第9話「いつかの、さようなら」
「遥叶……」
「怖い?」
「…………ううん」
そこで肯定していれば、遥叶は足を止めてくれたのか。
それは分からないけれど、遥叶に私を連れていきたい場所があるのなら、その場所まで頑張って歩きたいと思った。
「ごめん、羽乃架」
私は遥叶に思い切り腕を引っ張られ、遥叶の思いがけない行動に私の足は付いて行くことができなくなった。
正常に足を動かすことができなくなった私はバランスを崩して、遥叶に導かれるがまま近くにあった部屋へと押し込められる。
「遥……」
遥叶の名前を呼び終わる前に、部屋の扉は塞がれた。
何が起きたのかもよく分からないうちに、私が押し込められた部屋は外の光を取り込むことができなくなった。
扉が完全に閉まった。
隙間もないほど、きっちりと部屋の出入り口は封鎖されてしまった。
「遥……」
部屋に押し込められた際に、体を打ちつけてしまった。
体が痛みを訴えているような気もするけれど、今は自分の体を気にしている場合ではないって分かっている。
「遥叶……遥叶は、そこにいるんだよね……」
扉を叩く。
弱い力で。
「いるよ」
私たちは、一緒に同じ部屋にいるわけじゃない。
真っ暗な部屋に、私は独り。
太陽の光が差し込む外の世界に、遥叶は独り。
「乱暴に扱って、ごめん……」
そんなこと、どうでもいいよ。
人の体は意外と丈夫にできているから。
遥叶のせいで、私は壊れたりなんかしない。
そう伝えたいのに、声が出し辛くなってくる。
「もうすぐで、魔法はちゃんと解けるから……」
見知らぬ部屋に閉じ込められた意味すら分からないのに、遥叶から返ってくるのはもっと意味が分からない言葉の数々。
「今度はちゃんと、幸せになれるよ」
その言葉を最後に、遥叶から言葉が発せられることはなくなった。
扉の向こう側に、遥叶はいない。
鍵のかかった扉を開けてくれる人は、いなくなってしまった。
「…………」
部屋に閉じ込められたと分かると、私は落ち着いて部屋の様子を確認する。
どうして遥叶が私を部屋に閉じ込める必要があったのかとか考えるべきことはあるけれど、その理由は考えても仕方がないこと。
遥叶から直接聞かないと分からないことに思考を向けるよりは、部屋から出る方法を見つける方が先だと思った。
「声は出しても無駄……」
頭がいい遥叶のことだから、人が滅多に通りかからない環境を選んでいるはず。
部屋の外にいる遥叶と会話することは可能だったけど、私が大声を上げたところで人が都合よく通りかかってくれるとは限らない。
(暗いところが苦手じゃなくて良かった……)
夜舞病棟でよくかくれんぼをしていたこともあって、暗闇に対する恐怖や不安は感じない。
そもそも部屋の出入り口は光が漏れ出ないほど隙間なく頑丈な扉で覆われているけれど、部屋を構成している壁は古めかしくて脆い。
隣の部屋は陽が差し込む造りになっているせいなのか、私は隣の部屋から漏れ出す光を頼りに行動することができている。
(完全に暗闇じゃないのは、遥叶の気遣いなのかな……)
短時間で、私を閉じ込める場所を見つけなければいけない。
だから、壁の隙間から光が漏れ出るなんて単に気づかなかっただけかもしれない。
どちらにしても、光が差し込む……差し込むほどの量ではないけれど、光が差し込んでくることに感謝の気持ちは尽きない。
「はぁ」
私が閉じ込められた部屋には、木箱や紙製の箱が数えきれないほど置かれている。
ここが物置として使われている部屋なら、いつか誰かが私のことを助けに来てくれるかもしれない。
そんな期待が生まれてはくるものの、このまま誰も助けに来なかったら行方不明扱いになってしまうという絶望がないわけではない。
「遥叶……」
丈夫そうな木箱を探して、その木箱の上に腰かけさせてもらう。
薄明かりとも呼ぶことのできない心もとない光を見ながら、あと数時間で陽が暮れるということが想像できる。
太陽が沈んでしまったら、この部屋を灯す光は何もなくなってしまう。
(暗闇は怖くない……けど……)
陽が暮れるまで私が見つからないなんてことになって、誰かに心配をかける事態を自ら招くことになるのは凄く嫌だと思った。
「…………」
遥叶が私に恐怖や不安を与えたいのなら、そもそも暗闇に閉じ込めるという発想自体が間違っている。
夜舞病棟の子どもたちは、かくれんぼでよく薄暗い部屋に身を隠すのが好きだった。私もその一人で、私が暗闇に慣れていることを遥叶は絶対に知っている。
(薄暗い部屋……)
誰かに、見つからないように。
誰かに見つかってしまったら、かくれんぼは終わってしまう。
楽しいかくれんぼを終わらせたくなくて、私や子どもたちは人気の少ない部屋を探しては隠れ込んで……。
(見つけてほしくなかった……)
誰に?
かくれんぼで、鬼の役割を負っていた子どもに。
それはそうだけど、記憶と心に何かが引っかかり始める。
「…………っ」
過去のことを思い出そうとしたせいか、自分の体温が急激に下がるような感覚に襲われた。




