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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第6章「夜舞病棟が閉鎖される日」
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第2話「愛されることの意味を知る」

羽乃架(はのか)ちゃん」


 このあとの予定を頭の中で組み立てながら屋敷の廊下を歩いていると、私は雨依(うい)くんのお母さんに声をかけてもらった。


「昔から、夢だったの」


 初めて雨依くんのお母さんの部屋に呼ばれ、私は雨依くんのお母さんに髪を梳いてもらう。

 夜舞(よまい)病棟では自分のことは自分でするのが当たり前だったけれど、こうして人にやってもらうことで得られる幸福もあると雨依くんのご家族は教えてくれる。


「出発前に引き留めて、ごめんなさい」


 髪を梳かすのに邪魔にならない程度に首を横に振って、声をかけてもらえたのは嬉しいと伝える。


「……産みのお母さんには、髪を梳いてもらったことがないので緊張します」

「もう少し頑張ってもらおうかなー」

「……頑張ります」


 雨依くんのお母さんは満足いくまで髪を梳かすと、体から力を抜くように私の体を揉み解してくれる。

 そしてようやく私の緊張が解けたことを確認すると、雨依くんのお母さんは私のことを後ろから抱きしめてくれた。


「うん、私の娘は世界一可愛い」


 何度も何度も、可愛いという言葉を伝えてくれる。

 産みのお母さんに言ってもらえなかった言葉を急に与えられたことで、涙腺は驚いてしまったのかもしれない。

 我慢したはずの涙腺が再び緩みだして、自分の身体なのにいつかは感情を制御できなくなってしまいそうになる。


「自信を持って、人を好きになってね」


 自信を身を持つ。

 自身を持つ。

 どちらも、人を殺す可能性を持っていた私には縁遠い言葉だった。


「いつか、羽乃架ちゃんの恋のお話を聞かせて」


 私は、自分の中に生まれた好きという気持ちを肯定したい。

 今度こそ、認めてあげたい。

 好きという感情を、今度は否定しないで生きていきたい。

 だから、少しずつ。

 少しずつでいいから、自分を愛することを始めていきたい。


「……お母さん」


 死ぬまで自分のことを嫌いで、ずっと否定し続けるかもしれない。

 それでも、そんな私が未来に待っていたとしても、私は私を迎え入れたい。


「羽乃架ちゃん、今……」


 今日まで育ててきたすべての経験と感情があるからこそ、私という存在がある。

 だから、好きも嫌いも含めて、私はすべてを未来の私に託せるようになりたい。


「今日、お出かけをするので……帰りが遅くな……」

「ありがとう」


 私を抱きしめる、お母さんの腕の力が強まる。


「ありがとう、羽乃架ちゃん」


 母に抱きしめられることで、私は初めて母の温もりというものを感じることができた。

 産みのお母さんが与えてくれなかったものを、私はやっと受け取ることができた。


(今日も、いい天気……)


 夜舞病棟の建物がある場所は、冬の季節が長い。

 空から雪が降り積もる日がほとんどで、太陽を見ることは滅多にできない。

 だから、たまに表情を見せてくれる晴れた日の青空が私は好きだった。


「フクロウさん」


 夜舞病棟の外に出るようになって、空の蒼に手を伸ばす機会が増えた。

 もちろん手を伸ばしたところで、空に手が届くわけがない。

 それでも私は青い空に手を翳して、手にすることができない蒼の世界へ憧れを強めていく。


「いつも、お手伝いありがとうございます」


 雨依くんの部屋に昼食を運ぶ際、雨依くんの魔法で具現化されたフクロウさんが案内係を引き受ける。

 屋敷の中で迷うこともなくなって、誰に話しかければ自分を助けてくれるかということも分かってきてはいるけれど、フクロウさんは時折姿を見せて私の話し相手になってくれる。


(雨依くんの気遣い、かな……)


 独りでいるときに、私は血に塗れた自分の姿を思い出すことがある。

 国立魔法学院の文化祭から何日も経過しているはずなのに、今もときどきあの日の出来事を思い出す。


(私が、独りにならないように……)


 今日も私は、雨依くんに気を遣わせてばかり。

 雨依くんと夜舞病棟で過ごしていたときも、こんな風に私は雨依くんに気を遣わせていたのかもしれない。

 いつも顔色を窺ってもらってばかりいて、雨依くんの幸せなんて何も考えていなかったのかもしれない。


(幸せになってほしい気持ちは本物なのに……)


 たとえ気持ちが本物でも、現実を振り返ると自分にはできないことだらけで呆れてしまう。

 こんなにも強い気持ちがあるのに、私は今日も雨依くんから送られた幸福を受け取るだけ。


「羊皮紙の中に戻ってもいいですよ」


 魔法が使えない私でも、羊皮紙を広げてフクロウさんを絵の世界に戻すことはできる。

 雨依くんから預かっている何も書かれていない羊皮紙を広げて、雨依くんの使い魔? のフクロウを羊皮紙の中へと手招く。


「…………」

「…………?」


 雨依くんの部屋の前で、私たちは見つめ合う。

 いつもなら素直に羊皮紙の中へと戻ってくれるのに、今日のフクロウさんは調子が悪い。

 私が心の中で、使い魔と言ってしまったのが気に喰わないのかもしれない。


「あの……」


 フクロウさんに声をかけるタイミングで、フクロウさんは一瞬高く飛び上がった。

 私の肩くらいの高さまで飛ぶと、羽で私の肩をさらっと撫でてくれる。


「…………いってきます、フクロウさん」


 私の言葉を受けたことに満足したのか、フクロウさんは今度こそ落ち着いて羊皮紙の中へと戻ってくれた。


(絵の中のフクロウにも……雨依くんは愛情をこめてくれたんですね……)


 私の気持ちを察したかのような素振りを見せてくれるフクロウさんの気遣いに感謝しながら、私は雨依くんの部屋の扉を叩いた。

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