勇者と魔王、森で出会う
その日、俺はフィアと一緒に森の奥で虫取りをしていた。 さすがに護衛たちを遠ざけすぎると怒られるのだが、今日はロゼリアが別任務で不在だったため、少し羽を伸ばしていた。
「見て見て、ノクス! でっかいカブトだよ!」 「お、おお……これは……うん、すごいな……」
正直、虫はそんなに得意じゃない。 けれどフィアの楽しそうな笑顔を見ていると、なんだかんだで付き合ってしまう。
――と、その時だった。
森の向こう側、少し開けた場所に、誰かが立っているのが見えた。 銀の鎧に身を包み、背にはまばゆい光を帯びた剣。 年は十代半ば、けれどその佇まいには並々ならぬ威圧感があった。
「……あれ、人間?」
フィアが小さく呟いた。
そして、俺とその少年の目が合った。
数秒の静寂。
その後に来たのは、閃光だった。
勇者カイが抜いたのは、聖剣〈アストリア〉。 斬撃と同時に放たれた光が、俺たちの頭上をかすめ、背後の木を真っ二つに裂いた。
「っのわああああっ!? なんでいきなり攻撃!?」
「下がって、ノクス!」
フィアが俺の腕を引いて森の陰に飛び込む。 続けて護衛たちが駆けつけ、俺を囲うように陣形を取った。
勇者カイは、剣を構えたまま静かに言った。
「……やはり、ただの魔族の子ではないな。光と闇、両方の気配……災厄の王か」
「え、いや、人間側ってそんな属性まで検知できる装置あったっけ!?」
「俺は勇者だ。そんな儀式に頼らなくたって、魔力の波動で“なんとなく”わかる」
「普通は魔力波は隠すものなんだが随分と俺を舐めてくれたな、災厄の王よ」
(違うんだよ、知らなかっただけなんだよぉおおお!)
だが俺はふと思った。
(待てよ……この勇者、説得できれば人間の領地に連れて行ってもらえるんじゃね?) (そうすれば“魔王”だとか言われずに済む……!)
以前読んだ書物に、“勇者カイは転生者の血を引く”とあったのを思い出す。 もしかしたら、こいつも同じような境遇かもしれない。
(よし、試してみよう! 転生者なら知ってるはずだ!)
「バス! 電車! 電気! ビル! コンロ! ライター! 日本刀! ジャパン!」
……俺は、必死に単語を並べ立てた。
しかしカイは怪訝な表情で眉をひそめた。
「……何を言っている? 何かの魔法か? いや、だが魔力は感じられない……」
(全然通じねえぇぇぇぇ!)
「おかしいな、転生者じゃねーのか!? あの本どうなってんだ!?」
俺がぼそっと呟いた言葉に、カイがふと反応した。
「転生者は……私の祖父だが、どうかしたか?」
(あっ、そっか……冷静に考えたらあの本ちょっと古かったし……!)
わずかな望みは砕かれた。
そして、俺たちがそんなやり取りをしている間に――
護衛部隊が、完全に包囲陣形を整えていた。
(くそっ、しまった……! 時間稼ぎか……!」
(いや、ほんとそんなつもりはなかったんだけど……さてはこの勇者、ちょっとバカだな……)
こうして、俺の“人間との初コンタクト作戦”は、あえなく失敗に終わったのだった。




