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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章:異世界最強の節約勇者 ――召喚されたのに、まず予算を確認した

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「ダンジョンでも、黒字にする」

セーブポイントがない世界で、田中剛は今日も前に進む。

それが不満なのかと言えば、不満だ。

ただそれで止まる男でもない。常識だろうが。


 朝、ギルドでリッカが書類を持って待っていた。


「B級昇格の推薦を出したいんですが」

「ヨシコさん、手数料は」

「……無料です。あとリッカです!(いつになったら覚えてくれるんだろう)」

「なら聞く」


 リッカが書類をテーブルに広げた。

「D級の依頼をD級の実力でこなしていない、とギルドが判断しました。正式な記録のため、立会人として同行します」

「好きにしろ」

「……あとルコ君を一人で行かせられないので」

「それが本音だろうが」

「……両方です」


 ルコが横から言った。

「俺、一人で行けますよ」

「行けません」とリッカ。

「なんでですか」

「直感です」

「……そうですか」


 (リッカさん、正しいです)


 エリュシアは黙ってそう思った。


*****


 古跡こせきの迷宮は、ベッカーの外れにあった。


 石造りの入口。こけが壁を覆い、奥からひんやりとした空気が流れてくる。かつて何かの遺構いこうだったらしいが、今は魔物の巣窟(そうくつ)になっている。冒険者ギルドが攻略依頼を出してから、すでに三つのパーティが途中で引き返していた。


 田中は入口の前で立ち止まった。


「エリ、セーブポイントはどこだ」

「……ありません、そんなもの」

「ちっ、使えんな」


 (「使えんな」言いましたね今。しかも舌打ちまで)

 (女神に向かって)

 (でも確かにありません)

 (それが一番悔しいです)


「セーブポイントの代わりに入口付近の宿を確保する。それがセーブポイントだ」

「それはセーブポイントではありません!」

「近いだろ」

「全然近くにありません!!」


 ネネが腕を組んで入口を眺めた。

「我の城にはセーブポイントがあるのかのう」

「魔王城にそんなもん、あるわけないだろ」と田中。

「……そうか、セーブポイントを用意しなければいけないのか」

「ラストダンジョンだろ。常識だろうが」

「うむ、帰ったら早速用意させよう!決めた!」


(いや魔王、あなたそれ攻められやすくなりますよ?いろんな意味で、いいんですかそれで)

エリシュアはこめかみに手を当てて、ため息をついた。


 リッカが記録用の帳面を開きながら言う。

「あの……セーブポイント(ダンジョン近くの宿)の概念、ギルドに提案していいですか」

「ヨシコさんの好きにしろ」

「します。あとリッカです」


 ルコがすでに帳面に書いていた。「入口……付近……宿……確認……」

「ルコ君もメモしてる!?」

「参考になるので」

「何の参考ですか!!」


 田中は入口を見た。奥は暗い。空気が重い。


「行くぞ」


 五人で中に入った。


*****


 通路は石畳いしだたみだった。壁に古い燭台しょくだいが並んでいるが、火はない。リッカが魔道具まどうぐのランタンを出した。ネネが指先に小さなともしびを作る。


 田中が先頭を歩く。


 角を曲がった直後、床に妙な石板があった。


 田中が手を伸ばしてネネを止めた。


「踏むな」

「なぜわかった」

「光り方が違う。わな()んで覚えるな、見て避けろ」

「できればすべてのマップを方眼紙に書いて、ワープや落石などの罠の位置もすべて記せ。回転床もあるから気をつけろ。方角を見失って水と食料をなくせば、待つのは死だけだ」

「……覚えておく」


 (昔のゲームの攻略本みたいなことを言っています)

 (でも正しいです)

 (この方、毎回そうなんです)


 ルコが後方からのぞいていた。帳面に何か書いている。


「お前、なんで後ろにいる」と田中。

「安全な場所から観察した方が学べると思って」

「それは正しい」

「戦いに来たんじゃないんですか!?」とリッカ。


 ルコが顔を上げた。

「俺、戦うより見てる方が向いてると思うので」

「……そういうことですね」


 リッカは帳面に何も書かなかった。


―――――


 しばらく進むと、通路が広くなった。


 天井が高い。中央に石柱いしばしらが並んでいる。その間に、黒い影が三つ、四つ、動いていた。


 魔物だった。犬ほどの大きさで、毛はなく、口だけが異様に大きい。


 ネネが魔力まりょくを構えた。大きな魔法が来る。エリュシアがそれを感じた。


「待て」と田中が言った。

「なぜだ。倒せる」

「倒せるのと正解は別だ。魔力の回復(かいふく)コストを考えろ」

「…………」

「小分けにしろ。一体ずつ、最低限の魔法で仕留めろ」

「なんと地味な」

「地味なのが強い。常識だろうが」


 ネネが渋々(しぶしぶ)、小さな魔法を一体に向けて放った。


 魔物が倒れた。


「……倒れた」

「そうだ」

威厳いげんはないな」

「威厳で回復(かいふく)コストは払えん」


 ネネは何も言わなかった。


 (……正しい。悔しい)


 (魔王が魔力をケチり始めました)とエリュシアは思った。

 (でもこれが正解なんです。それが一番困ります。勇者らしさはありませんけど)


―――――


 次の通路に出た瞬間、田中が止まった。


 十体以上いた。同じ種類の魔物が廊下ろうかの奥まで並んでいる。


 田中がデコピンした。


 先頭の魔物が霧散(むさん)した。


 次を手の甲で軽く振り払った。霧散(むさん)した。


 三体目が田中を見た。逃げた。田中がダンジョンの床に落ちている小石を拾って、下手投げでかるーく放る。逃げた魔物も――霧散(むさん)した。


 沈黙。


「……チートとはいえ」エリュシアが言った。「なんですかこれは」

「普通だろうが」

「普通ではありません!! デコピンで消えました!!」

「気合と根性が違う」

「そういう問題ではないと思います!!」


 ネネが静かに言った。

「……我が千年せんねんかけて積み上げた魔力とは何だったのだ」

「無駄じゃない。お前は他のことに使え」

「……フォローなのかそうでないのかわからん」


 ルコが帳面に書いた。「デコピン……一撃……霧散(むさん)……」

「書かないでいいですルコ君!!」とリッカ。

「参考になります」

「まったくなりません!!」


*****


 中盤、田中の腕に小さな傷が入った。罠の残滓(ざんし)かすったらしい。


「その傷」とエリュシアが近づいた。「ヒールします」

つばでよくないか」

「よくないです!!!」

「昔はそうしていた」

「昔の話をしないでください!! ヒールします!!」

「コストがかかる」

「かかっていいです!!」

「お前、俺の傷は自動回復って言ってなかったか?」

「それはそうですけれど――魔法のほうがすぐ治療できますし」

「なら、唾でいい」

「ぜぇぇぇったいに唾はダメです!!」


 (唾を許容したら女神として終わりです)

 (そこだけは絶対に譲りません)


 田中が渋々ヒールを受け入れた。コストがかかるを10回ほどぶちぶちねちねち言いながら。


 ネネが真顔でメモした。「唾……却下……ヒール……強行……」

「お前もメモするな」と田中。

「大事なことだぞ」

「ルコ、お前も書いてるだろうが」

「書きました」


リッカ「……私だけ書いてないです」

「ヨシコさんが一番まともだ」

「そう言っていただけると……複雑です。あとリッカですって」


―――――


 さらに奥、石造りの広間に入ったところで、床の一角いっかくが光った。


 魔道具の罠だった。反応が速かった。エリュシアに直撃した。

 田中が瞬時しゅんじに動いた。


 エリュシアの腕を引いて、光の中心から引き離す。

 閃光せんこうが通路の壁を焼き、石がはじけた。煙が上がる。


 数秒の沈黙。


 エリュシアの手が、かすかに震えていた。


「怪我は」と田中が言った。

「……大丈夫です」

「大丈夫じゃない顔だ」

「……少し、びっくりしました」


 田中が低く言った。


「ここでは(かみ)の力が抑制よくせいされる。お前は()ねる」


 エリュシアが止まった。


 (()ねる)

 (その言葉が、妙に重かった)


「……知っています」

「知ってるなら下がれ。前には出るな」

「……わかりました」


 (声が、少し違いました)

 (いつもと)

 (……記録します。絶対に記録します)


 ネネが後ろで黙っていた。


 (我も、同じだ)

 (この場所では、我も()ねる)

 (田中は……わかっているのだろうか)


 田中は何も言わなかった。

 ただ前に向き直って、また歩き始めた。


*****


 奥の広間に、中型の魔物が一体いた。


 田中が動かなかった。


「なぜ攻撃しない」とネネ。

「三回見る」

「三回?」

「パターンを読む。動きを見てから攻める。常識だろうが」

「ゲームのボス戦ですか、それは」とエリュシア。

「ゲームも現場も同じようなもんだ」


 一回目:見る。

 二回目:見る。

 三回目。


 田中が動いた。


 一撃だった。


「……速い」とネネ。

「見てたから速い」


 (三回見ている間、私は何もできませんでした)

 (でも一撃で終わったので何も言えません)

 (毎回そうなんです、この方は)


**:**


 ダンジョンの最奥さいおくを抜けた。


 田中が素材を回収し始めた。魔物の残した素材、壁に生えた希少草きしょうそう、床の亀裂きれつから覗く鉱石こうせき欠片かけら。一つ残らず拾っていく。


 ルコが後方で帳面を広げた。しばらく計算していた。


「計算しました」


 全員が振り向いた。


「素材の換算かんさん込みで、依頼報酬の1.4倍になります」


 沈黙。


「お前、戦ってないな」と田中。

「計算の方が向いてると思って」

「……そうだな」


 (戦闘中に収支計算をしていた少年がいます)

 (しかも田中様が「そうだな」と言っています)

 (なぜ驚いていないんですか、この方は)


「ルコ君、冒険者向きじゃないって自分でわかってますよね」とリッカ。

「わかってます」

「じゃあ……」

「でも計算は楽しいので」

「……そういうことですね」


―――――


 帰り道、五人で並んで歩いた。


 エリュシアが三人の後ろ姿を見た。


 田中が前。ネネがその横。今日、二人の間に交わした言葉は少なかった。それなのに、ダンジョンの中で二人の動きは噛み合っていた。田中が前に出れば、ネネが側面を取っていた。エリュシアが下がれば、ネネが自然にカバーに入っていた。


 教えていない。言っていない。


 (いつの間に、こうなったのでしょう)

 (気づいたら、動いていました)

 (この方の隣にいると、なぜかそうなるんです)

 (……私も、そうなっていました)


 リッカが横でこっそり帳面に書いた。

「連携……自然発生……要因不明」


 ルコが覗いた。

「俺も書きました」

「ルコ君も!?」

「参考になるので」

「……そういうことですね」


 田中は前を向いたまま歩いた。


「今日の収支」

「黒字です」とルコが即答した。「1.4倍」

「よし」


 それだけだった。


 ネネが小さく笑った。誰も気づかなかった。


 エリュシアだけが、見ていた。



*****


 一方そのころ、魔王城の壮行会そうこうかいは五日目に突入していた。


「なぜだ……なぜ出発日を決めるだけで五日かかるのだ……!」

「装備がまだ揃っていない」「計画書の予算欄が空のままだ」と二方向から飛んだ。

ゾルグは拳を握った。「……明日こそは」

「「また明日か」」

※おじさん解説!


 ダンジョンはゲームと同じだ。

 まずセーブ。罠は見て避ける。パターンを三回読んでから攻める。方眼紙にマップをメモれ。

 回復は惜しむな、使う時は使え。

 ただし黒字で出てくるのが一番大事だ。

 あと唾は現代では通じないので素直に回復魔法を使え。もとい病院に行け。

 これも常識だろうが。



※神界業務日報 第16回


 本日の特記事項。

 「セーブポイントはどこだ」から始まりました。記録します。

 「使えんな」と言われました。記録します。

 デコピンで魔物が霧散しました。記録します。

 傷に唾を提案されました。断りました。記録します。

 「お前は死ねる」と言われました。

 声が、いつもと少し違いました。記録します。

 

 三人の連携が気づいたら成立していました。

 私も、その中にいました。

 いつからかは、わかりません。



※魔王の家計簿 第16回


 本日の収支:黒字。1.4倍。

 魔力消費:最小限。地味だった。正しかった。

 デコピンで魔物が消えた。田中の横に立つのが少し怖くなった。

 少しだけ、である。

 「死ねる」という言葉を今日、田中が言った。

 我のことも、同じだ。

 それを田中が知っているかどうかは、聞けなかった。

 帰り道、なぜか笑ってしまった。

 理由は書かない。


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