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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第4章「国立魔法学院」
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第10話「いつかの、さようなら(2)」

「はぁ、はぁ……」


 乱れそうになった呼吸を落ち着かせる。

 ここに、怖いものは何もない。

 落ち着いて部屋を見渡せば、冷気のようなものを感じた原因が分かるはず。


「はぁ……」


 木箱から立ち上がって、部屋の温度が下がっている理由を探す。

 けれど、この部屋には部屋の温度を下げるための氷魔法の仕掛けは見当たらない。


(でも、寒くなってきているのは本当……)


 私が部屋に仕掛けてある何かに触れてしまって、魔法のような不思議な力が働いてしまったのかもしれない。

 そんな発想が浮かんできたところで、何か怪しい物を見つけられるわけでもない。


(外の風……?)


 夜舞(よまい)病棟がある地域の気候は冬でも、私が今いる場所の気候は夏。

 魔法を使うことのできない人たちが暑さを和らげるには、氷魔法を効かせるのが一番だと思った。


(隣の部屋に人がいる……?)


 出入り口の扉は、叩いても音すら鳴らなさそうな素材でできていた。

 けれど、壁は壁。

 特殊な素材が使われているわけがないと思って、試しに壁をとんとんと叩いてみた。けれど、その壁は音を吸収する素材で造られているらしくて、壁を叩いて助けを求めることも難しそうだった。


「はぁ……」


 何か罪を犯した人を閉じ込めておくには、部屋の造りに脆さを感じる。

 けれど、何か悪いことをした人を閉じ込めておくには意外とぴったりの部屋のような気もした。

 反省するまで出られないという言葉が相応しい部屋に、私は再び溜め息を零す。


(私が悪いことをしたのなら、直接言ってくれればいいのに……)


 それができないから、こんな事態に陥った。

 遥叶(はると)も遥叶なりに理由があったと遥叶のことを考えてみるけれど、理由も話さずに人を部屋に閉じ込めるのは明らかに良くない。

 遥叶のことを想いたいけれど、遥叶のやったことは決して肯定できるものではない。


(また、木箱に座って休もう……)


 体を包むことのできる布のような物があれば助かるけれど、その布を見つけることができない。

 中途半端に暗いことと、勝手にはこの中身を確認していいかも分からないことから、木箱の中を漁って体を包み込む大きさの布を探すこともできない。


(……風邪、引いちゃいそう……)


 指を擦ったり、自身の身を守るように縮こまろうと試みてはいるけれど、少しも体温が上がってくる気配がない。


「はぁ……」


 さすがに凍死するような寒さではないけれど、体が寒さを訴えてくる。

 体を休めていた木箱まで数歩でしかないのに、その一歩一歩進めていくのに多大な体力を使っている。


(吐き出す息も冷たい……)


 自分の体を温める術を失いかけていることに絶望感を抱き始める。

 絶望的な感覚は私の注意力というものを削ぐことに繋がるらしく、木箱に向かいつつあった私は何かに足を滑らせてしまう。


「っ」


 ぐちゃりという鈍い低音を聞き取り、部屋に何かしらの液体が零れていたことに気づく。


「はぁ……」


 部屋に撒かれていた液体で、制服を汚してしまった。

 学生の夢と憧れが詰め込まれた洋服が、穢れていく。

 転んでしまったから、仕方がない?

 そもそも転ばないように注意して歩けば、こんなことにはならなかった。


「ごめんなさい……」


 穢れていく。

 穢れていく。

 何色に?

 その色すら、確かめられない。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 手も、腕も、体全部が穢れていく。

 何色なのか見えてこない色に、私は穢されていく。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 手に付着したものを、自身の目で確認する。

 かすかな光は、自分が足を滑らせる原因となった物の正体を教えてくれるかもしれない。

 そう思って、自分の瞳に手を近づける。


「ごめ……なさ……」


 制服を穢した正体は、血液。

 全身が血に塗れていたと自覚することで、私は思い出したくない言葉を思い出してしまった。


『あなたは……』


 服に付いた血液を何度も何度も拭うけれど、血液は布地に広がっていく一方。

 広がってしまった穢れが、これ以上溢れていかないように。

 そう願いを込めながら服を擦るけれど、服が綺麗になる気配は一向にない。


『人を殺す可能性があるの』


 自分が、血の海に身を置いていることに気がついた。


「ごめんなさい……ごめん……い……」


 この部屋には、誰かのご遺体が隠されていたのかもしれない。

 私は、そのご遺体の血に塗れているということ。


「はぁ、はぁ、ぁ」


 人から、こんなにも多くの血液が流れ出ることを初めて知った。

 こんなにも大量の血液が流れ出してしまったら、この血液の主は絶対に助からない。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 本当に、私は人を殺していませんか?

 この部屋に隠されているご遺体は、本当は私が殺めてしまったものではないですか?


雨依(うい)くん……雨依くん……」


 私は、育ての母の言う通り。

 人を殺めてしまったのかもしれない。

 思考と記憶が、ぐちゃぐちゃになっていく。


「はぁ……はぁ……」


 この部屋に閉じ込められてから、本当に私は何もしていない?

 何か、悪いことをしてしまった?

 正しい記憶と思い込みが混ざり始める。


「雨依くん……雨依くんっ……!」


 傍にあった木箱を利用して立ち上がろうとしたけれど、不安定に積み上げられていた木箱は私を支えてはくれなかった。

 私の体は血の海に投げ出されて、木箱たちは大きな音を立てながら崩れていった。

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