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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章:異世界最強の節約勇者 ――召喚されたのに、まず予算を確認した

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「自作装備というのは、信念だ」

タバコが切れた。足が揺れている。それでも装備は受け取りに行く。

RPGでは装備を整えてから次へ進む。これは常識だろうが。

ヤニ切れでも、段取りは変えない。それが田中 剛という男だ。

 ――朝から田中の足が揺れていた。


 宿の食堂で朝食のパンをかじりながら、(ひざ)が小刻みに動いている。止まらない。

 椅子がわずかにがたがたと鳴る。


 エリュシアが横から見た。


「……勇者様」

「なんだ」

「足が()れています」

「揺れてない」

「揺れています」

「気のせいだ」


 がた、がた、がた。


(揺れています)

(明らかに揺れています)

(しかも本人が気づいていません)


「……タバコが切れてから何日ですか」

「数えてない」

「貧乏ゆすりが止まっていませんよ」

「揺れてない」


 がた、がた、がた。


「田中」とネネが言った。「足」

「……」

「止まってないぞ」

「……わかってる」


 初めて認めた。


 エリュシアが静かに言う。

「今日、ガンツの工房に行くのでしょう。装備を受け取ったら少し気が(まぎ)れるかもしれません」

「紛れん」

「紛れなくてもいいので行きましょう」

「行くつもりだ」

「ならよかったです」


(この会話、何だったんですか)


 リッカが向かいの席から遠慮がちにおずおずと手を挙げた。

「あの……私、今日B級依頼の確認でガンツさんのところに用があるんですが、一緒でいいですか」

「ヨシコさんか。好きにしろ」

「ありがとうございます。リッカですっ!」


 ルコが空いた皿を下げながら言った。

「俺も行っていいですか」

「なんでだ」

「見たいので」

「見るだけか」

「……あと帳面に書きたいので」


 田中がルコを見た。

「お前は今日も仕事があるだろうが」

「午前中だけ終わりました」

「そうか」


 それだけだった。拒否もしなかった。


 足はまだ揺れていた。


*****


 王道亭おうどうていから鍛冶屋まで、石畳の道を五人で歩いた。


 田中が先頭。ネネが横。エリュシアが半歩後ろ。リッカとルコがさらにその後ろ。


 歩きながらも、田中の指が微妙に動いていた。何かを挟もうとして、何もないことに気づいて、また動く。


 エリュシアがそれを横目で見た。


(……指まで動いています)

(タバコを持つ動作を無意識にしています)

(どうしましょう、これは声をかけるべきですか)

(かけない方がいいですか)

(いや、かけない方がいいです)

(絶対に「してない」と言われます)


 ネネが田中の横でちらりと指を見た。何も言わなかった。


 リッカが後ろからルコに小声で言う。

「ねえ、田中さん、なんか調子悪い?」

「タバコが切れてるらしいです」

「あ……ヤニ切れってやつ」

「そうみたいです」

「……聞いていいのかな、あれ」

「やめた方がいいと思います」

「だよね」


 二人は黙って歩いた。


 田中の指がまた動いた。


―――――


 ガンツの工房は朝から火が入っていた。


 扉を開けると熱気と鉄の匂いが流れてくる。ガンツが奥で何かを叩いていたが、足音を聞いてこちらに向いた。


「来たか」

「昼の前に来た」

「見りゃわかる」


 無愛想に言いながら、作業台の上に装備を並べる。田中の分、ネネの分、エリュシアの分。三式が一列に並んだ。


 ガンツが顎をしゃくった。

「受け取れ」


 田中が一歩前に出た。


 そして装備を受け取った瞬間、その場でしゃがんだ。


 腕立てを始めた。


 工房の中が静まった。


「……何してる」とガンツが言った。

「新品は体に馴染なじませてから本番だ」

「……は?」

「装備は受け取ってすぐ動いて確認する。常識だろうが」


 エリュシアが口を開いた。

「それはゲームの発想では……」

「ゲームも現場も同じだ」

「根拠はあるんですか」

「俺が知っている。それが根拠だ」


(また「俺が知っている」が根拠になっています)

(でもガンツが腕を組んで黙っています)

(なぜ納得の方向で黙っているんですか)


 リッカが後ろで小声でルコに言う。

「……これ、普通ですか?」

「普通かどうかはわかりませんが、田中さんはいつもこうらしいです」

「それが一番怖いんですよ!?」


 ネネが横で静かに言った。

「我も最初は驚いた」

「魔王様も驚くんですね!?」

「驚いた。今は驚かない」

「慣れないでほしいです!」


 ルコが帳面を出した。

「新品……受け取り直後……馴染ませ……」

「お前は書くな」と田中が腕立てをしながら言った。

「参考になります」

「何の参考だ」

「将来の参考です」

「将来、鍛冶屋になるのか」

「まだ決めてません」


 田中が立ち上がった。踏み込んで、素振りをして、膝を曲げて伸ばす。全部無言で確認する。


「いい」


 それだけ言った。


 ガンツの口元がわずかに緩んだ。


「……そういう客、初めてだ」

「当然だろうが」

「何が当然なんだよ」


 ガンツはそう言いながらも、嫌そうな顔はしていなかった。


*****


「本来の倍の強度だ。追加料金はない」

「気が向いた、では説明にならん。理由を言え」


 田中が即座に返した。ガンツの眉が寄る。


「……素材の使い方を知ってる客が珍しくてな」

「仕事は知っておくものだろうが」

「そりゃそうだが、知ってる客が来ることは少ねえんだよ」

「損してるな」

「お前に言われたくねえ」


 田中が腰の金具を押した。

「耐久値はいくらだ」

「……耐久値?」

「壊れるまでに何回使える、を数字で出せ」

「そんな数字で出したことねえよ」

「次から出せ。管理の基本だ」


 リッカが思わず口を挟んだ。

「耐久値って……それ冒険者ギルドにもない概念です……」

「ないなら作れ」

「え、ギルドに言うんですか!?」


 ルコが帳面に書きながら言う。

「あった方がよくないですか」

「あった方がいいけど! 今まで誰も言わなかっただけで!」

「なんで言わなかったんですかね」

「誰も考えなかったんだと思う!」


 エリュシアが静かに頭を押さえた。


(ゲームのステータス画面を職人に要求しています)

(でも製造管理の観点からは正しいんです)

(それが一番困ります)

(毎回そうなんです、この方は)


 ガンツがしばらく田中を見た。


「……お前、本当に勇者か」

「俺はロックだ」

「名前聞いてねえ」

「今はそれでいい」


 リッカがルコに小声で言う。

「ロック……?」

「勇者さんは毎回違う名前を名乗るらしいです」

「なんで」

「聞いても教えてくれないと思います」

「……そういう人なんですね」


―――――


 工房の隅で、ルコがいつの間にか帳面を広げて作業台の前に立っていた。寸法を見ている。値札を見ている。素材の棚を見ている。


「お前、さっきから何を書いてるんだ」とガンツが言った。

「鍛冶屋の原価率と利益率の試算です」

「……なんで」

「参考にしたくて」

「冒険者じゃないのか、お前」

「なれるならなってもいいけど」


 ガンツが田中を見た。

「こいつ、何者だ」

「気にするな」

「気になるわ」

「俺も気になります!」とリッカが言った。


 ルコは帳面から顔を上げた。

「鍛冶と商売、どっちが儲かりますか」

「……場合によるな」とガンツがぼそりと言った。

「どっちが好きですか」

「鍛冶だ。当然だろ」

「なるほど」


 ルコが何かを書いた。ガンツには何を書いたのか見えなかった。


*****


 用件が終わった頃、ガンツが工房の棚に手を伸ばした。


 細い葉巻を取り出した。


「一本どうだ。装備完成祝いに、な」


 田中が少し間を置いた。


 受け取った。


 ガンツが火をつける。田中はゆっくり口に運んだ。煙が工房の天井に向かって上がる。


 リッカが小声でエリュシアに言った。

「あの、田中さんってタバコを……」

「切れているんです。今は」エリュシアが小声で返した。「別の銘柄なので、慣れたものとは違いますが」

「……あ、だから」

「はい」


 リッカは黙った。


 ネネが工房の壁にもたれて、田中を見ていた。目を細めた。台詞はなかった。


(……あ。久しぶりに吸っています)


 エリュシアがそっと目を逸らした。


(記録します。絶対に記録します)


 田中は黙って吸い切った。


 ガンツが腕を組んだ。

「次も素材持ち込みか」

「そうだ」

「留め具の規格、次回から揃えとく」

「仕事が早いな」

「言われたからな」

「当然だ」

「当然って言うな、こっちが折れてんだろうが」


 田中が短く鼻を鳴らした。工房の中で一番小さな音だったが、ガンツは聞こえていた。


―――――


 帰り道、五人で石畳(いしだたみ)を歩いた。


 夕方に差しかかっていた。空がオレンジになりかけている。


 ネネが田中の横で言った。一言だけ。


「よかったな」

「何がだ」

「……いや、なんでもない」


 田中は何も聞かなかった。前を向いたまま歩いた。


 リッカが後ろでルコに小声で言う。

「今のって……」

「聞かない方がいいと思います」

「……そういうことですね」


 二人は黙って歩いた。


 田中の足は、もう揺れていなかった。


*****


 一方そのころ、魔王城では『魔王(ネネ)様奪還作戦・実行前壮行会』が三日目に突入していた。


「なぜだ……「俺が行く」と言ったのに、なぜ出発できていないのだ……!」

「装備がない」「計画書が途中だ」「出発日を決めていない」と三方向から飛んだ。


 ゾルグは拳を握った。

「……明日こそは」

「「「また明日か」」」


※おじさん解説!


 RPGではお買い物したらまず装備だ。これは常識だろうが。

 新しい装備を手に入れたら即装備。動きを確かめて体に馴染ませる。

 ただし呪われているものもあるから注意しろ。

 外せなくなってから気づいても遅い。

 現場でも同じだ。新しい道具は使う前に必ず確認しろ。

 装備と道具は、使えるようにしてから本番だ。常識だろうが。



※神界業務日報 第15回


 本日の特記事項。

 朝から勇者様の足が揺れていました。理由:ヤニ切れ。

 「揺れてない」と三回言いました。揺れていました。記録します。

 指も動いていました。記録します。


 新品装備を受け取った直後に腕立てを始めました。理由:馴染ませるため。

 鍛冶師が少し納得していました。意味がわかりません。

 装備の耐久値を数字で要求していました。製造管理として正しいです。悔しいです。


 ガンツという鍛冶師が葉巻を一本提供しました。久しぶりに吸っていました。

 帰り道、足が止まりました。記録します。


 追記:リッカという冒険者が「そういうことですね」と言っていました。

    正確にはそういうことです。



※魔王の家計簿 第15回


 田中が朝から貧乏ゆすりをしていた。

 「してない」と言っていた。していた。

 ガンツから葉巻をもらった。少し表情が変わった。

 我が言えることは何もなかったので黙っていた。

 「よかったな」と言った。

 何がよかったのかは、言えなかった。

 でも分かっている気がした。


 帰り道、足が止まっていた。

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