分」でした)

 (「十分」……)

 (複雑です)


―――――


 次にネネが出てきた。


 黒いスクール水着だった。


 田中がじっと見た。一言だけ言った。


「……様になってるな」

「そうか?」

「スク水はそういうもんだ。常識だろうが」


 (今「様になってる」と言いましたね)

 (私には「十分」だったのに)

 (スク水と神界正装で評価が変わるのはなぜですか)


 ネネは自分の格好を見下ろした。

「……悪くないな」

「黒が()える」


 (……なんか、嬉しい)


 ネネが少しだけ顎を上げた。エリュシアは黙って前を向いた。


―――――


 田中が出てきた。


 全員が止まった。


 (ふんどし)だった。


「……なんですか、それは」とエリュシア。

「海パンだ」

「海パンではありません! どう見てもふんどしです!!」

「昭和の海水浴はこれだ」

「昭和を今すぐ置いてきてください!!」


 ネネが真顔で帳面を出した。

(ふんどし)……経費……」

「お前は書くな」

「参考になる」

「何の参考だ」


 エリシュアが遠い目をした。

「……このパーティ、本当に大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫じゃないと思います」とルコが即答した。ちなみにルコは肌が弱いので水着を着ていない。

「同意見です」とエリシュア。


*****


 海辺に出た。


 砂浜すなはまに魔物の足跡が残っている。数体が波打ちなみうちぎわの近くをうろついていた。田中が一体目に近づいた。


 デコピンした。


 霧散むさんした。


 二体目を振り払った。霧散した。三体目が逃げた。残りが散った。


「……相変わらずですね」とエリュシア。

「普通だろうが」

「普通ではありません」


 そこへ、砂浜の端から声が来た。


「待て勇者! 我こそ四天王してんのう第四席——」


 田中が(ふんどし)のまま振り向いた。


 砂浜に立っていたのは、重厚じゅうこうよろいをまとった大柄おおがらな男だった。使命感しめいかんだけで動いている顔をしていた。目の下にクマがある。


 ゾルグが止まった。


「……なぜ(ふんどし)なのだ」

「海だからだ」

「それは答えになっていない」

「常識だろうが」

(ふんどし)が常識な時代はいつですか!!」


 ネネがスク水のまま腕を組んだ。

「ゾルグ。その計画の予算はいくらだ」

「ね、ネネ様!! その格好は!!」

「水着だ」

「水着ですか!? 魔王様が!?」

「着心地がいい」

「そういう問題では!!」


「で」と田中が言った。「予算は」

「よ、予算は……」

「ないな」

「……」

論外(アウト)だ」


 ゾルグが泣いた。


 (ふんどし)の男に予算を聞かれて泣いた。


 (ゾルグさん、気持ちは()()()()()


 エリュシアはそっと目を逸らした。


「次、計画を立てる時は予算から始めろ」と田中が言った。「報連相(ほうれんそう)は基本だ」

「なぜ勇者に言われなければならないのだ!!」

「正しいからだ」

「……ぐ」


 ゾルグが鎧の袖で目をぬぐった。


「……覚えておく」

「覚えてから来い」

「次こそは——」

「次は予算を持ってこい」

「……持ってくる」


 ゾルグが砂浜を歩いて去っていった。鎧が砂に沈むたびに少しよろけた。


*****


 依頼が完了した。


 夕方。しおの色が変わり始めた。空がオレンジとこんの間にある。


 田中が砂浜で貝を拾い始めた。タダだから。


 ネネが波打ち際の手前で立っていた。動かなかった。


 エリュシアが少し離れたところから見ていた。リッカとルコはもう宿に戻っている。


「……広いな」とネネが言った。


「千年、城にいたんだろうが」と田中。

「ああ」

「海は来たことなかったか」

「……なかった」


 田中が隣に立った。台詞はなかった。


 (……この方は、こういうことを何も言わずにやります)

 (ずるいです)


 ネネが波打ち際に一歩踏み込んだ。


 波が足に当たった。


「冷たいな」

「そうだ」

「……悪くない」

「そうだ」


 二人とも前を向いたまま。


 エリュシアが静かに近づいた。少し離れたところに立つ。三人で同じ方を向いた。


 田中が手の中の貝を見た。


「これもタダだ」


 ネネが少し笑った。

「……タダが一番好きなんだな、お前は」

「当然だろうが」


 波が来て、引いた。


 また来て、引いた。


 三人とも、しばらく黙っていた。


 (その後めちゃくちゃ潮干狩りさせられました......)


挿絵(By みてみん)


*****


 一方そのころ、四天王ゾルグの『魔王様奪還作戦・陽動海辺版』は砂まみれで終わっていた。


「なぜだ……なぜ俺が(ふんどし)の男に予算を聞かれて泣いているのだ……!」


人選(お前)の問題だ」「自業自得だ」と二方向から飛んだ。


ゾルグは砂を握った。「……次こそは」

「「止めはしない」」


※おじさん解説!


 スクール水着というのは昭和の文化遺産だ。

 シンプルで機能的で余計な装飾がない。

 経費の無駄がない。これが水着の正しい姿だ。常識だろうが。

 (ふんどし)は通気性がいい。これも常識だ。

 あと、海はタダで入れる。

 維持費もかからない。入場料もない。

 この世界で一番コストパフォーマンスのいい場所かもしれん。



※神界業務日報 第17回


 本日の特記事項。

 「水着は冒険に必要な装備」という解釈で物質生成を要求されました。

 理屈としては通ります。非常に悔しいです。

 スクール水着とふんどしを作りました。記録します。

 神界の水辺正装が「()()」と評されました。記録します。

 「十分だ」と言われました。記録します。

 ネネが「様になってる」「黒が映える」と言われていました。記録します。

 四天王第四席・ゾルグと初対面しました。予算がありませんでした。記録します。

 本日は記録することが多すぎます。


 追記:三人で海を見ました。記録しません。



※魔王の家計簿 第17回


 本日の支出:宿代・食費・依頼経費。黒字。

 スク水というものを着た。動きやすかった。

 田中が「様になってる」と言った。

 「悪くない」と思ったので書いた。


 海は広かった。初めて見た。

 冷たかった。悪くなかった。

 田中が隣に来た。それだけ。

 でもそれだけで、なんか、よかった。


 ゾルグが来て泣いて帰った。

 次は予算を持ってくるらしい。


 少しだけ期待している。予算の話を聞くのが楽しいので。

 貝はタダらしい。田中はやはりタダが一番好きなのだな。

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自分を貫き通す系の主人公とてもいいと思います!何より魔王様が可愛すぎる!!
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