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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第4章「国立魔法学院」
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第6話「声を届ける」

「まったく君は、大切な彼女の存在にまで気づかないなんてね」


 雨依(うい)様の許可もなく部屋の中を覗かせてもらうと、研究室の中では何冊もの分厚い本が空中をお散歩するかのように行ったり来たり。

 来客である暁耶様と私が本に近づくと、本たちは人にぶつからないように配慮した動きを見せてくれる。


「姫、声をかけてもらえるかな」


 雨依様への遠慮も配慮もしない声の大きさで学生さんは私に話しかけてくださるのに、雨依様の視線は机に置かれている書物から一切動かない。

 ここまで夢中になるものの正体を知りたくなっても、魔法を使えない私では雨依様の研究内容を何も知ることができないと悟る。


「…………雨依、様」


 こんなにも小さな声が、雨依様に届くはずがない。

 そうは思っても、雨依様の研究を邪魔したくないという気持ちを消し去ることができなかった。


「もう大丈夫そうだね」


 惨めにも思える小さな声で雨依様の名前を呼んだ。

 決して雨依様の視線を私に向けることなんてできないと思ったのに、書物に注がれていたはずの視線が私の瞳と合わさった。


「ごゆっくり」


 物語に出てきそうな王子様のような美しい笑みを私の記憶に残して、私を助けてくれた学生さんは研究室から出て行こうとする。

 雨依様と一言も交わさなくていいのかと引き留めようとすると、学生さんは綺麗な笑みを崩すことなく研究室から去って行ってしまった。


「……雨依様」


 雨依様と二人きりになることに焦りの気持ちが湧き始めるけれど、相変わらず何冊かの本は命を持っているように動き回っている。


「申し訳ございません、勝手に入って来てしまって……」


 二人きりという言葉は正しいのに、本たちが宙をさ迷っているおかげでだんだんと凝り固まった緊張感が解れていく。


「雨依様?」


 いつも通りを心がけようと思う私に反して、雨依様はいつも通りには見えなかった。

 いつもの穏やかで柔らかい笑みを浮かべてくれることはなく、呆然とした様子で私のことを見てくる。


「あの……羽乃架(はのか)です」


 まるで私のことを忘れてしまったような瞳で見られることが悲しくて、私は自分の名前を名乗るという奇妙な行動をとってしまった。

 すると雨依様は、やっと我を取り戻したらしい。


「あ、ごめん! 分かってるよ! 羽乃架さんがいるっていうのは分かっているんだけど……」

「雨依様?」


 なぜか、お互いが謝り合う流れになってしまっている。

 私は雨依様の許可なく部屋に入った自覚があるが故に謝罪をしたけれど、雨依様が謝る理由も気を抜いてぼんやりとされていた理由も私にはよく分からない。


「この部屋に来客なんて、ほとんどいないから……その、驚いただけ」


 そう言って、雨依様は落ち着いた笑みを浮かべてくれた。

 私が大好きだと感じる優しい笑みで、私のことを迎え入れてくれた。


「雨依様と、お昼を食べようと思って……」


 雨依様の研究室を訪れる人は、やっぱりほとんどいないのだと知る。

 その事実は私の心を弱くしてしまいそうになるけれど、雨依様の元を訪れる人がいなのなら、私が雨依様に充実した時間を過ごしてもらえるように努力をすればいい。

 今日の私は、ほんの少し前向きだった。


遥叶(はると)くんと、お昼を食べるのかなって思っていたから」


 国が運営されている機関は、あまり設備にお金をかけないものだと思い込んでいた。

 けれど、魔法学院の来客用の椅子の座り心地は最高の品質だと感じた。

 雨依様の家に置かれている家具に引けを取らないのではないかと思ってしまうほど、座り心地がいい。


「せっかく魔法学院にお邪魔しているので、雨依様にお昼を届ける機会だと思って……」


 お仕事で雨依様が外に出る日、私を連れて行ってもらえる日もあればそうでない日もある。

 私が雨依様の傍にいれば一緒に食事することができても、居場所の分からない雨依様の食事を用意するのはどう考えても難しい。

 私から雨依様に食事を差し入れるのは、今日が初めてのことだった。


「私が一人で外に出られるようになったら、毎日でもお弁当を届けたいんですけど……」


 少しずつ。

 本当にゆっくりとした速度で、私は夜舞病棟と外の世界を学ばせてもらっている。

 国立魔法学院の校舎を一人で歩くことができたのも大きな進歩で、これならもうすぐで雨依様の食事の管理を任せてもらえるようになるかもしれない。


「少し待ってて」


 昼食の準備を整えるために、雨依様は本にかけらえた魔法を解いていく。

 宙に浮くことを楽しそうに感じていた本たちは、おとなしく書棚の中の自分たちの居場所へと戻っていった。


「いただきます」

「あ……私も、いただきます……」


 雨依様との食事時間は、相変わらず緊張の連続。

 そのうち慣れていくはずと思っていても、積み重ねていく経験はまだ私の心の役には立ってくれない。

 雨依様の前で口を開いて食べ物を含むことに、どうしてこんなに勇気が必要なのか訳が分からない。


「わざわざ尋ねてくれて、ありがとう」


 やっとの想いでパンを口に含んだのに、雨依様の口からは心が喜ぶ言葉を告げられる。


「俺の食事管理に気を取られて、文化祭を楽しめなかったとか……」

「私が……」

「ん?」

「私が、雨依様に会いたいと思って……ここまで来ました……」


 素直な気持ちは、ときどき相手の迷惑に繋がる。

 けれど、自分の気持ちだけは雨依様の知ってもらいたかった。

 雨依様に会いに来たのは義務でもなんでもないということを、雨依様に理解してもらいたかった。


「ありがとう」


 雨依様の笑顔を見られることが、私にとっての大きなご褒美。

 音を立てずにパンを咀嚼する難しさを感じながら、私は自己満足の行動から得られた幸せを噛み締めていく。


「あとで、さっきの赤髪の学生さんにも……お礼を……」

「ああ……彼は暁耶(あきや)って言って、この学園の生徒会長」

「生徒会長さん……」


 やっとの想いで軽食のパンを一口一口含んでいる私に対して、雨依様の食事は進んでいるみたいで良かった。

 私なんて、雨依様の笑顔を見るだけでお腹も胸もいっぱいになりそう。

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