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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章:異世界最強の節約勇者 ――召喚されたのに、まず予算を確認した

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14/47

「天界の書類は、800枚ある」

前回、ガイジンさんが来た。

天界の偉い人らしい。書類が800枚あるそうだ。

無駄だ。

 朝。宿の前に光の柱が降りた。


 まばゆい光だった。思わず目を細めるほどの輝きで、金色の粒子が空気の中に溶けていく。荘厳そうごんなオーラが周囲に満ちて、道行く人々が足を止めて見上げた。どこをどう見ても、格の違う存在感だった。


 田中が宿の入口から腕を組んで眺めていた。


「……誰だ、このぴかぴかする派手なガイジンさんは」


 エリュシアが血相を変えて飛んできた。

「ちがいます! 主神ウルダ様です! 天界の! 最高位の!」

「ガイジンさんじゃないのか.....というから朝から近所迷惑だぞ」

「ちがいます!! 失礼なことを言わないでください!!」


 光の柱の中心から、白衣に金の装飾をまとった人物が現れた。

よわいのわからない顔。穏やかだが、その奥に途方もない重さを持つ目をしていた。


「……我は天界の主神ウルダ。エリュシアの上役に当たる者だ。勇者よ、久方ぶりに——」

()()()()

「ちがいます!!!あと指をささないでください!!」


 (主神への呼称が「ガイジン」になりました)

 (天界始まって以来の事態だと思います)

 (なんで私がツッコんでいるんですか)


 ウルダは不思議そうな顔をしていた。怒っているわけでも困っているわけでもない。ただ、純粋に、この状況を分類する引き出しが存在しないような顔だった。


 ネネが柱の影から腕を組んで眺めていた。「……なんか来よったな」

 田中「お前、このガイジンの知り合いか」

 ネネ「天界の偉い人らしい。我にはなーんも関係ない」

 田中「そうか」


 (二人して完全に他人事です)

 (私はどうすればいいんですかぁ)


*****


 ウルダは気を取り直した。長年培ってきた威厳と格式が、ようやくその姿を見せ始めた。


「勇者よ。今回参ったのは、ある報告を受けたからだ。君の行動が勇者の格式にいちじるしく反しているとのことでな」

「誰からだ」

「それは言えん。報告者の保護は——」

「つまり根拠(ソース)が確認できんということだな」

「……そういうわけでは」

「なら話にならん。次の話をしろ」


 (報告者保護の制度が一秒で論破されました)

 (主神が次の話に進もうとしています)


 ウルダが仕切り直した。

「天界設立以来、千年以上続く伝統がある。勇者とはたみに夢と希望を与え、格式をもって行動するものだ。君の行動は——」

「その伝統、いつからだ」

「……千年前より」

「それ以前の記録はあるか」

「……天界設立以前の記録は存在しないため——」

「つまり比較ができんということだ。効果の記録はあるか」

「……それは伝統であるから——」

「根拠のない伝統はただの習慣だ。無駄(ノーサンキュー)だ。そんなもんは削れ(コストカット)


 ウルダが止まった。


 (主神がフリーズしています)

 (千年続いた伝統が今、「習慣」と言われています)

 (でも正しいんです……! それが一番困ります)


 ウルダは止まったまま、何も言わない。

 田中も何も言わない。

 エリュシアも何も言えない。

 ネネがふわぁぁと、大きな欠伸あくびをした。


―――――


 しばらく経過し――

 ウルダがようやく口を開いた。彼にとってそれは次の手だった。


「それから、勇者には天界への定期報告の義務がある。書類にして800枚に及ぶ。これは神界規定第——」

「800枚のうち()()()()()()()()()()()()()だ」


 またウルダが止まった(フリーズ)


「……全て読まれておる。当然だ」

「読んでいる人間は何人だ」

「……担当者が——」

「一人が800枚読むのに何日かかる。その人件費は誰が払っている。読まれない書類を書く手間は全部無駄だ。削れる(コストカット)。常識だろうが」


 (”勇者”に天界の書類制度を全面的に否定されています)

 (でも計算が合っているので何も言えません)

 (主神が頭を抱えています)

 (私も......本当に頭を抱えています)

 (でもそんなにイヤじゃないのは...なぜ......)


 ウルダがゆっくり顔を上げた。

「……勇者よ。一つ聞いてもいいか」

「なんだ」

「なぜ、そういう見方をするのだ」

「仕事だからだ。23年やった。常識だろうが」


 ウルダが黙った。今度は違う種類の沈黙だった。


「あと名前が長い。ウルさんでいいか」

「よくない!!!」(エリュシア)

「……ウルダだ」(ウルダ)

「ウルでいい」


 (主神が自分で略しました)

 (なぜ略したんですか)

 (でもいちおうさん付けなんですね)


 ネネがぼそりと言った。「……毎回そうなるな」


―――――


 しばらくして、ウルダが言った。


「……エリュシア」

「は、はい」

「この勇者は、君が選んだのか」


 エリュシアが少し間を置いた。


 自然に、笑った。


「……そうです」


 ウルダが何かを言おうとして、やめた。長い間、田中を見ていた。それから視線をエリュシアに移した。


 去り際に一言だけ残した。

「……笑っていたぞ、エリュシア」

「業務上の問題はございません」

「そういうことを聞いたわけではないのだがな」


 ウルさんがそういうと、彼の全身に光の粒子が集まって、光柱となり、消えていった――


 (……今の顔は、業務報告書に書けません)

 (でも)

 (……でも、なんだろう。今日は、少しだけ()()()()()です)


*****


 夕方になった。


 田中が宿の外に出た。空がオレンジから紺に変わっていくのを見ながら、ポケットから煙草(たばこ)箱を取り出した。


 昨日「明日にする」と言った、最後の一本だった。


 ゆっくり火をつけた。煙が夕暮れの空気に溶けてゆく。田中はそれをただじっと見ていた。

急がなかった。最後だとわかっているから急がない、というわけでもなさそうだった。


 そして――吸い切った。


 空になった箱をポケットに戻した。ごみのはずなのに、彼は捨てなかった。





 ネネがいつの間にか隣に来ていた。


「……切れたか」

「ああ」

「補充は」

「できんな」


 少しの間があった。


「……エリ、チートで出せんのか」とネネがエリュシアを見た。

 エリュシアが少し考える顔をした。

「技術的には可能です。ただ神界規定では、嗜好品しこうひんの物質生成は上位申請が必要で——」

「申請しろ」と田中が言った。

「審査に三年かかります」


 田中が黙った。


論外(アウト)だ 使えんな」


 (チートルートが三年という壁に阻まれました)

 (私のせいではありません。てか使えんってひどくないですか)

 (でも、なんとかしたかったです。少し)


―――――


 間が空いた。


「作れんだろうか」と田中が言った。

「タバコをか?」とネネが眉を上げる。

「葉っぱを乾燥させて巻けばいい。素材さえあれば作れるはずだ。この世界にも似たような植物はあるだろうが」

「……鍛冶かじスキルでは難しいと思いますが」とエリュシア。

「タバコの葉の栽培から加工まで、専門の農業・調合スキルが——」

「追加しろ」

「スキルの追加にも申請が——」

「何年だ」

「……農業スキルの追加申請は、審査が比較的早く、一年ほどで——」

論外(アウト)だ さっぱり使えんなお前は」


 (チートも、自作も、全部論外(アウト)になりました)

 (また使えんって言われてしまいました......女神なのに)

 (申請が早くて一年、という天界の感覚も、今この瞬間に論外(アウト)になったと思います)

 (この方、本当に何者なんですか)


 ネネが腕を組んだ。

「……ということは、この世界で手に入る方法が今のところないということか」

「500Gなら手に入る」と田中が言った。

「神タバコか」

「そうだ」

「……買わんのか」

「500Gもするだろうが」


 沈黙。


 (「500Gもするだろうが」が全ての解決策を封じています)

 (でも田中様にとって、それが答えなのです)

 (……わかります。それが悔しいです)


―――――


 田中が空の箱をポケットから取り出して、手の中で眺めた。


「俺の世界には、タバコミニケーションってのがあってな」


 ネネが首をかしげた。「……なんだそれは」

「一服しながら話すと本音が出る。場が和む。距離が縮まる。昭和の常識だろうが」

「……それは本当に常識なのですか」とエリュシア。

「本当だ」

「……根拠は」

「俺が知っている。それが根拠だ」


 エリュシアが口を開きかけて、閉じた。


 (「俺が知っている」が根拠になっています)

 (でも、この方が言うと、なぜか反論できません)

 (なんなんですか、本当に)


 ネネがしばらく考えてから言った。

「……つまり。お前のタバコが切れると、本音の話ができなくなるということか」

「そういうことだ」


 三人とも、しばらく黙った。

 夕暮れの風が吹いた。田中の髪が少し揺れた。


 (……だから捨てないんですか、空の箱を)

 (場所だったんですか、あれが)

 (煙が出なくなっても、箱があれば——)


「……わかりました」とエリュシアが言った。「申請を急ぎます」

「三年かかるんだろうが」

「……善処します。なんとか早める方法を探します」


 田中が少し間を置いた。

「……まあ、頼む」


 エリュシアが一瞬だけ止まった。

 「頼む」という言葉が、思っていたより重かった。


 (……この方が「頼む」と言うのを、初めて聞きました)

 (業務報告書に書きます。絶対に書きます)


 ネネは何も言わなかった。

 ただ、田中がポケットに空の箱を戻すのを、最後まで見ていた。


―――――


 一方そのころ、四天王ゾルグの『魔王(ネネ)様奪還作戦・天界連携版』は、開始前から完全に終わっていた。


「なぜだ……天界の主神が動いたと聞いて好機と思ったのに、ゼフィーラからの報告が"主神が「ガイジン」と呼ばれて帰った"だけなのだ……!」


「情報収集だけは早いな」「把握しました~」と二方向から飛んだ。ゾルグは拳を握った。「……もういい。らちが明かん。俺が行く」


「「「止めはしない(しません~)」」」

※おじさん解説!


 タバコミニケーションというのは昭和の文化だ。

 一服しながら話すと本音が出る。場が和む。距離が縮まる。

 上司も部下も、煙の前では少し素直になった。

 灰皿の周りでしか言えなかった話というのが、確かにあった。

 今の時代には通じない話かもしれんが、俺には通じた。

 箱が空になっても、それは変わらない。



※神界業務日報 第14回


 本日の特記事項。

 主神ウルダ様の査察が完了しました。

 主神の装いが「ガイジン」と評されました。記録します。

 報告者保護制度が一秒で無効化されました。記録します。

 千年続く伝統が「ただの習慣」と評されました。記録します。

 天界の書類制度の見直しを求められました。対応中です。

 嗜好品の物質生成申請を急ぐよう言われました。善処します。

 農業スキル追加申請も検討します。一年を短縮できるか確認します。


 私が笑っていたと主神に言われました。

 業務報告書に記録する事項ではないと思い、省きます。


 追記:「頼む」と言われました。記録します。

 追記2:勇者は空の箱を捨てませんでした。理由は聞けませんでした。



※魔王の家計簿 第14回


 田中のタバコが切れた。

 それを作るのにチートなら三年。農業スキルで一年。どちらも田中的には論外(アウト)だった。

 神タバコは今日も「500Gもするだろうが」と断った。


 タバコミニケーション、という言葉を初めて聞いた。

 本音が出る場所、ということらしい。

 我も今日、何か言おうとして言えなかった。

 言えなかった、というのが正確かもしれない。


 明日から、煙が減る。

 それが少し、寂しい。

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