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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第5章「夜舞病棟の〈外〉で生きていく」
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第13話「迷って、惑って」

「……羽乃架(はのか)、人混み歩くの怖い?」

「ううん……違うよ」


 自分は人よりも、人を殺める可能性が高いと思い込んでいた。

 私は、いつか人を殺してしまうものだと思い込んでいた。けれど、それは否定された。


「最近、体調が良くなかったから……」


 これからは自信を持って人生を歩むことができるようになると思ったけれど、国立魔法学院で血に塗れた自分の姿を思い出してしまう瞬間に私は弱くなる。


「外に出るのが久しぶりで……」


 夜舞(よまい)病棟の外に出ることを恐れていた、元の自分に逆戻りしてしまっている。

 国立魔法学院で私と遥叶(はると)が引き起こしてしまった事件を受け止めてくれた音緒(ねお)さんたちは今日という日のために、歩く練習や人混みに慣れるように根気強く付き合ってくれた。


「それで、緊張しているだけ」


 多くの人たちに迷惑をかけた責任を遥叶に負わせたくなった私は雨依くんにお願いして、遥叶を街へと連れ出してもらっていた。

 遥叶がいない時間を見計らって行動していたこともあって、遥叶は私が元の臆病な子に戻っていることを知らない。


「……俺のせいだよな」


 せっかくうまく隠してきたのに、私の下手な演技では遥叶の洞察力は誤魔化しきれない。


「遥叶」


 やり方は強引なものだったけれど、私の記憶を取り戻すために遥叶は動いてくれた。

 私の未来を想ってくれたが故の行動だと理解しているのなら、遥叶が自分の行いを罪として捉えないようにしたい。


「もう謝らないで」


 硝子の上を歩くとき、硝子が割れてしまうんじゃないかって不安になる。

 私たちの周囲にいる人たちは硝子でできた道を歩くことに慣れているのか、恐る恐る足を一歩先に出す人は見かけない。


「自分を責めることもしないで」


 慣れるということは、おとなになるということなのかもしれない。

 いつかは私も、この街の特徴に慣れていく。

 硝子を踏むことに抵抗がなくなる。

 今はどんなに新しい経験を迎えることを怖いと思っていても、その恐怖を抱いていた感覚すら失ってしまう日はやって来る。


雨依(うい)くんの知り合いと、私の知り合いの人たちに、遥叶はたくさん謝ってくれたよね」


 私と遥叶も時の流れと共に、おとなになっていく。

 私たちが共有している時間は、あのときあんなことがあったねっていう過去の出来事へと変わってしまう。


「だから、もう大丈夫」


 思い出が増えていくのは嬉しいことのはずなのに、おとなになることには寂しさを感じる。


「いつまでもここにいたら、遥叶は新しい出会いを迎えられなくなるよ」


 別れがあるから、出会いがある。

 出会いがあるから、別れがある。

 そんな、一続きの言葉が頭に浮かぶ。


「私と別れたあと、遥叶がずっと私のことを引きずるのは嫌」


 ずっと夜舞病棟の中にいたら、私たちには出会いも別れも訪れないままだった。

 夜舞病棟を解放することが必ずしも良い方向に進むとは限らないと考えた上で、雨依くんは夜舞病棟を閉鎖するために動いた。

 夜舞病棟の中しか知らなかった私たちに、普通の人たちと同じく出会いと別れを経験させてくれた。


「幸せになろう」


 もしかすると、夜舞病棟の中にいた方が幸せだったと思う人もいるかもしれない。

 雨依くんがやったことを責める人だっているかもしれない。

 でも、それはこれから続く人生を歩んでみなければ分からない。


「ね」


 私はもう十分、夜舞病棟の中で守ってもらった。

 もらった強さを、今度は大切な人を支えるための力に変えたい。

 新しい世界を経験するための機会を、大切な人の幸せに繋げていきたい。


「話が長くなっちゃったけど、魔法樹を見に……」


 人が行き交う街中で、私は遥叶に頭を撫でられる。

 頭を撫でてもらえたという表現の方が、相応しいかもしれない。


「歩行者の人たちの邪魔に……」

「端に寄っていれば、問題ないだろ」

「そうかな……」


 道の真ん中を堂々と歩くことができなかったこともあって、私たちは道の端で足を止めている。


「強くなったなって」

「……遥叶が、いつも私の傍にいてくれたから」


 記憶がなかったからと言っても、遥叶を夜舞病棟からいなくなった雨依くんの代わりにしていたのは今でも申し訳ないと思っている。

 謝っても謝り切れないことをしたと思っている。


「俺が羽乃架に励まされる側になってる」

「遥叶が私にしてくれたことを返しているだけ」


 再び進行方向に視線を向けようとしたときのことだった。

 夏という季節には感じられない冷たい風が吹きつけてきて、純白の花びらが空に向かって舞い上がっていく瞬間が瞳に映り込んだ。


「っ」


 言葉にならないほどの美しさが広がる。

 澄み渡る空の蒼に、真白の花びらが色を添える。


「もう……夜舞病棟で雪が降る景色を見ることはなくなるんだよな」


 視界いっぱいに広がる世界は、まるで雪景色。

 けれど、青い空から雪が降ることはない。

 雪が舞い散る現象に相応しい空の色は灰色。

 こんなにも深い青に、無垢な色が混ざり込むことは決してない。


「行くか」

「……うん」


 近くにあったお店の扉が開いて、私たちと魔法樹の花びらは空調を調整するための風魔法が吹き抜けただけだと気づかされる。

 起きた現象の理由は、特別感も何もないものだった。


「花びら、かすかに青く見えるな」


 けれど、特別感のないと思われた中に、特別はあった。

 見た目は桜の木のように見えるけれど、降らせる花びらは白に近い青色の花びら。


「季節の変わり目は、迷うんだって」


 この場に、淡い桃色の花びらは存在しない。


「花びらが、何色に染まるか悩むから……」


 雪が降り積もる日のような寒さは感じないのに、私たちは雪降る世界に出迎えられているかのよう。


「ときどき違った色を見せる瞬間があるんだって」


 そんな錯覚を与えるほど、私たちは銀世界と呼んでも遜色ないような美しくも不思議な世界に私たちは招かれた。


「魔法樹が、雪を降らせているみたい……」


 枝を離れてしまった薄青い色の花びらは、土に身を寄せずに色彩を施した硝子で覆われた土地へと落ちゆく。

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