~名もなき旅人の見たもの・七~
レンコウガの東門を抜け、歩いていく。
しばらくは、舗装された道が続いていた。行き交う人々もまだ多く、活気がある。
しかし、半日も歩くと道は徐々に荒れ、すれ違う者の姿もまばらになっていった。周囲の木々は深く、鬱蒼とした森が広がり始めた。レンコウガの街並みを彩っていた美しい紅葉とは対照的に、どこか険しい雰囲気が漂い出す。
ライガイアの豊かな自然の中、幸い、道中で魔物に襲われることはなかった。
ただ、時折聞こえる獣の遠吠えが、ここが安全な場所ではないことを、こちらが拒絶しようと伝えてくるようだ。
二日目の夕暮れ時。ついに――ブレンの街へとたどり着いた。
「……これは」
しかし、そこに広がっていた光景に、思わず息を呑んだ。
視界に飛び込んできたのは、無残に崩れ落ちた建物の数々。本来そこにあったであろう家屋は見る影もなく、瓦礫の山と化している。あちこちで粉塵が舞い、空気はひどく淀んでいた。
「おいっそっち持ってくれ」
「その資材は仮住宅へ。残りは――」
「食材の補充はっ?」
「ごめん、野菜切るの手伝って」
「次、あっち行こうぜ! オレが一番!」
「あっ、ずるい!」
乾燥した空気の中、声が響く。
それでも、人々は生きていた。
瓦礫を運び出す男たち。炊き出しの準備をする女たち。そして、そんな大人たちの間を、屈託のない笑顔で駆け抜けていく子供たちの姿。
「…………」
人々の顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。それでも、彼らの姿にくたびれた、という印象はなかった。
十年前のモンスターウェーブ。
夕暮れに照らされる中で見たブレンの街並みは、否応なしにその単語を脳裏に浮かび上がらせる、十分な力を持っていた。
瓦礫の山を避けながら、ゆっくりとブレンの街を歩き始める。
赤い太陽の光が、崩れた建物のシルエットを黒々と浮かび上がらせる。空気には、今もなお焦げ付いたような匂いが微かに混じる。
しかし酸っぱく腐ったような臭いは、あまりなかった。
さらに歩くと、広場のようになっている場所に出た。
そこでは大きな鍋が火にかけられ、数人の女性たちが忙しそうに立ち働いている。
食料の配給を待つ人々の列ができており、皆一様に疲れた顔をしていた。しかし、鍋から立ち上る湯気と優しい匂いが、疲労した空気を少し中和しているように見えた。
列の傍らでは、子供たちが瓦礫の欠片で何かを作って遊んでいて、その無邪気な声は明るい音色を響かせている。
瓦礫や資材を運んでいた大人たちは、子供たちのそんな姿に時折目を細め、力をもらったように再び作業に戻っていった。
さらに広場を見渡す。
そしてこの広場が、とても立派な石造りの基礎の上にできていることにふと気づく。レンコウガの冒険者ギルドで聞いた話が頭をよぎった。
『あんたがどこへ行くのも勝手だが、街ごとの城には敬意を払いな。
ほら、レンコウガの街の真ん中にある、一番でかい建物がそうだ。
ありゃアタイらの誇りなんでね。
不用意に近づいたり、ましてや傷つけたりするような真似は、するんじゃないよ』
今まさに広場へ下ろそうとしていた脚を、引いた。
広場を、見つめる。
周囲には瓦礫が多くあるが、広場だけはとても片付き、どこか清潔感すら感じる。
そこへ集う人々は顔見知りなのか。顔を見合わせると片手を上げて挨拶し、何かを話し、時折笑っていた。その中には鬼人だけでなく、何やらかっちりとした服を着た人間やドワーフも混じっていた。
様々な色彩が入り混じる広場を、目を細めて見つめた。
数分後。向きを変えて歩き出そうとすると、近くを通りがかった一本角の紅角族の女の子が目を輝かせ、瓦礫の中を探っていた。まるで宝物でも探すかのようだ。
何をしているのかと思わずじっと見ていると、瓦礫から取り出したちょうどよい大きさの石や端切れを、組み合わせ始めた。それらを紐や布で固定していき、あっという間に何かの生き物に見える人形を作ってしまう。
女の子はその人形を手に母親らしき女性の元へ戻り、自慢気に人形を見せていた。
「……ふむ?」
腕を組んだ。
瓦礫というのは普通はゴミに見える。しかし先程の子は宝探しをするかのように目を輝かせていた。
自分も真似てみようと、瓦礫を見て適当に手に取り、少し加工を加え、簡単な人形を作ってみる……。
が、これが中々に難しい。
自分の作った不格好な人形を見つめて首を傾げた。――これは、なんだろう? 作った自分にすらなんの生き物かわからない。いや、そもそもこれは生き物か? お化けかもしれない。
先程の女の子の方が断然上手だ。少なくとも何かの生き物には見えた。
はて。自分の人形は何が悪かったのかと首を傾げていると、
「へったくそだな、おねーちゃん!」
近くで声がした。
やや黒が強い二本角の玄角族の少年だ。先程見た女の子よりもう少し年上だ。
彼の黒い眼球と、そこに光る青い瞳には決して悪意はない。率直な言葉であり、正直自分でもそう思ったので反論の余地はない。
少年は自分と目が合うとにぱっと笑い、彼のものらしき作品を、胸を張りながら見せてくれた。
それは、いくつかの石ころや木の枝をうまく組み合わせて作られた、竜のような生き物だった。瓦礫から生まれたとは思えないほど、躍動感のある見事な出来栄えだ。
思わず感心の声が漏れる。少年が指先で少し角の先を触った。
「見てろよ、こうやるんだよ!」
少年は、手近な瓦礫をいくつか拾い上げると、自分の隣にちょこんと座る。そして、慣れた手つきで石を削ったり、組み合わせたりし始めた。
「おねーちゃん、新しい冒険者か? でも、依頼なんてほとんどねーぞ。
ダンジョンも『しぶい』って、最近じゃほとんど冒険者もいなくなったのに」
作業続けている少年の横顔は、夕陽に照らされてどこか大人びて見えた。
旅をしている、と告げた。
「旅? 行商人なのか? でも、商品どこだよ?」
「商人でもないんです。あちこちを旅しているだけで」
「……ふーん? 変なの」
首を傾げる少年に微笑み「すごいですね」と彼の手元を指差す。少年は得意げに胸を張る。
「へへんっ、そうだろっ? このでっかい石が胴体な。こっちの尖ってるやつが頭。この形がいいんだ、竜のツノみてぇで」
彼はそう言うと、小さな木の枝を指さす。
「で、これが翼。瓦礫ん中には、たまに燃え残った黒い木の枝があんだ。硬くて丈夫だから、こういうのにちょうどいい」
作業しながらの少年の説明は、とても実践的だった。ぜひとも師匠と呼びたいところだ。
「一番大事なのは、石の組み合わせ方だな。うまく重心を取らないと、すぐ崩れちまうから」
そう言って、少年は竜の人形を地面に置いた。見事なバランスで、それはしっかりと自立している。
「おねーちゃんもやってみろよ。オレが見ててやるから」
少年はにっと笑い、瓦礫をいくつか渡してくれた。その目はまるで、弟子に稽古をつける師匠のようだ。
――いや、ようではない。彼は間違いなく、師匠だ!
「分かりました。やってみます」
少年から手渡された瓦礫を手に取り、彼の言葉を思い出しながら、もう一度人形作りに挑戦する。
さっきよりもずっと真剣に、適当ではなくちゃんと石の形や重さを確かめ、組み合わせていく。
だが、少年……否。師匠から厳しい言葉が飛んでくる。
「ちがうちがう、そっちの石じゃねぇ。もっと平べったいやつだ」
「重心が後ろすぎんだよ。もう少し前にしろって」
四苦八苦していたところで、彼の言う通りに石を置き換えると、綺麗に全体のバランスが整っていく。
最初は戸惑いながらだったが、何度か繰り返すうちに、少しずつコツが掴めてきた。どの石がどのパーツになりそうか。どう組み合わせれば安定するのか。ぼんやりとだが形が見えてくる。
そして、悪戦苦闘の末、ついに一体の人形が自分の手によって完成した。一仕事終えた満足感に体を浸しつつ、手元の人形を眺める。
最初に作った不格好な塊とは比べ物にならないほど、しっかりと形を成していた。少し歪ではあるが、誰が見ても何かの動物の形だとわかるだろう。
もうお化けとは言わせない! ……思ったのは自分だが。
「……お、まあまあじゃんか」
少年は『弟子』の作品を覗き込み、少し驚いたように目を見開いた後、ふいっと顔をそらして言った。その口調は素っ気ないが、彼の指先は角を軽くなぞっていた。
「初めてにしちゃ、上出来だ。筋がいいんじゃねぇの、おねーちゃん」
少年は満足げに頷くと、自分の作った竜の人形と、自分が作った人形を並べて置いてくれた。
夕焼けに照らされた二つの瓦礫の人形は、まるで親子のようにも見えた。
――『戦士の国ライガイア見聞録』 七日目・了
※本記録は、名もなき旅人と記録補助者による共同生成である。




