第4話「別れを祝福する花びらが舞う」
「はぁ……」
手袋をしていても、指先が冷え込む。
自分の息を指先に向けてはみるものの、それだけでは指の体温を取り戻すことは難しかった。
(寂しい……)
人がいないわけではない。
けれど、閑散としたという表現が相応しい駅の様子に、私の心も一緒に冷え込んでいく。
(長い冬の気候を目当てに、この地を訪れる人はほとんどいない……)
雪を利用した事業や、冬の季節を生かした事業が、世の中では数多く展開されている。
そういった世界の仕組みを学び始めているからこそ、この地が放置されてきたことを寂しく思う。
(私は、人を好きになることが許された……)
夜舞病棟の外へ出た私たちは、自由をもらった。
誰を愛しても、私たちの記憶が消されることはない。
(雨依くんは、約束してくれたから……)
空から鳴り響く鐘の音は、もう聞こえない。
人を好きになる気持ちは、もう消えることがない。
「こら! まだ飛ばしたら、駄目!」
駅の構内を歩き回って、遥叶の姿を探そうとしたときのことだった。
「っ」
夏の空を思い出すような、深い蒼の花びらが吹き抜けていった。
思わず瞼を閉じてしまうくらい勢いある青い花びらは、まるで駅を行き交う人たちを祝福するかのように人と人の間を駆け抜けていく。
「すみません! すみません!」
花びらの正体は、私の近くにいた子どもが持っている小さな袋にあった。
子どもが袋に詰められていた花びらを撒いてしまい、それが風に乗って駅の利用者たちの元へと届いた。そういうことらしい。
「もう! パパが来てからって言ったのに……」
「だって、すっごくきれいなんだもん!」
「ほら、花びらが消えていっちゃう」
子どものお母さんは、花びらが消えると口にした。
駅いっぱいに広がる蒼の花びらたちは、魔法樹のものだと気づく。
(けど……魔法樹が冬に降らせる花は、空色だったような……)
たいして気に留めていなかったけれど、冬に降らせる花の色だけは抽象的なような気がした。
文化祭のときに音緒さんが、空色の花びらを降らせると説明してくれたけれど……。
(空の色は……一つじゃない……)
晴れた日の空もあれば、雨の日の空もある。
季節によって、青の濃さは違って見える。
空色と言われても、人によって想像する色が違うと気づく。
「羽乃架さん?」
魔法樹の枝を離れた花びらが消えていく瞬間に目を奪われていると、聞き慣れた声が私の名前を呼んでくれた。
「医院長……」
今日は、夜舞病棟が閉鎖される日だということを思い出す。
魔法樹の花びらに魅入られていた私の意識は、現実の世界へと戻ってくる。
「パパ!」
深い蒼を魅せてくれた男の子が、夜舞病棟の医院長の元へと駆け寄っていく。
私にとっては主治医のような存在だった男性は、駆け寄っていく男の子を抱きしめる。
そこに子どものお母さんも寄り添って、一つの家族のかたちというものを見せてもらう。
「遥叶の見送りかな」
男の子を肩馬車しながら、医院長は私に話しかけてくれる。
奥様には、私が夜舞病棟で育った子どもだと説明してくれる。
順序を完璧に組み立てていくところは、私がよく知っている医院長らしいと思った。
「主人が大変お世話になりました」
「こちらこそ……今日まで子どもたちの健康を管理してくださり、本当にありがとうございました」
医院長の父親としての顔は見たことがなかったけれど、私の体調を気にかけてくれるところには通ずるものがある。
どちらも子どもを大切に想う親らしさが表れていて、私は大切に育ててもらったのだと自覚する。
「あの……この花びらは、魔法樹のものですよね?」
「すみません。この子が、ご迷惑をおかけして……」
「いえ、凄く素敵な光景が広がって……とても感動しました」
駅一帯が澄んだ蒼に包まれていたのも束の間、医院長のお子さんが魅せてくれた幻想的な風景は終わりを迎えた。
魔法樹の枝を離れた花びらは、そう長くは保たない。
「あそこに花売りの方がいらっしゃるのは見えますか?」
医院長の奥様が案内してくれた先には、花売りをやっている方がいらした。
籐で作られた籠には、鮮やかな花の数々。
人が少ない駅だからこそ、花売りの人気が見て分かるほど人が多く集まっていた。
「この駅は、列馬車が到着する際と出発する際に花びらを贈る風習があるんだよ」
花売りの人が花と共に売っている小さな袋には、特殊な魔法が施されている。
魔法樹の枝から離れた花びらの寿命をほんの少しだけ延ばすことができると医院長夫妻に教えてもらい、魔法は可能性を広げるための力でもあると改めて実感する。
「……乗客の幸福を願う、素敵な風習ですね」
駅は、決して花びらで埋め尽くされることはない。
それは確かな事実だけど、その事実に寂しさを感じた私たちは顔を見合わせて花びらを想った。
「はいっ!」
手のひらに収まる大きさの白い布袋を、医院長の息子さんが手渡してくれる。
「おねえちゃんにもあげるっ!」
元気よく、なんの迷いもなく優しさを差し出すことのできる男の子に、私は大きな勇気をもらったような気がする。
「かっこいい王子様からの贈り物に、感謝いたします」
男の子の目線の高さに合うように屈んで、私の心が幸せで満たされたことを男の子に伝える。
「マ……ママー! ぼく、おうじさまって言われちゃった!」
「ふふっ、ありがとうございます。羽乃架さん」
男の子の優しさは、必ず世界を温かく包み込むことができる。
そんな確信を抱くと同時に、私も子どもたちが生きる未来を明るく照らすためのお手伝いがしたい。
私の中に、抱くことができなかった未来への展望が生まれてくるのを感じる。




