046 設定変更そのよん
玄関がガラガラと鳴り「ただいまー」と聞こえた。つい緊張して「おかえりなさい」の応えが震えた。
2階に上がりかける足音に、意を決してそれを追う。
「あぁ? 新入生か。そんなに慌てて、どしたの?」
「――ルリさま。まだわたしの名前、思い出せませんか?」
生返事に「んー?」 と小首を傾げるルリさま。
弱ったカオを浮かべて、
「だからさ。わたしの記憶違いじゃなけりゃ、まだ名前聞かされてないんだって、アンタから。――昨日もう一人の新入生の……リトちゃんだっけ、三澄ナナの妹さんからは改めて挨拶されたけどね」
そう返された。
「わたし。暗闇姫ハナヲと言います。わたしからしたら、これまでももう何度もルリさまにはお世話になってて。――ルリさまには魔法を教えてもらったり、悪い人退治をしたり、男子の国にも……」
「あーちょっと待ってって。あなたの気持ちは分るよ。――けどごめん、今日は学校で色々あって疲れちゃっててさ。んーとそーねぇ、また明後日の土曜日だったら、あらためて相談に乗ったげるよ? 今日のところはそれで赦してよ?」
頷きかけたわたし。でも、「アリガト」と背中を向けたルリさまに急に焦りを感じ、
「ルリさま! わたしはルリさまの友だちの暗闇姫ハナヲって名前の――」
「――あのさ。何度も言わなくても分かってる。分かってるよ。……あなた黒姫に憧れてるんだよね? どこで聞いたのかは知んないけど、あの子の本名を名乗ってみたいんでしょ? ……でもさ、ホンモノの当人からしたら『なんだコイツ?』ってなっちゃうじゃん? だからフザけてないでちゃんと自分の名前を名乗りなよ? ちなみにわたしはココロクルリ、あなたの先輩で、魔法学校の生徒で、ここの同居人。これからよろしく」
ちゃんとわたしのそばまで寄って、目を見て、キチンとアイサツしてくれた。
「……えと、わたしは……その……」
名乗れない。
本名?
本名って?
わたし……暗闇姫ハナヲやないの?
混乱した。
考えがまとまんないよ。理解が追いつかない。どーゆーコトや?
「いいよ。人見知りは誰にだってあるし。気が向いたら、いつでもわたしの部屋に遊びに来てよ」
フォローするように、とびっきりの笑顔で励ましてくれた。
◆◆
腕を組み、「うーん」と考え事をしながら歩いているといつの間にか、駅の改札口に来ていた。高架下から見上げた線路は山手の方に延びていた。電線と高架に夕日が当たって足元を陰らせている。
「どうしたんですか? 上向いてムズかしいカオして?」
「あ。リト」
バイト帰りなのか、喫茶店の制服入りの手提げバックを自転車のカゴに載せていた。タイヤの空気が抜けたので駅向うの自転車屋さんに行くところだと説明された。
「自転車なんて乗ってたっけ?」
「あると便利なんですよ。図書館とか、安売りのスーパーとか、行動範囲が広がりますし」
「それは同感や」
「普段は駅においてますけど」
ちょっとお茶でもと誘われ同意した。リトから誘ってくるなんて珍しいかも知れない。わたしの様子に何かを感じたのかな。
◆◆
「わざわざバイト先の喫茶店を選ばんでも」
さっきシフトに入ったばかりのルリさまがミックスジュースをふたつ、運んで来た。注文はまだしてない。
「これ、センパイからの奢り、だそうです」
お礼を言おうと振り向いたときにはカウンターの向こうに消えていた。見えないところでラジオから流れる音楽のボリュームが大きくなった。
「……ねぇ、リト。あのトンネルの向こうさ。――何がある?」
「えー? トンネルの向こう? 電車の、次の駅って事ですか?」
「そう」
トンネルの先。
わたしの記憶だと――。
「別に。隣の県でしょう? ときどき買い物に行きますが、あんまり目新しい物は売ってないし、行く機会は少ないですね」
「……そっか。じゃあさ。ヘンな質問、していい?」
眉をひそめて「どーぞ?」 と警戒の反応。そりゃ当然か。
「わたしの名前を言ってくれ」
「――は?」
「わたしの名前を言ってくれ」
「2回繰り返さなくても、ちゃんと聞こえてますよ。『は?』 の意味を履き違えないでください」
「ごめんよ。リトの口から聞きたかったんや」
リトは訝しげにわたしをジッと見詰め、ミックスジュースを一口飲み、息をついた。
「暗闇姫ハナヲさん、ですよね?」
わたしは決めた。
かんなぎリンちゃんに会って、もう一度、内視鏡魔法を受けよう。




