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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第1章「夜舞病棟の〈中〉から〈外〉へ」
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第6話「家族になってくれる人」

「ようこそ、羽乃架(はのか)さん」


 視界いっぱいが、初めましての男の人で埋め尽くされる。


「僕の作品に美しさを加えてくれて、本当にありがとう」


 耳の近くで告げられる、ありがとうの言葉。

 私は贈られたワンピースを着ただけに過ぎないのに、なぜかお礼の言葉が私の鼓膜へと舞い降りてくる。


「さて、改めまして」


 抱擁されたと思ったら、すぐに私は解放されて男性と向き合う。


「羽乃架さんに贈った洋服をデザインした者です」


 蒼生(あおい)様がデザインする洋服には、女の子が憧れるような夢や理想がすべて詰め込まれている気がする。

 きっと、きっと多くの女の子たちが、蒼生様のデザインを通して幸せをもらっていると思う。


「あの……この度は、たくさんの贈り物をありがとうございました」


 今度は私の方から、蒼生様に向かってお礼の言葉を伝える。

 そして、夜舞(よまい)病棟で暮らす女の子たちが、蒼生様がデザインした服をたくさん褒めてくれたこともお話する。


「ありがとう」


 起きた出来事を語っただけに過ぎないのに、蒼生様はまたお礼の言葉を返してくれる。


「あ~、話したいことも尽きないし、着せたい洋服も山のようにあるんだよね~」


 過ぎ行く時間を惜しむように、蒼生様はホールに飾られてある大きな時計に目を向ける。


「今日は、羽乃架さんを休ませる方が先」


 雨依(うい)様が言葉を挟んでくれたのをきっかけに、私たちは歩を進めることになった。


「あ、そうだ。雨依宛ての郵便物が山のように届いていたよ」

「あー……うん、ありがとう」


 うんざりとした表情を見せた雨依様だったけれど、すぐに表情を整えて近くにあった階段へと足を運んでいく。


「羽乃架さん、ゆっくりしていって」


 振り返って、雨依様はそんな言葉を残していく。

 これが今生の別れというわけでもないのに、雨依様と過ごした時間があまりにも濃密なものすぎて……一旦の別れを寂しく思ってしまう。


「家の中の案内は、僕が引き継……」


 背を押され、これからの住まいを知っていかなければいけない。

 そう気を引き締めた瞬間を狙って、外と中を繋ぐ巨大な扉が開かれた。

 扉が開く瞬間を見るのは二回目だけど、まるで物語に出てくる巨人が使用するような大きさの扉がどんな力で開かれているのか仕組みはよく分からない。


「たっだいま~」


 扉が開かれると同時に現れたのは、煌びやかな空気をまとった美しい女性。

 快活な女性の声は、この家に主が帰ってきたということを知らせる。


「おかえりなさい」


 蒼生様の言葉に続くように、私も小さな声で『おかえりなさい』と声を出した。

 目の前の女性には聞こえないくらいか細い声だったかもしれない。

 私みたいな人間が、『おかえりなさい』と言葉にすることを不快に思う人もいると思ったから。でも、私も蒼生様と同じで、この家に帰ってくる方を迎えたいという気持ちもあった。だから、声を出した。


「あ、嘘……」


 女性の声が、一トーン低くなったことに気づく。

 やっぱり赤の他人が『おかえりなさい』と言葉にすることは、雨依様のご家族にとっては快いものではないのかもしれない。

 急に怒られることが怖くなってしまい、私は自分の姿を少しでも隠すために蒼生様の背中をお借りした。


「羽乃架ちゃんが来ていたなら、連絡してよ!」

「その連絡手段がないから困っていたんです」

「羽乃架ちゃんを驚かせよう大作戦が完全に失敗しちゃったじゃない」

「買い物が長すぎるんですよ」

「もう! あー言えばこう言う子に育てた覚えはありません!」


 蒼生様の背に隠れるような態度をとってしまったけれど、この行動は失敗だったかもしれない。

 だって、会話の流れは勘違いでなければ、この会話の流れは私を歓迎してくれているってことで……。


「はーのーかーちゃん」


 身長の低い私に合わせるように、女性は膝を少し折り曲げて目線の高さを調節して声をかけてくれた。


「初めまして」


 声のトーンが、上がった。

 女性の綺麗な声が戻ってきて、私は蒼生様の体をお借りしてのかくれんぼをやめた。


「……初めまして」


 声が震えそうになる。

 何か失礼なことをしてしまったんじゃないかって想いが、そうさせているのは分かる。でも、声が震えたとしても、それが失礼に該当するものだとしても、私はこの女性とお話したいと思った。


「羽乃架ちゃんの部屋、一緒に行きましょうか」


 女性の後ろに控えていた執事さん? のような人たちが、外から中へと大量の荷物を運びこむ。

 その人たちの邪魔にならないように、私と女性は雨依様が使用した螺旋階段をゆっくりとした速度で上っていく。


「どうぞ」


 私の部屋と称される場所に案内されると、お手伝いさんがティースタンドと紅茶を運んできてくれた。

 まるでお嬢様になったような雰囲気を味わうことができて、心臓がさっきからうるさくてしょうがない。


「あまり食に関心はないかもしれないけど」


 まだ仮ではあるけど、私の部屋と呼ばれている場所には私の夢が詰め込まれていた。

 雑誌や物語で見かけるだけだった可愛らしさで飾られた部屋の装飾や家具。

 部屋の色使いや……もう何を言葉にすれば分からなくなるほどの憧れが私のために用意されていて、いつになったら心臓が落ち着くのか分からない。

 今日、この部屋で眠れるかどうかも分からない。


「これから、羽乃架ちゃんの好きなもの……嫌いなものも、たくさんお話してね」


 部屋に用意された一人用のソファに私たちは腰かける。

 今日初めて会う女性と向かい合いながらお話することに緊張してしまうけれど、女性が差し伸べてくれるって煌びやかな軽食やお菓子の数々は私の緊張を少しずつ解してくれる。


「羽乃架ちゃんの好みが分からなくて、私と蒼生で部屋を着飾っちゃったんだけど……」

「あの……凄く素敵です。お姫様みたいな部屋で……とても嬉しいです」

「ありがとう~、羽乃架ちゃん」


 女性の喋り方を見聞きしていると、蒼生様と喋り方がそっくりなことに気づく。


「これからは羽乃架ちゃんの好きを詰め込んでいって構わないし、もし良かったら買い物にも一緒に行きましょう」


 凄いなって、思った。

 雨依様のご家族は、愛と優しさで溢れた方ばかりだということを。

 私は素直に凄いと思った。

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