魔王様、五歳児になる
俺がこの異世界に転生してから、はや五年。
体は順調に育ち、今ではようやく自分の足で歩けるようになった。
……が、状況はあまり改善していない。
依然として、俺は“魔王ノクス様”と崇められたままだ。
否、むしろ魔王扱いは強化されていた。
「魔王様が初めて立った日」に宴が開かれ、
「魔王様が最初に喋った言葉」は聖句として記録され、
「魔王様がつまずいた石」は神具として保管されている始末だ。
(いや、ただ『あー』って言っただけだし、転んだのも普通の石だったよな!?)
相変わらずロゼリアは付きっきりで俺の教育係を務めている。
剣術、魔法、礼儀作法に、なぜか舞踏と歌まで。
しかもこれがまた、できないと本気で落ち込むのだ。
「ノクス様……もしかして、魔力の封印がまだ解けておられないのでは……」
違う。ただの運動音痴と方向音痴だ。
だが、俺の言葉が通じるようになってきても、周囲の“信仰心”は変わらない。
「ノクス様、おはようございます!」
「本日も偉大なるご気配に、我が心震えております……!」
(もうやめてくれ……ただの寝起きだ……)
そうして日々が過ぎる中、俺の中である疑問が大きくなっていった。
――なぜ、世界はこんなにも「魔王の復活」を待ち望んでいたのか?
平和になったはずの世界。 それでも、何かが足りないように、誰もが「次なる支配者」の登場を当然としている。
まるで、勇者と魔王の物語が終わることを、誰も望んでいないかのように。
そう。 この世界は、まだ何かを隠している。 そして俺は、その中心に無理やり立たされてしまったのだ。
だが、俺は決めていた。 絶対に、この誤解はいつか解いてやる。 偽魔王として祀り上げられたまま、都合よく利用されてたまるか。
俺は俺の意思で生きるんだ。
――そんな思いを胸に、俺は今日もロゼリアに無理やり魔法陣の前に連れていかれるのだった。
「さあ、ノクス様。今日は初めての“魔王式魔力診断”ですわ」
(……もう嫌な予感しかしない)
連れてこられたのは、拠点の地下深くにある「黒核の間」と呼ばれる部屋だった。 壁や床には複雑な紋様が彫られ、中心には漆黒の水晶が浮いている。 いかにも“いわくつき”な雰囲気だ。
(ここ、絶対ろくな場所じゃない……)
俺が立たされたのは、魔法陣のど真ん中。 ロゼリアは恭しく水晶の前に膝をつき、儀式めいた文言を唱え始めた。
「闇を統べし王よ、その魂の力を今ここに示したまえ……」
(ちょっと待て、そんな大層な儀式やらなくていいって!)
「ではノクス様、魔力を水晶に流してみてくださいませ」
そう言われ、俺はなんとなく言われた通りに集中してみた。
(えっと……魔力ってどう流すんだ? 息を整えて、イメージ?)
そっと目を閉じて、自分の内側に意識を向ける。何かが流れるような感覚……?
だが。
水晶は、何も反応を示さなかった。
「…………」
沈黙。
(えっ、何も起きないんだけど?)
ロゼリアも、他の魔族たちも、最初は驚いたように目を見開いていたが、次第に頷き始めた。
「なるほど……」「やはり……」「まさか本当に……」
(ちょ、ちょっと、なんで納得してんの!?)
ロゼリアが静かに説明してくれる。
「水晶が無反応……これは、光と闇の両方に適性がある者に見られる極めて珍しい兆候です」
(……そんな仕様!?)
「もしノクス様が人間の社会で育てられていたら、“魔法の才がない異端児”として迫害されていたでしょう」
(……え? あれ、俺、魔族側に拾われて運が良かったのか……??)
そう思った瞬間、ロゼリアがぽつりと呟いた。
「魔族でありながら光魔法にまで適性があるとは……」
(……え? なにか、まずいのか?)
ロゼリアは少し間を置いてから言った。
「魔族で光属性の魔法を使える者は、元天使など、いわゆる“闇堕ち”した存在に限られます。完全な魔族でそれを持つ者など、今までに前例がありません」
(いや、じゃあこれ、逆に誤解が解けるチャンスでは!?)
期待を込めて周囲の反応を見た。
「やはり魔王様は素晴らしい……」 「歴史上、最強の魔王になることが決まったようなものだ……」
(…………だめだこいつら……)
俺はてっきり、異端として差別されたり、疑われたりするのかと思っていた。 だが、誰一人として嫌な顔をしない。
むしろ、その“異質さ”を肯定し、歓迎してすらいる。
(不思議だな……なんでこんなに、寛容なんだろう)
気になってロゼリアに訊いてみた。
「……ロゼリア。どうしてみんな、俺が“異常”でも嫌がらないの?」
彼女は柔らかく微笑んで答えた。
「魔族とは、人間から見て異端とされた者たちの集まりです。私たちは、見た目や能力ではなく、その心を見るのです」
その言葉を聞いて、少しだけ胸が熱くなった。
(……もしかして、人間よりも魔族のほうが、優しくて寛容な文化なのかもしれない)
初めてこの世界に“救われた”ような気がした瞬間だった。




