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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第5章「夜舞病棟の〈外〉で生きていく」
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第12話「世界から魔法が失われる前に」

「やっと……夜舞(よまい)病棟の外に出られるようになったから」


 雨依(うい)くんは夜舞病棟のことを、自分のために用意された実験施設と言っていた。


「あー、うん、なるほど、そういうことね」

遥叶(はると)に荷物持ちを頼みたいなーって」


 けれど、それは多分違う。

 最初は遥叶の言う通り、ただの児童養護施設だった。

 滅びゆく魔法を使うことができる雨依くんが夜舞病棟にいたから、夜舞病棟が実験施設と化した。


(家族同然の人たちの記憶を消すことを、雨依くんは躊躇ったはずなのに……)


 記憶を消す魔法を研究するために夜舞病棟という場所が用意されたわけではないのに、雨依くんは自分のことを悪者として真実を語った。


「何が三人で出かけたいだよ……」

「嘘は吐いてないよ」


 雨依くんと遥叶と私の三人で、初めて夜舞病棟の外を歩く。

 私のために用意してくれたワンピースを身にまとうと、なんだか自分が特別な存在になれたような気がする。

 それだけ、着る人を幸せにするっていうデザイナー(蒼生様)の強い願いを感じる。


「大切な本だから、直接受け取りたかったんだよね」


 さっきから雨依くんと遥叶は、仲良さそうに言葉を交わし合っていた。

 一方の私は言葉を挟まず、初めて訪れる街の風景に心を惹かれている。


「この世界には、魔法っていう便利な力があるはずだけど」

「えー、魔法で貴重な本を運ぶとか危険で怖い」

「雨依……おまえ、魔法使いだろ?」


 建物以外のすべてのものが、硝子で造られている街。

 硝子には魔法がかけられていて、魔法が消滅しない限りは割れる心配がない。

 私が今、こうして歩いている道も硝子の小片を結合して造られている。

 透明な硝子もあれば、彩り豊かに着色された硝子もあって、様々な色の組み合わせは太陽の光を浴びながらより一層美しい輝きを放っている。


羽乃架(はのか)


 雨依くんの声で、名前を呼ばれる。

 周囲は街で暮らす人や観光客で賑わっているのに、私は雨依くんの声を聞き逃さずに済んだ。


「歩き辛かったら、声かけて」


 聞き逃さずに済んだというよりは、私が雨依くんの声を求めていたのかもしれない。

 たかが街を歩くといっても、初めて訪れる街に対して私は緊張をしている。

 硝子でできた道を歩くという経験一つにも心臓がどきどきしてしまって、せっかく三人での外出なのに私はまだ楽しむということができていない。


「遥叶、羽乃架のこと頼んだよ」

「俺も、この街に来るのは初めてなんですけど」

「遥叶なら、なんとかなるよ」


 一部の記憶が戻ってきたからといって、残りの記憶が戻るかといったらそうでもなかった。

 相変わらず雨依くんと遥叶が夜舞病棟で仲が良かったのか確かめるための思い出は記憶にないけれど、二人の会話を耳にしていると落ち着く自分がいるのも本当。


(世界から魔法が失われる頃には……すべての記憶が戻ってくる……)


 私が生きている間に、魔法は滅びてしまうかもしれない。

 もしかすると私が死んだ後も、魔法と呼ばれている力は残っているはかもしれない。

 それは魔法に関わっている雨依くんや、国立魔法学院に通う人たちにとっても分からないこと。

 近いうちに魔法が滅びることは事実でも、明確な時期は誰も知らないと聞いている。


「羽乃架」


 また、名前を呼ばれる。

 雨依くんに。


「風邪とか人酔いとか、そういう身体的な具合の悪さも気にかけてほしいけど……」


 羽乃架さんと呼ばれていた日々を思い返すと、なんだかくすぐったい気持ちになる。


「記憶が戻ることで体調に変化があるかもしれないから、何か……ほんの些細な変化があったら、必ず教えて」


 それは雨依くんと私の距離が遠かったことを示す呼び方でもあるけれど、雨依くんは私のことをずっと大切に想ってくれた証でもある。

 そういうことを自覚すると、やっぱり気恥ずかしいような嬉しいような……言葉にできない感情に私は包まれる。


「はい……」


 雨依くんは、私の記憶が一部だけ戻っていることを知らない。

 記憶が戻ることで体調不良は起きていないと分かっているのは私だけで、雨依くんには余計な心配をかける日々が続いている。


「あの、雨依様……」

「うん」


 私が雨依くんの名前を呼ぶと、雨依くんは返事をしてくれる。

 それは当たり前のことかもしれないけれど、私にとっては当たり前のことではない。


「この街の書店に、あとで私も行ってみたいです……」


 雨依くんの名前を呼んでも、離れ離れになってしまったら雨依くんの声は返ってこない。

 大切な人と離れた経験があるからこそ、自分の名前を呼んでもらえること。相手の名前を呼んだら返してもらえる。そんな当たり前が繰り返されることが、ただただ嬉しい。


「図書館での用が済んだら、必ず迎えに行く」

「……ありがとうございます」


 必ずという言葉を使わせるのは、雨依くんにとっての重荷にならないか。

 そう感じることもあるけれど、私は雨依くんと交わす約束にすら喜びを抱くようになってしまっている。

 雨依くんの幸せを一番に考えたいのに、私は今日も雨依くんから幸せを一方的にもらうだけ。私に対して、気を遣わないでほしいと伝えることはできていない。


「雨依くんに、この街にも魔法樹があるって教えてもらったの」


 一旦、私たちは雨依くんと別れることになった。

 ここまでは雨依くんが遥叶との間に入って会話を進めてくれたけど、ここから先は一人で遥叶との会話を頑張らなければいけない。


「今、歩いている通りを真っすぐ進んで……」


 魔法の力と自然の力が交じり合う不思議な街。

 太陽の光を受け止める硝子もあれば、太陽の光を透過する硝子もある。

 硝子それぞれに個性があるみたいに感じられて、その個性は街を美しく彩っていく。


「あ、すみません……」


 輝きを放っているのに、視界に入る色は決して眩しくない。

 そんな神秘的な街の景色に魅了されている人たちは大勢いて、私が前を向いて歩いていたとしても人とぶつかりそうになってしまう。


「人……多いね……」


 血で覆われた世界を少しでも忘れることができるように、美しいものや綺麗なものを見るようにしている。

 この街に連れて来てもらったのも、そういう理由から。

 けれど、小さな小さな謝罪の声は、私の弱さを露呈しているようにも思えた。

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