第1話「花笑む別れの季節」
「おはようございます、お嬢様」
「おはようございます……」
雨依くんの家に仕えている庭師さんは、魔法使いだという話を伺った。
庭師さんは自分が唯一使うことのできる魔法を駆使して、庭に咲く花の命を調節している。
命を調節しているというと、恐ろしい言葉の響きのような気もする。
けれど、庭師さんの魔法は、植物が育たなくなってしまった土地で、植物を育てるために使用されると雨依くんは教えてくれた。
「今日も……お花が凄く綺麗です」
「ありがとうございます」
庭師さんは雨依くんの家に仕えながら、ゆくゆくは荒廃した大地に植物の命を宿すための研究に移っていくらしい。
魔法という力が滅びる、その日まで。
「…………」
私が庭で歩く練習……散歩をしていると、庭師さんは仕事の合間を見計らって花の名前や花言葉を教えてくれる。
けれど、今日はそういう時間を確保することができないこともあって、私は庭師さんと一旦お別れをした。
「はぁ……」
私が雨依くんのように魔法を使うことができたら、本当に人を殺してしまう可能性が高いのかもしれない。でも、現実の私は魔法を使うことができない。
自分は、人を殺す可能性が特別に高いかもしれない。
でも、それは産みのお母さんが私を夜舞病棟に置いていくための嘘になるかもしれない。
(でも……)
言葉に秘められた真実を知って、私の世界は広がりつつあった。
少しずつ広がっていた世界が、大きな広がりを見せている。
日々を過ごす中で、そんな実感を得られてはいるはずなのに……。
「お嬢様」
「杏さん?」
国立魔法学院で、血に塗れた自分の姿は今も記憶と心に根強く残ってしまっている。
暗い部屋に閉じ込められたはずなのに、自分に付着しているものは血だと頭が理解してしまった。
そのときの記憶と経験が、今を生きる私のことを邪魔してくる。
「うぅ~、二週間も羽乃ちゃんに会えないなんて寂しすぎるよ~……」
春に咲く花々に囲まれながら、私は雨依くんの家を訪れてくれた音緒さんに抱きしめられる。
視界には彩り豊かな世界が広がっていて、そこには大切なお友達も一緒に鮮やかな色を加えてくれる。
「朝のお散歩にお付き合いできず、大変申し訳ございません」
「お勉強、頑張ってきてください」
「ありがとうございます」
国立魔法学院に通っているみなさんは、今日から二週間程度の研修旅行というものに参加される。
この地を旅立つ前に、三人は私に会いに来てくれた。
「雨依様の家が研修先なら良かったのにぃ~」
「二週間も、羽乃架の家にお邪魔するわけにいかないでしょ!?」
「私は歓迎……」
「よしっ! 帰ってきたら、お泊り会するわよ! お泊り会!」
国立魔法学院の研修旅行が終わると、長期休暇が訪れる。
灯花さんが提案したお泊り会。
夜舞病棟時代の、お友達と会う約束。
女の子同士の交流会。
知らない土地を巡る予定や、お買い物に食べ歩き。
みんなは私に綺麗なものを見せるために、いろんな提案をしてくれた。
「羽乃架さん」
音緒さんの温もりを分けてもらっていると、そこに氷姫さんが更なる温もりを加えてくれる。
「無事をお祈りしています」
今日は、遥叶が夜舞病棟を離れる日。
新しい家族に、遥叶が迎え入れてもらえる日。
遥叶が、新しい世界に旅立つ日。
「……ありがとうございます」
そして私は、遥叶に会いに行く。
「灯花ちゃんも遠くから見つめていないで、みんなでぎゅ~ってすればいいのに~」
国立魔法学院で引き起こした事件が心に影響を与えて、誰かに付き添ってもらわなければ外に出られなくない日々が続いた。
けれど、今日は自分一人で見知らぬ土地を歩く。
久しぶりに、自分の足で新しい世界を見に行く。
「湿っぽいから嫌」
もちろん、一人で行くことは多くの人たちに心配された。
あんな事件があったあとだから、特に雨依くんのお父さんは凄く心配してくれた。
「今日は、永遠の別れの日ってわけじゃないでしょ?」
私を大切に想ってくれる人が大勢いると分かるからこそ、恐ろしい記憶と経験に屈したくないと思う。
強くなって、私も大切な人たちの世界に色を添えられるようになりたい。
「……それもそっか」
「……そうですね」
灯花さんの言葉を受けて、音緒さんと氷姫さんは私に温もりを与えることをやめる。
それは素直に寂しいと思うけれど、私はもう十分すぎるほどの愛情を受け取った。
だから、今度は私が三人の旅路に幸せを願う番。
「羽乃ちゃん、頑張ってね!」
「ご自分の気持ちを、どうか大切に」
握手を交わす。
手から伝わってくる二人の熱が嬉しくて、幸せで、泣くつもりはないのに涙が零れそうになる。
「ほーら、いつまでも羽乃架に縋っていたら、私たちも遅刻するでしょ!」
でも、この場で一番に瞳を潤ませているのは灯花さんのような気がする。
そこを指摘すると灯花さんに怒られるという、一連の流れが理解できている私と音緒さんと氷姫さんは口を慎んだ。
そして共通の認識があることに気づいた私たちは灯花さんにばれないように、こっそり笑った。
「いってらっしゃい」
上手く笑えているかな。
綺麗に笑うことができているかな。
可能性が広がることを閉ざしていた私が笑顔を浮かべるのは、とても難しい。
でも、自然と浮かべることができた表情が笑顔ならいいなって思う。
みんなには安心して、私と別れてもらいたい。




