第11話「愛を注いでくれる人」
「私が来ることが決まってから……雨依くんは食べなくなったということですか……?」
「そう!」
雨依くんが食べなくなったのは、私が理由。
そう捉えてしまいがちの会話ではあるけれど、雨依くんのお母さんが言いたいのはそういうことではない。
「羽乃架ちゃんを引き取ることが決まったのと同時に、やっと義務的なものから解放されたのかなってー」
雨依くんのお母さんは、私を傷つける人ではない。
そんな信頼と信用を心に秘めながら、私は雨依くんのお母さんの話を受け入れる。
「睡眠も食事も機械的に進めていた雨依がね、羽乃架ちゃんを養子に迎え入れることが決まった日に寝坊したの」
雨依くんは、|記憶を消す魔法の実験施設《夜舞病棟》を閉鎖させるために頑張ってくれていたのかもしれない。
私や遥叶……実験の対象だった子どもたちを、外の世界に連れ出すために頑張ってくれていたのかもしれない。
「あ、やっと雨依も人らしいところを見せてくれたなーって安堵した矢先に、あの体たらくぶりよ……」
これは、雨依くんから直接聞いた話ではない。
あくまで雨依くんのご両親が語る言葉の数々でしかないけれど、雨依くんは夜舞病棟を去ったあとにも多くの努力を積み重ねていた。
「主人と蒼生の不摂生ぶりを雨依も受け継いじゃったのよねー……」
「僕と蒼生は不摂生ではなく、好きなことに夢中になって……」
「人間は食べなければ、死ぬの! 生きていけないの!」
「はい……」
それらの努力に苦しさが付随されていたかは分からないけれど、心の中に言葉にできない感情が雨依くんに対して湧き上がってくることだけは分かる。
「雨依くんは……やっと好きなことに打ち込める環境を手にできたんですね」
「そうねー……夢中になれるものがあるのは、いいことよね」
雨依くんは、私がいなくても幸せを手にできていた。
私が支えるまでもなく、雨依くんは幸せを見つけることができていた。
それを、ただ純粋に嬉しいと思う。
そして、雨依くんの幸せに関わることができなかったことを寂しく思う。
「これからも雨依くんが好きなことを続けられるように、雨依くんの家族として支えていきます」
「ありがとう、羽乃架ちゃん」
こんな立派な言葉が出てきたけれど、私が雨依くんを支えるまでもないかもしれない。
雨依くんは、自分の生き方を知っている。
自分に与えられた力を嫌うのではなく、好きになるためにはどうしたらいいか。
たくさん考えて、たくさん悩んで、雨依くんの今がある。
雨依くんと言葉を交わし合っているわけではないのに、雨依くんのことを知ることができているような不思議な感覚が愛おしい。
「うぅ……」
「あなた、泣かない」
「だって、羽乃架さんがとても良い子で……」
雨依くんのお父さんは、冗談でもなんでもなく涙を零し始めた。
「僕は魔法に頼らずに生きていく術を研究したり、開発をしていて……雨依くんが嫌悪するものの一人だから……」
雨依くんのお父さんの発言を受けて、魔法という力が近いうちに滅んでしまうということが現実味を帯びてくる。
「はぁー……」
雨依くんのお母さんが盛大な溜め息を吐いて、旦那様の背中をばしっと叩く。
「雨依があなたを嫌うのは分かるけど、あなたが雨依を遠ざけてどうするの」
魔法界の権威と呼ばれていた雨依くんは、いつも独りでいたのかもしれないと勝手に思うのは余計な心配だったかもしれない。
「頭がいい人たちって、本当に嫌になっちゃう」
嫌になると口にする雨依くんのお母さんだけど、それは心の底から湧き上がる気持ちではない。
雨依くんのお母さんは、家族みんなのことを優しく温かく支えてきてくれた。
そんなことが窺える口調で話をされていくから、雨依くんのお母さんは本当に人として凄い方だと思う。
「雨依は……みなさんを嫌っていないと思います」
気まずい雰囲気なんてものは、この場には一切存在しない。
お茶の味を、美味しいと感じられる。
お茶会という場に相応しい空気を運んできてくれたのは、ここまで言葉を挟むことなく会話の流れを見守っていた遥叶だった。
「魔法馬鹿なだけです」
遥叶が笑いながら、雨依くんのことを語る。
そんな姿が新鮮に見えるけれど、これは遥叶にとってのいつも。
遥叶と雨依くんは親しかったんだってことが伝わってくる。
「この人もね、新しい技術馬鹿なの」
「似た者同士ですね」
「絶対仲良くなれるのに、この人が雨依に歩み寄ってくれないからー」
「だって、僕は絶対に雨依くんに嫌われる立場で……」
どうして、魔法と呼ばれている魔法が失われていくのかは分からない。
けれど、魔法が滅びることで世界は変わり始めているということ。
「家族になりたい気持ち、あるんでしょ?」
「それはもちろんだよ!」
この言葉を受けて、私は一つの事実に気づく。
「雨依は、二人の子どもじゃないよ」
遥叶が耳元でこそっと、私に真実を告げる。
「雨依も、俺たちと同じで親がいない。育児放棄された子どもってこと」
ときどき感じていた、よそよそしさの原因。
それを教えてくれたのは、雨依くんの家を初めて訪れたはずの遥叶だった。
「夜舞病棟は、ちゃんと児童養護施設だったよ」
私が思っていた以上に、雨依くんを支えてくれていた人は大勢いた。
雨依くんを孤独にさせないために、雨依くんのことを想っている人が多くいることに私は気づくことができた。




