勇者との決戦
爆発の衝撃で空間がひび割れ、森の奥に異様な瘴気が広がり始めていた。
「……なんだ、これは……」
勇者カイですら一瞬、眉をひそめるほどの気配。俺の魔力が暴発した余波が、何かを呼び寄せてしまったのだ。
黒い霧の中から、無数の目がこちらを覗いている。巨大な影がのそりと姿を現した。鋭い牙、歪な四肢、地獄の咆哮。
「グオオオオオオオッ!!」
森全体が震えるほどの咆哮に、フィアが悲鳴を上げた。
(やばっ……これ、絶対俺が呼んじゃったやつだ……!)
勇者カイは即座に聖剣を構え直す。
「……魔王よ。お前の召喚獣か」
「違う違う違う!! 俺こんなもん呼ぶつもりなかったって!!」
しかし誰も信じてはくれない。俺と勇者の間に現れた“暴走魔獣”によって、戦場は一気に混沌へと変わっていった。
だが、さらに想定外のことが起きた。
暴走魔獣は俺ではなく、勇者カイに狙いを定めたのだ。
赤い瞳がぎらりと輝き、巨体が勇者めがけて突進する。
「ぐっ……俺か!?」
カイは即座に聖剣を構え、正面から受け止めるが、火花が散り、地面が抉れるほどの衝撃に押し込まれていく。
(あー……やっぱり強者から狙うよねぇ……)
魔獣の本能か、それとも俺の運がいいのか。いずれにせよ、俺は狙われていない。
(チャンスだ……!)
俺はフィアの手を取り、音を立てぬよう後退を始めた。
「ノクス……!」
「しっ、今のうちに逃げるぞ!」
勇者と魔獣がぶつかり合う轟音を背に受けながら、俺たちは森の闇の中へと駆け出した。
その後ろで、勇者カイと魔獣の戦いは激しさを増していった。
巨体の魔獣が爪を振るえば、大木が一撃でへし折れる。振動で地面が割れ、土が舞い上がる。対する勇者カイは聖剣〈アストリア〉を構え、光の壁を展開しながら応戦する。
「光壁よ、我を守れッ!」
刹那、魔獣の牙が光壁に突き刺さり、バキバキと亀裂が走る。光が弾け、爆音とともに結界が粉々に砕け散った。
「くっ……!」
勇者はすかさず反撃に転じる。光の剣閃が十重二十重に繰り出され、魔獣の体に傷を刻む。しかし、傷口からは黒い瘴気が噴き出し、瞬時に癒えてしまう。
「回復まで……!? なんて化け物だ!」
魔獣は大地を蹴り、巨腕を叩き下ろした。その衝撃波で勇者の体は吹き飛び、数本の木を突き破って転がる。
「ぐあっ……!」
必死に立ち上がったカイの額から血が流れる。だが彼は諦めなかった。聖剣を両手で握りしめ、最後の一撃を放つ。
「これで……沈めッ!」
渾身の突きが魔獣の胸を貫いたかと思われた。しかし次の瞬間、魔獣はその剣を飲み込むように体を再生させ、逆にカイを弾き飛ばした。
「う……おおおっ!」
地面に叩きつけられ、立ち上がる気力すら残っていないカイ。魔獣が咆哮とともに止めを刺そうと迫るが、その時――俺の魔力の残滓が尽きたのか、魔獣は煙のように掻き消えるようにして姿を消した。
(……やっぱり、俺の暴発で呼んじまったやつだったのか)
だが、この一件はすぐに大げさに語り広まることになる。
――魔王ノクス、わずか五歳にして勇者を退ける魔物を召喚した、と。
その日の夜、森から拠点に戻った俺のもとへ、側近たちが大慌てで駆け込んできた。
「ノクス様! ご無事で……!」「大変な事態です!」
皆、顔色を変え、俺を取り囲むようにして安否を確認する。フィアまで俺の袖を掴み、泣きそうな顔で覗き込んでくる。
どうやら俺が勇者と交戦したことも、そして“魔物を召喚した”ことも既に伝わっていたらしい。
「召喚された魔獣……あれは古代に封じられた“深淵種”ではないかと」 「いや、魔王様の魔力が偶然異界を開いたのでは」 「むしろ無意識に意図的な召喚を行った……?」
側近たちの間で、次々に考察が飛び交う。
(いやいやいや……俺としては暴発しただけなんだけど!?)
俺の抗議は、誰にも信じてもらえなかった。




