表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第5章「夜舞病棟の〈外〉で生きていく」
34/52

第4話「透明に揺れる」

「私は……誰かを殺めたわけではない……ということですか?」

「そんな物騒なこと、起きるわけがないよ!」


 男子生徒たちと私の間には結構な距離があるくらい広い部屋なのに、三人は私の小さな声を正しく拾ってくれる。

 そして、私の耳に届く声の大きさで真相を伝え続けてくれる。

 私が誰か見知らぬ他人を巻き込んだのではないってことを、彼らは必死に伝えてくれる。


「あの、そもそも黒魔術ってもの自体が現代には残されていなくて……」

「解剖が許可を得てやっていたことだけど、怖いこととか不安にさせるようなことは何一つありません!」


 なるべく大きく息を吸い込んで、なるべく大きく吐き出したい。

 そうすることで落ち着きを取り戻したいけれど、呼吸がまだ浅い。

 そんな私を見かねて、雨依くんは私の背をゆっくりとした手つきで擦ってくれる。


「彼らは羽乃架(はのか)さんを恐怖に陥れてしまったけど、羽乃架さんを救出してくれたのも彼らだったんだ」


 私が意識を失う直前で、部屋に積まれていた木箱の山を崩してしまった。

 その際に大きな音が響いたこともあって、隣の部屋にいた彼らは私が閉じ込められていたことに気がついた。


「はぁ、はぁ……」


 生きていくには、呼吸をしなければいけない。

 それなのに、今の私は滑稽なくらい正常な呼吸ができていない。

 それでも、どんなにかすれた声だとしても、私を助けてくれた人たちに伝えたい言葉が私にはある。


「ぁ……、は、はぁ……」


 幸せになろうと歩み始めたのは、いけないこと。

 |人を殺す可能性を持つ子《私》が幸せになろうとしたから、罰が下ったのだと思っていた。

 お母さんが言っていたことはすべてが本当で、私は他人を幸せにできない。

 そう思い込んでいた。


「ありがとう……ございました……」


 混乱した意識の中で、人を殺めてもいないのに人を殺めたという混乱が生じた。

 その錯覚を解いてくれた人たちがいて、私は人を殺めていないという事実を教えてくれる人たちがいて、私はようやく救われたような気がした。


暁耶(あきや)


 溢れ出そうになる涙を拭い、もう誰にも心配をかけないように気持ちを強く持とうとしたときのことだった。


「黒魔術研究部が自分たちを責め過ぎないように、配慮してほしい」


 雨依(うい)くんの声が、いつもより低い。

 怒りの感情を含んだ声だけど、それは黒魔術研究部の人たちに向けられたものではない。

 雨依くんが責めているのは自分自身だということが、雨依くんの表情から伝わってくる。


「雨依、君もだよ」


 暁耶様は雨依くんに一言残して、部屋を出るよう黒魔術研究部の人たちを促していく。

 部屋を出る際、暁耶様だけでなく永遠(とわ)様と黒魔術研究部の人たちに体と心を気遣う言葉をかけてもらった。


遥叶(はると)


 雨依くんが、遥叶のことを呼び捨てする。

 それは、二人の関係が深いことを示す。

 そして、私が思い出した記憶が本物であることを証明してくれる。


「なんで、羽乃架を怖がらせるようなこと……」

「…………」


 私だけが、雨依くんのことを忘れていた。

 遥叶も、夜舞(よまい)病棟のみんなも、雨依くんのことを覚えていた。


「遥叶が動かなくても、羽乃架の記憶は自然と戻るのに……」


 そんな不思議な現象が起きた理由は、恐らく一つ。


「魔法は……そのうち滅びゆく力なんだよ……」


 私は、魔法の力で記憶を消された。

 私だけが魔法の力で、雨依くんとの思い出を消されてしまった。

 私だけが雨依くんのことを忘れていたのは、それが理由。


「雨依様……」 


 かすれた声で、ご主人様の名前を呼ぶ。

 可愛くもなんともない声で主様の名を呼ぶなんて、みっともない。

 それでも私は、懸命に声を出す。


「帰りたいです……」


 私は、雨依くんと過ごした日々をすべて思い出したわけではない。

 部屋に閉じ込められただけでは、そう簡単に魔法は解けないということ。

 中途半端に戻った記憶を辿って、私が行き着いた感情は……。


「あ……ごめん、気が回らなくて……今、夜舞病棟に帰る手配を……」


 雨依くんにも、遥叶にも、笑顔でいてほしい。

 二人が、また元のように素敵な表情で笑ってくれるなら、私はどんな嘘でも吐き通す。


「雨依様の家に、帰りたいです」


 雨依くんの前では、記憶が戻っていないという演技を貫く。

 すべての記憶が戻っていないことを利用して、私は私なりに大切な人を笑顔にする方法を探す。

 きっとこれが、今の私にできる最善の行動。


「俺は……」

「遥叶、君も招待させてもらうよ」

「…………ありがとう」


 雨依くんと遥叶が知り合いだという記憶は、私にはない。

 けれど、丁寧な喋り方をやめた二人は、間違いなく夜舞病棟で一緒に育った仲だということ。

 二人はずっと、私の記憶から雨依くんという存在が消えたことを知りながらが生きてきたということ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ