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やがてスイートスプリングという名の柑橘

作者: 暇庭宅男
掲載日:2026/03/01

「へえ……随分()()()()してんじゃねえのこの【自主規制】が」


年度末の忙しさの中、資本主義の血の海で心の余裕をなくした暇庭は、遅くなった午後2時半の昼休み、とあるザラ版紙の広告に載っていた内容に、思わずキレた。凶暴な独り言が暇庭しかいない休憩室に吸われて消える。


なににキレたか。ライバル量販店の広告だ。

少し詳しい方はお分かりだろうか。公式の、インクを使った華やかな広告とは別に、いかにもパワーポイントで作った感満載の、悪く言えば安っぽい、店舗限定のチラシが店の商圏の内にのみ、配布されることがある。


あれは何かと言うと、実際にその店舗の店長さんが、営業本部より指令をうけて店内で部門の責任者とともに売り込み品を選び出して作成するというプロセスを経て実施される、インストアプロモーション、略してインプロという売り込みである。読んで字のごとく、企業全体でなく、そのお店でだけのお買い得品だ。


ちょっと脱線するが、インプロ商品の掲載されたザラ版紙が頻繁に入るようなお店は、経営状態としてあまり具合の良くない店舗が多い。インプロ商品は儲けが絶望的に薄いものが多々あり、自らの身を削っても集客力を確保するとか、出血サービスで客を釣って利幅のある商品と抱き合わせで買わせることを狙うとか、そういう余裕のない戦略の一つであることは確かなのだ。


さて、本筋へ戻ろう。

ザラ版紙の広告に出ていたのは私の勤め先のライバルである量販店のインプロだ。

そしてでかでかと書かれた八百屋の売り込み品は、私の大好きな果物、シラヌヒ。今の季節ちょうど旬である。ちょっとここでは書けない凄まじい安さだ。そして、私はそのザラ版紙と、市場の仲卸さんが言っていたことがパチっとその瞬間繋がった。


数日前、暇庭の所属する店舗にいきなりシラヌヒの入荷が滞り始めたのだ。注文数に容赦なくペケがついて半分程に減らされている。市場から出せないサインだ。高糖度ブランドのデコポンはともかく、シラヌヒは別に不作だとも聞かないが、何がどうなっているのか。仲卸さんに問い合わせてみるが、シャキッとした物の言い方が素敵なその人にとっては珍しく、歯に物の挟まったような言い方だった。


「なんか、ねぇ。どっかでいっぱい買ってるのかなあ……なんて」


な~んだぁ?その変な言い回し。不作の野菜が大都市圏に引っ張られてるときとおんなじような事を言う。なんかおかしいな、と思いつつ、スルーしてしまったのがこないだの三連休の前。


答え合わせは24日、ぬるい風の吹く火曜日のことだった。


「やられたぞ暇庭」


我が店の店長から昼前、連絡が来る。お客様の少なさにあれっ?とは思っていたのだ。

ライバル店で強烈な売り込み。年度末に仕掛けてくるのはなかなか珍しい。ニッパチの売り上げ不振はよくあることで、それを払拭しようと自爆戦法をやるのもまあ、あるにはある。


「シラヌヒの売り出し。すっげーぞ。シラヌヒ以外は高いけど」


私がえっ、と聞き返すと、到底ここには書けないような爆安の値段が店長から返ってくる。


「げえっ!?」


悲鳴を上げた。自爆戦法には様々な物がある。量り売りの価格の上限をいくらいくらと定め、そこから先はたくさん入っているほどお買い得……のように見せかけて実は比較的店側の負担は小さい、グラム売りマックス特価戦法。

儲かる品物との抱き合わせを作っておいてお買い得と店の儲けを両立させるバンドル戦法。

強い敵意を持って行われる、ダンピングスレスレの、その日の商圏一体をまるまる吹き飛ばすような赤字売り。ライバル店が突如開始したのは3つめだった。しまった、月曜日にちょっと値段を見に行ったとき、定番売価が高かったので油断した……。


定番売価が高ったので……?はた、とそこで思考が止まる。

その店の定番売価、どのくらい高かったっけ?店の売り場の品出しを終え、見切り品を値下げして売り場に並べたあと、私服に着替えて偵察へ向かう。駐車場からもでかでかとみえるシラヌヒ特売の文字。箱が大量に積み上がっていて、商品囲い込みをしていた連中がこいつらだということもその時理解ができた。

自分の店で量が集まらないのでそのポップ体の文字がどうしようもなく神経を逆なでしてくる。いや別にこの店は俺への嫌味で書いてるんじゃねえよ?自分で言い聞かせ深呼吸を一つ。店の中へ入る。


「あっ……」


入った瞬間、この特売のからくりがわかった。

定番売価が高い、印象としてそれはあったが、実際の値段は、これは……ぼったくりだ。


売価はうちの店より1割以上高いクセに、商品の質を1段階下げているのが手に取るようにわかる。水分の抜け始めた投げ売りハクサイを堅いフィルムで覆ってごまかす。長ネギは異様に細いものを数を束ねてごまかしているが、料理屋で切って使うから問題がないようなものをA級品と大差ない値段で出している。ホウレンソウ、中身が少なくゆでると小皿に収まると悪名高い銘柄のものを、知らぬ顔でふつうの値段で売っている。ピックアップするといかにもひどい売り場だが、なんというか、誤魔化すのがうまい。メーカー品なので品質に差がないキノコ類や、水煮野菜類を周辺に配置して見事なカムフラージュを施している。だまされる人は多いだろう。


果物は……野菜に輪をかけてひどい。イチゴ小粒とB品が大粒と同じ値段で売っている。同じものを扱っているからわかる。もう鮮度が落ち始めていて、艶が失われかけている。これを午後大幅値引きしてお安く見せかけるのだ。甘夏もこの値段なら5個入るべきところを4個で売っている。やってるぞこれは。極めつけは熊本のスイートスプリング。安くてさわやかに甘く酸味のやわらかい優れた柑橘だが、わざわざフルーツキャップを被せて高級品種であるかのように演出。4個入り980円!?北国の人間がモノ知らねえと思ってタカってんなこいつら。たしかにこの方法は綺麗だが4個袋詰めの498円で十分に儲けになる。明日あたり半額シールを張って良心のあるフリだけするのだろう。


わかったよ。テメエらが商売人としてやっちゃいけねえこと平気の平左でやらかすクズだってことがな。


私は拳を八百屋の平台に叩きつけたい衝動を堪えて店にもどった。そして冒頭の話につながる。遅い昼休憩を取りながら、見つけたあの店のインプロ広告。真っ赤っ赤な『ご奉仕!』の文字で暇庭の癇癪が一気にオーバーフローし、へえ。とむしろ笑いが出てくる。

ずいぶんいい仕事してんじゃねえか。良いだろう、そのつもりならこっちだって考えがあるよ。昼休みが終わるなり、キレたエネルギーのまま、何枚か注文用紙を書いて、仲卸さんにファクスする。うち一つは、あの店がぼったくりの総大将として扱っていたスイートスプリング。実は暇庭は結構あれをよく取り扱うので、余裕を持って頼めば仲卸さんは良いのを用意してくれたりする。

見とけよ。あれの適正価格を教えてやるよ。テメエらのコスい商売のネタばらしだ。

さあさ、お客様〜みかん食べ飽きたらぜひ、春の柑橘の新提案、お手頃で爽やかな甘さのスイートスプリングいかがっすか〜。


暇庭の怒りの3月が始まる。

大好物のシラヌヒで特大の赤字自爆戦法を食らわされ、ぼったくり商品の並ぶ売り場で少しでもマイナスの回収を試みるという醜い商売を見てしまって個人的に今年の絶対に許せない事件の一つになりそうな気がする。


だが、多くの店で客寄せと儲けを両立させるべくああいう商売をしていることも重々承知してはいる。悲しいけど食料品はレッドオーシャンなのよね。

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