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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第4章「国立魔法学院」
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第8話「逃げたくない気持ちを、誰かに支えてもらえるのは」

雨依(うい)様! そんなところで屈んだら、雨依様が汚れて……」


 私は椅子に腰をかけているのに、雨依様は片膝を床につけて屈んでいる状態。

 誰かに見られることで雨依様の品格は下がってしまうし、何より雨依様を穢したくないって想いもある。

 ご主人様には、いつも私を見下ろしていてほしかった。

 私を見上げるような視線を向けてほしくないって思うのに、雨依様は私を見つめることをやめてくれない。


「嫉妬してくれたって……そんな風に自惚れてもいいかな」


 自分でも、なんとなく気づいていた。

 けれど、この感情の名前に気づきたくなくて、気づかないフリをしていた。


「……違います」


 私が抱いている感情の名前は、嫉妬。

 私の知らない雨依様の表情を知っている雨依様のご友人に、私は嫉妬をした。


「雨依様の世界が広がることを、私は邪魔したくありません」


 これは、嫉妬ではない。

 そう必死に訴えるけれど、雨依様の表情は綻んでいく一方。


「雨依様には、多くの方と交友を深められてほしいと思っていて……」


 手に込めていた力が、だんだんと抜けていく。

 これ以上何を握るつもりなのかと問いただしたくなるくらい力の入っていた手を、緩めてもいいのだと雨依様に優しく促されていく。


「……家族を奪われたように感じたのかもしれません」


 これ以上、雨依様を困らせたくない。

 そう思った私は、また雨依様に向けて嘘を吐く。

 この嘘なら、最後まで吐き通すことができる。

 そんな可笑しな確信を胸に秘めて、私は家族という関係性を利用していく。


「これは家族としての嫉妬、ですよね」


 だって、そうじゃなければ説明できない。

 ご主人様(雨依様)は、私の面倒を見てくださる人。

 私が雨依様に対して、家族以上の感情を抱くはずがない。


「次に雨依様のお話を伺うときには、家族として雨依様の幸せを見守ることができるように努力しますね」


 私の名前が、呼び捨てされる。

 それを拒んだ私はすかさず言葉を挟もうとしたけど、上手くいかなかった。


羽乃架(はのか)……」

「失礼いたしました」


 私は一瞬、名前を呼び捨てにされてしまった。

 それを、嬉しいと感じてしまった。


(自分ばかりが新しい世界と巡り合って、成長していくなんて許されない)


 雨依様には、これからも多くの人たちと出会って、雨依様の世界を広げていってほしい。

 交友関係を広げていくことは、必ず雨依様の力になる。

 私が、雨依様の交友関係を阻害するようなこと、決してあってはいけない。


「っ」


 それなのに、雨依様が嬉しそうにご友人の話をされたときの表情を思い出す。

 雨依様の世界を狭めてはいけないって思えば思うほど、雨依様が私に見せてくれた笑顔が記憶に焼きついてしまって離れない。


(なんで、心が痛くなるの……)


 早く、早く、研究棟から立ち去りたい。

 心がぐちゃぐちゃになっていくのを感じ、足を速めていく。

 けれど、足を速めたところで、その防御策は一時しのぎにしかならない。

 家に帰れば、このまま雨依様の家族になれば、私は毎日雨依様と顔を合わせることになる。


(慣れなきゃいけない……)


 心が痛みを感じているなんて、気のせい。

 自分が人を殺す可能性があること以上に、怖いことは存在しない。

 そう思い込んで、やり過ごしていくしかない。


「………あ」


 研究棟の出入り口には、遥叶の姿があった。


遥叶(はると)、お待たせ」


 遥叶の背景に、真っ白な花びらが映り込む。

 ここら一帯に魔法樹はないはずなのに、風に運ばれてきた花びらは大切な幼なじみをより一層美しく引き立てていく。


「……羽乃架を連れていきたい場所があるんだけど」

「魔法樹の並木道?」

「あー……それは、またあとのお楽しみってことで」


 氷姫(ゆきひ)さんから昼食を受け取った際に遥叶が急いでいた理由は、このあと私が連れていかれる場所にあるのかもしれない。


(遥叶にも、楽しみがあったってことかな……)


 始まりは独りよがりなものだったかもしれないけれど、次第に遥叶と共有できるものが増えていくのはとても嬉しい。


「風が出てきたね」


 風に乗せられた純白の花びらたちは、これから一体どこに向かうのか。

 青い空を染めることを選ばずに、どこへ運ばれていくのか。

 そんな、想像することすら難しい疑問が頭の片隅を駆け抜けていく。

「…………」

「…………」


 私を連れていきたい場所がある。

 そう提案してくれた遥叶は、私のことを誘導していく。

 そして、私は遥叶の後を付いて行く。

 いちいち遥叶が私の言葉に返事をする必要はないけれど、遥叶の口数が減っているような気がする。


(魔法学院っていう特殊な環境が、私を不安にさせているのかな……)


 不安に思うことは何もないと知っていても、心のどこかで何かを不安に思っている。

 だから、遥叶の温もりが恋しくなってしまう。

 言葉を返してくれなかったことに、急激な寂しさを抱いてしまう。

 ただ、それだけのこと。


(……人気がなくなっていく……)


 遥叶が私をどこに連れていきたいかは分からないけれど、歩けば歩くほど人の数が減っている。

 賑やかな空気とは縁遠い場所に連れていかれているってことに、不安を感じないはずがなかった。


(文化祭が開催されているはずなのに、人とすれ違う機会が少なくなっていく……)


 人とすれ違わないことに、恐怖のような感情を抱き始めるまで時間はかからなかった。

 恐怖とは違うけれど、恐怖に近い感情に襲われ始める。

 だから、未来を向いた。

 余計なことを考えなくてもいいように、未来でやりたいことをたくさん考えた。

 それなのに、私は自分の中に生まれてくる不安をどうにもできなくなってしまった。


「遥叶、あの……」

「ほとんど人とすれ違わない場所もあるんだな」

「……そうだね」


 遥叶と考えていることは同じだったらしく、やっぱり私たちは人気のない方向へと足を進めている。

 途中で進入禁止の案内や看板はなかったはずだから、私たちは何か悪さを仕出かしているわけではない。

 そうは思っていても、賑やかな文化祭とは縁遠い場所を歩いていることに不安の感情が湧き上がってくる。

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