第1話「恋心」
真っ白な雪が、灰色の空から降り続ける。
もう何日も、青い空を見ていない。
どんなに空の蒼を見たいと思ったところで、空は晴れの色を描いてくれない。
「っ痛! やったなー」
「あはははっ、ほら、こっちまでおいでー」
夜舞病棟で暮らす子どもたちが、雪合戦を楽しんでいる声が遠くの方で聞こえる。
(楽しそう……)
これだけ毎日雪が降り積もれば、とても盛り上がった雪合戦ができるに違いない。
自分がどうすれば楽しくなるのかを知っているのに、私はみんなの輪の中に入る勇気がない。
一緒に楽しいという感情を共有することが、怖い。
「雪合戦は嫌い?」
こんなにも優しい声を、私にかけてくれる人がいることに驚いた。
驚いたけれど、声の主と話をしたくなかった私は黙々と手を動かした。
「俺も一緒に作ろうかな」
夜舞病棟の裏手で、私は小さな雪だるまを何体も作っていた。
夜舞病棟で暮らすみんなの分と、夜舞病棟で働いてくれている人たちの分。
雪が止むまでに、全員の分を作り上げたい。
そんな想いで、寒さに震えて真っ赤に染まる指を懸命に動かし続ける。
「ひとりで作るから……」
せっかくの申し出を断る。
私に、関わらないで。
私と関わると、あなたはいつか私が殺してしまうかもしれないから。
「夜舞病棟って、雪がかなり降るんだよね」
頭上から、優しい声が降りてくる。
でも、話し方は、どこか含みを感じさせる。
彼は、私に何かを伝えようとしている。
「一人で雪だるまを作っていると、雪で埋もれて誰にも見つけてもらえなくなるよ」
優しいのか、意地悪なのか。
意地悪なことを言ってくるのに、この人の声も表情も凄く優しい。
独りで過ごすことが当たり前だった私の世界が、とても穏やかな空気に包まれ始める。
「二人で一緒にいれば、誰かに見つけてもらえるかもしれない」
この日このあと、私は雨依くんと初めて言葉を交わす。
一方的に言葉を投げ合うだけだった関係が、言葉を交わし合えるようになる。
この日をきっかけに、私の恋心は動き始めていたのかもしれない。
「羽乃架ー、入るよ」
これは、別の日の思い出。
別の日の、記憶。
「そんな熱心になって、何を読んでいるの?」
「……魔法に関する本」
夜舞病棟の図書室に閉じこもって、朝から晩まで本に夢中になっていた私。
朝ご飯を食べ終わった後に姿が見えなくなった私を、雨依くんは図書室まで迎えに来てくれた。
「面白くないでしょ?」
本の感想を何も伝えていないにも関わらず、雨依くんは私の考えていることを言い当ててくる。
魔法使いでもなんでもない私には、理解できないことが多すぎる書物たち。
積み上げられた書物に埋もれそうになっている私は、そんな書物の陰を利用して顔を隠す。
「大丈夫……」
面白くないよねという言葉に、大丈夫と返すのは違和感がある。
けれど、このあと多分、雨依くんは魔法関連の書物を私から取り上げてしまう。
だから、ほんの僅かな抵抗を示すための大丈夫。
私は、手元にある書物を守りたい。
「羽乃架には、こういう本の方が読みやすいと思うよ」
知識のない人間には相応しくない本の数々を没収されると思っていたら、雨依くんは私のために別の本を数冊持ってきてくれた。
「でも……これ……物語は……勉強にならない……」
幼い子でも読むことができそうな童話や、私くらいの年齢の人が楽しむことができそうな小説を雨依くんは紹介してくれる。
魔法を題材にした物語なら、私の大丈夫を叶えることができる。
そんな雨依くんの優しさが物語に込められていると気づくけど、私がやりたいのは魔法の勉強だってことを雨依くんに訴える。
「雨依くんが生きる世界のこと……少しでも知りたかったから……」
世界から滅びつつある魔法。
雨依くんは、そんな未知なる不思議な力を使うことのできる魔法使いだと話をしている人たちがいた。
こんなにも私に優しくしてくれる雨依くんを、一気に遠くの存在へと感じた瞬間でもあった。
「雨依くんに会いに、国から偉い人たちが来たときに……」
「うん」
遠くの世界にいる雨依くんを遠くの世界に追いやってしまうのではなく、私が雨依くんに追いつきたいと思った。
「夜舞病棟の子は教養がないって言われたら、雨依くんに迷惑をかけちゃうから……」
頭に手を置かれる。
もう頑張らなくてもいいよっていう雨依くんの合図だと思い込んでいたら、雨依くんは私の頭をとても優しい加減で撫でてくる。
「雨依くん……?」
「確かに俺は魔法を使うことができるけど、魔法を使えたところで羽乃架が笑ってくれないのは辛い」
私は、笑わないよ?
人を殺す可能性がある子が、楽しさや喜びを感じてはいけない。
そう言い聞かせ続けている私が笑うことはないはずなのに、雨依くんは何を言っているんだろう。
「……笑ったことないって思ってる?」
雨依くんと視線が交わると、雨依くんは私の頭を撫でてくれていた手を止める。
「雨依くんは……心を読む魔法が使えるの……?」
「ううん、使えない」
雨依くんの温もりが頭から離れていったことに寂しさを感じたけれど、私は素直に寂しいと言葉にすることができなかった。
「俺が羽乃架の心に敏感なのは……」
また、記憶が飛ぶ。
私が見ているものは夢。
夢の中で、雨依くんとの思い出を追いかけている。




