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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第5章「夜舞病棟の〈外〉で生きていく」
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第10話「愛を注ぐ」

「今日だけは、弱っている羽乃架(はのか)につけこませて?」


 私に有り余るほどの幸せをくれる大切な人。

 遠くから、雨依(うい)くんの幸せを支えることができるだけで十分だったはずなのに。


「あ、でも、もう食べたくないなら話は別……」

「食べさせてください……」


 私が、雨依くんのことを幸せにしたいと願ってしまう。


「うん、口開いて」


 そんな願いを膨らませないための主従関係だったのに、私たちの関係は先へと進み始める。


「羽乃架の体調が落ち着いたら、三人で出かけようか」

「三人……?」

遥叶(はると)を含めて」


 感傷的になってしまった私の気持ちを察するかのように、雨依くんは私に思いがけない誘いを提供してくれる。


(記憶を消したことが、雨依くんの良い思い出になるわけがない……)


 お風呂に入る許可が下りた私は、ようやく体を綺麗にすることができた。

 心がときめくような石鹼の香りに包まれながら、私は湯冷めしないように急いで自分の部屋へと足を急がせた。


「うわぁぁぁぁぁぁ」


 自分の部屋に向かう途中、聞き慣れない男性の悲鳴が響き渡った。


「あれ、羽乃架(はのか)

「遥叶……」


 男性の悲鳴を聞きつけたのは私だけではなくて、遥叶も客間から声の主へと会いに来たらしい。

 廊下で鉢合わせた私たちは、一緒に悲鳴の正体を探しに行くことになった。


「大丈夫ですか」


 遥叶と一緒に声の主を探しに行くと、曲がり角の先で大慌てしている様子の男性を発見した。

 男性の周りには、誰かへの贈り物のような見た目で装飾された箱が数えきれないほど散在していた。


「大丈夫ですか」

「ああ、すまないね」


 遥叶が男性に話しかけると、男性は散らばった箱が私たちの邪魔にならないように急いで箱をかき集める。


「今日は雨依くんの大切なお客様が来ていると聞いて……」

「あ~な~た~」


 私と遥叶が男性のお手伝いをしようとすると、雨依くんのお母さんが聞いたこともない低音で言葉を発しながら現れた。


「あなた! お客様じゃなくて、娘! 羽乃架ちゃん!」

「いや、あの、僕はただ、初めて会う娘を喜ばせたいと思って……」

「え、え、あ、え!?」

「隣にいるのは遥叶くん! 夜舞病棟での幼なじみ!」


 身体が冷えないように、雨依くんのお母さんは私にカーディガンを羽織らせてくれた。

 そして、雨依くんのお母さんの提案で私たちはお茶会をしようという流れに。


「羽乃架ちゃん、寒くない?」

「大丈夫です、ありがとうございます」


 暦の上では、まだ夏。

 けれど、太陽の高さが真夏の頃とは違って見える。

 こちらの季節は秋へと進み始めていて、夜舞(よまい)病棟がある土地は次第に春を迎える。

 私が雨依くんと再会してから、時が早く流れていることを実感する。


「本当にごめんなさい、羽乃架ちゃんに遥叶くん」


 グラスに紅茶が注がれる際に、太陽の光も紛れ込んだように見えた。

 それだけ用意してもらったグラスが太陽の光を浴びて、きらきらとした輝きを私たちに魅せてくれる。


「この人、センスの欠片が微塵もないのに贈り物なんて買ってくるから……」

「だって、初めて娘に会うんだよ!? 喜んでもらいたいじゃないか……」

「あなたが贈り物を買ったところで、羽乃架ちゃんも遥叶くんも喜びません」

「うっ……」


 雨依くんのお母さんは、今日も煌びやかに美しい。

 どこに行っても、誰に会っても恥じることのない装いに格好良さを感じる。

 一方で私の目の前に座る男性……恐らく雨依くんのお父さんは、貧しそうで見劣りする外見が印象的だった。


「こんなにも多くの贈り物を私たちに……ありがとうございます」

「羽乃架ちゃんも遥叶くんも、中を開けて驚かないでね」

「そんな風に言わなくてもいいじゃないか……」


 廊下に散らばっていた贈り物の数々は、雨依くんのお父さんが私と遥叶に贈るために用意してくれたものだと聞かされた。


「息子たちに、ある程度の美的センスを仕込んだのは私ですからね!」

「うう……」


 私たちのことを歓迎してくれているのが伝わってきて嬉しいと思うのに、雨依くんのお母さんは旦那様を叱りつけてしまう。


「あの……本当に嬉しいです」

「羽乃架さんっ!」

「羽乃架ちゃん、冷静に考えて?」

「え?」

「包み紙を選ぶのも、リボンを選ぶのも店員さん」


 雨依くんのお父さんは残念な表情を浮かべているのに、私と雨依くんのお母さんのお話は軽快に進んでいく。

 雨依くんのお父さんには申し訳ないけど、まるで正反対の空気を感じることを楽しいと思ってしまう。


「羽乃架さんは、いつも雨依くんに食事を運んでくれているんだってね。ありがとう」


 雨依くん?

 雨依くんのお父さんは、息子である雨依くんを遠ざけるような呼び方をされた。


「僕にできないことをやってくれているお礼だと思って、遠慮なく受け取ってもらえたら……」


 突然生まれた違和感。

 自分の子どもに対して()()という敬称をつけることに違和感を抱いたのかと思ったけれど、そういうご家庭も世の中を探せば存在する。

 だったら、私が違和感を抱いた理由が分からない。


「あの子もねー、羽乃架ちゃんが来る前はちゃんと食べていたのよ?」

「え……あ、雨依さ……雨依くん……放っておくと、何も食べない……」

「身体を壊している暇なんてないって言って、驚くほどきちんとした生活を送っていたの」


 敬称を言い間違えそうになったけれど、雨依くんのことを様付けで呼んでいることを気づかれずに済んだ。

 でも、雨依くんのご両親の前でやらかしそうになっている時点で、記憶が戻り始めていることが雨依くんにばれるのも時間の問題かもしれない。

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