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~名もなき旅人の見たもの・二~

 レンコウガでの朝は、気合の入った声で始まった。


 紙が張られた窓から暖かい日差しが降り注ぐ中、草で作られた床――タタミと言うと聞いた。嗅ぎ慣れない香りがする――の上で寝転がっていることに気づく。

 見ると、昨晩宿の人に聞きながら用意した布団は、遥か彼方にあった。

 ベッドのように高さがなくてよかったと思うべきなのか、それとも痛みがないから起きられなかったと嘆くべきなのか――判断に苦しむところだ。


「百十一! 百十ニ!」


 外からは小鳥のさえずりの代わりに、複数人の声が聞こえる。大人の声と、子供の声も混じっていた。

 立ち上がって見に行こうとしたが、寝間着として宿側が貸し出してくれた薄手の服が乱れきっていて、人前に出られる有り様ではなかった。

 慌てて身支度を整え終えた頃には、子供たちの声は聞こえなくなっていた。――残念だ。


 しかし、まだ大人たちは鍛練を続けているようだったので、せめてそれだけでも軽く見させてもらおうと、紙のドアを押す……いや、横に動かす。

 木の廊下と、細かい石が敷き詰められた中庭。人工的な池と、計算され尽くしたような岩や草木の配置。滴る水と、それを受け止めては一定量で頭を下げるように動き、音を立てる不思議なしかけ――この音がなんとも心地よい。


 つい立ち止まって耳を傾けようとし、我に返る。自分の目的は別だった。

 名残惜しく思いながらも、細長い木の床を靴下で歩いていく。靴を履いていない開放感と、頼りなさ。しかし直接感じる床の体温と感触は心地よく……ニヤついている自覚があった。


 音を辿った先は、宿の外。白い土壁に囲われた広い建物で、門扉には『道場』と書かれてあった。


「どうじょー……ドージョウ……?」

 首を傾げつつも、門から少しだけ顔を出して覗き込むと、広々とした木の床の空間で、鬼人たちがそれぞれの得物の形をした木の棒を振ったり、手合わせをしていた。


 人数はかなり多く、色も違えば、顔立ちも大きく異なる。血縁や共に暮らしている、というわけではなさそうだ。


「師範! 動きを見てもらえますか?」


 女性の声がしてそちらを見る。黒と赤の世界に混じるやや緑がかった肌と濃い緑の一本角の鬼人がいて、おやと思った。

 女性が師範と呼んだ相手は、この空間の中でひときわ大きく威圧感のある一本角の玄角族の男性。

 男性は無言で頷き、彼女の素振りを見て、女性の動きを手で修正していた。


 どうやらここは、武の学び舎のようなものらしい。


 早朝ながら道を歩く鬼人たちが道場よりも、道場を覗く自分を奇異の目で見ていた。

 道場と自分。どちらがより非日常かは明らかだ。


 笑って誤魔化しながら、その場を後にした。




***




 旅の醍醐味と言えば、なんだろうか?


 未知との遭遇?――胸が高鳴る出来事は素晴らしい。

 見知らぬ人との縁?――心が踊る出会いは唯一無二だ。

 美しい景色?――目元が潤む感動の光景は心に残る。


 どれも間違いではない。


 そして――『食』と答えるのもまた、間違いではない。


 昨日の串焼きも、目の前の朝食も、腹を刺激する。


 目の前に置かれた食事を見て、まずは驚く。テーブルの上には、パンが存在しなかった。

 代わりに出てきたのは、底が厚く片手で持つのに適した食器に盛られた白い穀物らしきもの。香りは……少し甘い感じ、だろうか?

 小さなつぶつぶ一つ一つから、ほくほくと湯気が出ている。

 湯気と言えば、穀物の皿と似たような食器に入れられた茶色いスープも、見たことのない魚の塩焼きもそうだ。――すまない。魚の名前は聞いたが忘れてしまった。

 野菜の発酵食品も並んでおり、意識していなかった空腹に、腹が音を立てた。


 料理を運んできてくれた一本角の玄角族の女性は、穏やかに笑う。

「お客さん、外の人だから匙も置いておくよ。コレで食べてもいいからね」

 そう言って、二本の細い棒とスプーンみたいなものを置いて行ってしまった。


 ざわついた宿屋の食堂は、食事時で賑わっている。

 周囲を見ると、ほとんど鬼人ばかりで、二本の細い棒でおかずを掴み上げて食事をしている。

 あんな物を持ち上げられるなんて、この棒は、魔道具か何かなのだろうか?


 二本の棒をしげしげ見るが……魔力は感じない。つまり彼らは魔力を使っているわけではなく、この棒をただ操って物を掴んでいるのだ。

 きっと凄い鍛練の賜物に違いない。

 自分には出来ないだろうと思いつつも、ものは試しと挑戦だけしてみた。

 見様見真似で二本の棒を片手に持つ。だが、持つことすら難しい。カタンっと一本の棒がテーブルに落ちる。

 棒と格闘することしばらく。


――鍛錬不足を痛感した。




***




 昼間。

 市場以外をゆっくりと歩いていると、異様な一画が目に入る。


 何かを中心に円を描くように鬼人たちが集まっていた。どうしたのかと近づいていけば、金属がぶつかり合う音や荒い呼吸、気合の声が聞こえてきた。――誰かが戦っている!


 やや急いで駆け寄る。


 なんとか隙間から見れたのは、黒髪に赤いマントの冒険者らしい『人間』の青年と、二本角の紅角族の男性が向き合っている光景だ。

 槍を構える人間の青年の背後には、おしとやかそうな少女もいる。


 状況はよく分からないが、集まった鬼人たちはじっとその戦いを見ていた。とても真剣な様子だ。茶化したり、どちらかに同情したりはしていない。

 ただ、まるで自分の強さの糧にするかのように戦いを見ていた。


 より正確に言うならば、青年冒険者の動きを、だろう。


 どういうきっかけで強さを示し合うことになったのかは分からないものの、両者の差は圧倒的だった。喧嘩というよりは、指導の域になっていた。


 青年冒険者の足さばきには無駄がなく、土埃がほぼ立たない。豪快に脚を踏み込んでいるようでいて、その動きはどこか静かだ。

 対して紅角族の男性の動きは、決して愚鈍ではないが、青年冒険者のものと比べると荒々しさが目立つ。ばちばちと輝く稲光の魔法を使っていたが、青年には当たらない。

 ほんの僅かの踏み込みの違い。

 だが……その僅かの差はとても大きい。


 バサリッと、赤いマントが大きな音を立てて風になびいた時、その槍は紅角族に突きつけられていた。


 紅角族の男性は呼吸を乱しながら尻餅をつき「ま、参りました」と言った。そして相手を尊敬した目で見上げた。

 いや、彼だけではない。その場にいるほぼ全ての鬼人たちが、と言い切ってもいいかもしれない。


 年齢も種族も関係なく、強さをしっかりと示したその青年に、その場にいる者たちは、敬意と親しみで応えた。


「すげぇな、兄ちゃん!」

「あんたもよく戦った」


 そして青年だけでなく、最後まで諦めずに挑み続けた紅角族の男性にも、称賛が向けられる。


 ある意味で、この国はどこよりも平等なのかもしれなかった。強さ、というものに関しては、だが。




――『戦士の国ライガイア見聞録』 二日目・了


※本記録は、名もなき旅人と記録補助者による共同生成である。



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