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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第1章:異世界最強の節約勇者 ――召喚されたのに、まず予算を確認した

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「宿は、飯を食う場所だ」

王都は高い。だから出た。

勇者なのに、まず宿代と飯代を見直します。

そして今回は、ベッカーで拠点になる宿を決める話です。

 宿場町(しゅくばまち)ベッカーが見えたのは、日が少し傾いたころだった。


 王都アルカディアほど白くも整ってもいない。石畳(いしだたみ)はところどころ欠け、道の端には荷車の(わだち)が残り、風に乗ってくるのは花の香りではなく、干し草と焼いた肉の匂いだった。


 田中は町並みを一目見て言った。


「うむ―悪くない。王都よりマシだ」


「褒めているのか、けなしているのか、よくわかりませんね……」


 エリュシアが疲れた声で言う。

 王都を出てから、田中は転送魔法(テレポート)を拒否し、「足で移動しろ。地形を覚える。それに足腰が鍛えられる」と言って歩かせたのだ。


 ネネは町へ入るなり、目を輝かせた。


「おお……店が多いな!」


 黒い鎧姿の小柄な少女が、胸を張って堂々と言うものだから、かえって芝居じみて見える。


「最近は、ああいう遊びが流行(はや)りなのかねえ」


 通りの商人がぼそっと言った。


「知らんよ」


 隣の店主が流す。


 ネネは()()()と鼻を鳴らした。


「見たか。民が我の存在感に気づいておる」


「違うだろうが」


「む?」


「ただの変わった子扱いだ」


「なっ!」


 エリュシアが咳払いをした。


「……その、今の見た目で『我は魔王(まおう)だ』と言われても、普通は本気にしないかと」


「なぜだ! ちゃんと名乗っておるぞ!」


「見た目だ。常識だろうが」


 田中はそれだけ言って、通りの奥へ進む。


(勇者よ。正しいのですよ。正しいのですが、言い方が……!)


 エリュシアは内心だけでうめいた。


「RPGでは街についたら、まず宿だ」


 田中が言う。


「宿代、飯、風呂、追加料金。全部見る」


「先に冒険者(ぼうけんしゃ)ギルドではないのですか?」


「腹が減った状態で判断するな。ミスる」


「それは、たしかにあるな!」


 ネネが元気よく乗った。


     *****


 最初に入ったのは『寝るだけ亭』だった。


 名前からして嫌な予感しかしなかったが、予感は当たった。廊下は狭く、壁は薄い。寝台はきしみ、毛布は薄く、扉の立てつけも甘い。


「一泊いくらだ」


「雑魚寝で十G、個室は十八G」


「飯は」


「朝だけ。夜は別よー」


「風呂は」


「二G追加でーす」


「荷物預かりは、自己責任」


 田中は夕飯の皿を横目で見た瞬間、(きびす)を返した。


「次」


「え、もうですか!?」


「安い宿じゃない。高くつく。接客も悪い。」


 外へ出ながら、田中は淡々と言う。


「飯が弱い。夜を外で足す。風呂も別。結果、金が飛ぶ」


「……たしかに」


 エリュシアが思わずつぶやいた。


()()()ですが、正しいです……!)


 ネネも腕を組んでうなずく。


「なるほど。安い宿は、安い顔をした『高い宿』なのだな」


「そうだ」


 田中は次の看板を見た。

 『王道亭』。


 入口の戸が開くたび、焼いた肉とスープの匂いが流れてくる。


「ここだな」


「まだ何も聞いていないではありませんか」


「匂いで分かる」


「分かるのですか!?」


「飯をちゃんと出す宿だ」


(この方、勇者というより宿の査定士(さていし)なんかでは……?そんなクラス、この世界に設定してあったかしら......)


     *****


 宿の中は、騒がしすぎず静かすぎず、ちょうどいい。机はよく拭かれ、店内にも無駄な散らかりがない。


 帳場(ちょうば)の奥から女が出てきた。腕まくりした三十代後半ほどの女将(おかみ)だ。客を見る目だけは鋭い。


「三人かい?」


「泊まれるか」


「空いてるよ。夕飯つき、朝飯つき。風呂は宿代込み。部屋は二つまでならすぐ出せる」


 田中が矢継ぎ早に聞く。


「一泊」


「一人二十八G」


「量は」


「足りなきゃパンとスープは少し足せる」


「追加料金は」


「酒と夜食は別」


「荷物預かり」


「やる」


「連泊値引きは」


「三日目から二G引き」


 田中は即答した。


「ここにする」


「まだ部屋も見ていないのですが!?」


「話が早い。まともだ」


 女将が少しだけ笑った。


「気に入った。じゃあ宿帳を書きな」


 分厚い宿帳がどんと置かれる。

 田中は迷いなくペンを取り、さらさらと書いた。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()

 エリュシアが固まった。


「……はぁ!?」


「俺の名前だ」


「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ、ぜんっぜん!違いますよね!?」


「初対面の輩に本名を出す必要はない。常識だろうが」


「どこの常識ですか! というか前とも違うではありませんか! またですか、また違う名前なのですか、あなたは……!」


 女将は宿帳をのぞき込んで肩をすくめた。


「長いねえ。ソニックさんでいいかい」


「いい」


「いいのですか!?」


「呼ぶ側のコストが高い」


「名前にコスト計算を持ち込まないでください!」


 ネネがのぞき込む。


「速そうでよい名だな」


「だろうが」


「そこは誇るところではありません!」


 女将は自分の胸を親指で示した。


「あたしはマルタ・マルゲリータ・トマソン。ここの女将だよ」


 田中は、少し考えて――


「長い」


「は?」


「トメさんでいいか」


「なんでそれなんだい」


「呼びやすい」


 女将は一瞬固まり、すぐに豪快に笑った。


「雑だねえ!ま、いいさ、好きによびな!」


 ネネも吹き出す。


「たしかに宿の女将っぽい」


「また勝手に略した……!いや正確には略してない!!」


 エリュシアは額を押さえた。


(この方、本当に他人の名前をそのまま覚える気がないのですよ……!)


     *****


 出てきた夕飯は派手ではなかった。

 だが、皿に無駄がない。焼いた肉、豆の煮込み、香りのよいパン、塩の利いた漬け物。腹にたまるものを、きちんと出している。


 ネネが一口食べて、目を見開く。


「うまい!」


 田中はうなずいた。


「だろうが」


「おぬしはもう食べたことがあるような感想だな!」


「匂いで分かる」


「本当に分かるんでしょうか、それ……」


 エリュシアも口をつけ、否定できなくなった。


(……これは、たしかによい宿です)


 王都の宿のように、見た目だけ豪華で中身が軽い料理ではない。食べたぶんだけ、ちゃんと力になる味だった。


 田中はスープを一口すすって言う。


「宿は寝る場所じゃない。飯を食う場所だ」


 ネネが真面目な顔でうなずく。


「覚えた」


「風呂と鍵も大事だがな」


「それも覚えた」


「あと、安い宿は安い顔して高い」


「それもだ!」


 マルタ(トメさん)が空いた皿を見て鼻を鳴らした。


「どうだい、トメさんの宿は」


「悪くない」


「それは褒めてんのかい?」


「かなり褒めてる」


 マルタは満足そうに笑った。


「じゃ、部屋は用意しとくよ。厄介事(やっかいごと)は持ち込むんじゃないよ」


 三人そろって、少しだけ目を逸らした。


「……その顔、持ち込む気だね?」


「予定は未定だ」


「いちばん信用できない答えだよ」


 店内に小さく笑いが起きる。


 田中は椅子から立ち上がった。

 寝床、飯、風呂、値段。どれも悪くない。拠点としては十分だ。


「しばらくここを使う」


 その時だった。

 外から、子供の叫び声と誰かの怒鳴り声が聞こえた。


「待て、こらっ! それ代金払ってねえだろ!」


 ばたばたと走る足音。


 ネネが顔を上げる。


「……事件か?」


 田中は立ち上がった。


「飯の後に走らせるな。カロリーの無駄だろうが」


 そう言いながら、もう外へ向かっていた。


 エリュシアは立ち上がり、心の中だけでつぶやく。


(本当に、困った勇者様です)


――――――


 一方そのころ、四天王(してんのう)ゾルグの『魔王様奪還作戦(だっかんさくせん)・改訂第七案』は、まだ表紙しかできていなかった。


「なぜだ……なぜ救出作戦なのに、必要経費の欄だけが増えていく……!」

「まず予算だろ」「ですね」「水晶で見てたけど、ネネちゃん、楽しそうでよかった!」と、背後から四天王の三方向の声がゾルグへ一斉に飛んだ。


なお、魔王様本人はそのころ、宿の飯をおかわりしていた。


――――――



※おじさん解説!


 宿屋のおかみや鍛冶屋(かじや)が、ネネの「我は魔王(まおう)だ!」にあまり動じないのは、今のところ本気で信じていないからです。


 見た目は小柄な子供寄り。

 しかも本人は妙に堂々としていて、田中もエリュシアも普通に流している。

 そのせいで周囲からは、


「旅の一座の設定遊びか?」

「ちょっと痛い名乗りか?」

「黒い服が好きな変わった子か?」


 くらいに受け取られています。


 つまり、怖がられていないというより、

 そもそも魔王(まおう)として()()()()()()()()わけです。


 人は案外、目の前に本物がいても、

「そんなはずがない」

のほうを先に選びます。


 あと田中が平然としているので、まわりの大人も

「じゃあ大丈夫なんだろう」

で流しています。

 大丈夫ではないです。たぶん。


 なおネネ本人は、けっこう本気で名乗っています。

 でも見た目と空気で損をしています。

 威厳(いげん)にも、たぶん年齢制限があります。


※神界業務日報 第10回


 本日の特記事項。

 勇者一行は宿場町(しゅくばまち)ベッカーにて宿を確保。

 宿の選定基準が「勇者としての格式」ではなく、「飯の量」「追加料金の有無」「風呂代込み」であった点について、神界基準では理解不能です。


 さらに勇者は宿帳に本名を記さず、長い偽名を使用。

 女将の正式名も即座に省略し、勝手に別名で呼び始めました。


 私の所感としましては、

 勇者の対人距離感は壊滅的(おわってる)です。


 追記。

 それでも宿選び自体は、()()()()()()正しかったです。

 飯は大事です。非常に大事です。

 ……認めたくありませんが。


※魔王の家計簿 第10回


 本日の支出

・宿代

・夕食代

・たぶん明日の朝食代も込み

・よって悪くない


 本日の学び

 安い宿は、安く見えて高くつく。

 飯が弱い宿は敗北。これは覚えた。


 あと、我はちゃんと「魔王」と名乗った。

 なのに女将は少しも驚かなかった。

 旅の芸か何かだと思われたらしい。


 ……解せぬ。


 だが田中は気にしていなかった。

 なので、まあよしとする。

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