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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第4章「国立魔法学院」
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第5話「塗れる心」

「……急がなきゃ」


 魔法樹の白い花びらが、ふわりと世界に混ざり込んでくる。

 空の蒼に白い色が溶け込んでいく姿を見ていると、なんだか心が締めつけられるように痛みだす。


(魔法が滅んだあと、魔法樹は枯れてしまうのかな……)


 雪が降る日に、青い空を見ることはできない。

 青い空に白を彩るためには、魔法樹の存在がなくてはならない。

 いつか魔法が滅びると同時に魔法樹が枯れてしまったら、この素晴らしすぎる景色には二度と会うことができなくなるかもしれない。

 それが自分の心を痛めつけている原因だと分かると、私の足は少しずつ速まっていく。


(早く……雨依(うい)様に会いたい……)


 雨依様が必要とされなくなる時代が来るかもしれない。

 もしもそんな日が訪れたら、それは雨依様にとって祝福すべきことなのか。悲しむべきことなのかは分からない。

 けれど、もしもそんな日が訪れてしまったとしたら、私は必ず雨依様の傍にいたいと思った。


(家族にはなれなくても……せめて遠くから想うことだけは許されたい……)


 この感情の名前は、なんていうのかな。

 私の中で、雨依様の存在が日に日に大きくなっていくのを感じる。


「ここが研究棟……」


 煉瓦造りの研究棟と呼ばれている建物に、立ち入りにくい雰囲気というものは感じられなかった。


(そんな風に感じるのは、私が国立魔法学院の学生じゃないからなのかな)


 むしろ外観にこだわって建築されたということが伝わってくるような造りで、この建物に足を踏み入れないこと自体がもったいないとすら思ってしまう。


(それなのに、雨依様に会いに来てくれる人はほとんどいない……)


 もちろん研究棟は、雨依様専用に与えられた場所ではない。

 国立魔法学院で教える立場にある人たちなら、誰もが研究室を用意してもらっていると伺ってはいる。

 けれど、雨依様以外の研究室を訪れる学生は大勢いるのに、雨依様だけが世界の外に置き去りにされているみたいに感じて寂しくなった。


「失礼いたします」


 研究棟の入り口には受付の方がいらしたけれど、いちいち誰に会いに来たかを報告する義務はないらしい。

 それでも私は受付の方に軽く会釈をして、研究棟にお邪魔する人間がいることを知らせてきた。


(雨依様の部屋……)


 さっきの挨拶は、完全なる自己満足。

 私が誰に用があって来たのかなんてこと、受付の人には分からない。

 それでも、雨依様の元を訪れる人はいるんだよってことを知ってほしい気持ちがあった。


「着いた」


 氷姫(ゆきひ)さんが書いてくれた地図に従って、雨依様の研究室に辿り着くことはできた。

 そこまでは予定通りに行動できたけど、そこからが問題だった。


「…………」


 誰かが研究室を訪れていますよと中にいる雨依様に知らせるために、扉をとんとんと軽く叩いた。

 扉を叩く音が小さすぎたと言われればそれまでだけど、中から雨依様の声が返ってこない。


「…………」


 中に誰もいないのかもしれないけれど、せめて持ってきた昼食を置いてから帰ろう。

 そう考えて、ドアノブに昼食を引っかけようとドアノブへと手をかける。


(……鍵がかかっていない……?)


 部屋を覗く気はまったくなかったけれど、部屋に入れる状態になっていることに驚いた。

 それは誰もが自由に雨依様の部屋を訪れてもいいということでもあり、恐らく部屋の中には雨依様がいるということでもある。


「っ」


 変に、緊張してきてしまった。

 部屋の中に誰もいないと思い込んで、私の思考は平常心というものを保ち続けてきた。

 それなのに、部屋の中に雨依様がいるかもしれないって分かっただけで、一気に心臓が平常心というものを保つことができなくなってしまった。


(返事がないのは、研究に没頭されている証拠……)


 魔法が関わってくると、我を忘れて研究に没頭される雨依様。

 私が持ってきた昼食を、単に部屋の中へ置いていくだけでは雨依様の視界にも入らないことは容易に想像できる。


(いつも通り、ご飯を一緒に食べましょうって声をかけるだけ……)


 雨依様とは、もう既に何度も食事という経験を積み重ねてきている。

 それなのに戸惑いや緊張が生まれてきてしまうのは、国立魔法学院という普段とは別の環境に立たされているからだと思う。


(雨依様の好きなもの、好きなこと……邪魔したくないから……)


 家ではできない、特別な研究をされている最中かもしれない。

 扉の向こうから返事がないということは、それだけ熱心に取り組まれているものがあるということ。


「おや、そこにいるのは夜舞(よまい)病棟の姫君では?」


 辺りは閑散としていたはず。

 それなのに、この方の声には気品と華やかさがあって、辺りが急に輝かしい雰囲気に包まれ始める。


「雨依に用事かな?」


 困っている人がいたら、迷うことなく助けを差し伸べる。

 それが、国立魔法学院の教えなのかもしれない。

 静寂が漂う研究棟でぽつんと佇むことしかできなかった私を無視して通り過ぎないでくれた、綺麗な赤髪が特徴的な学生さんの優しさに心から感謝したい。


「あの……返事がなくて……」

「ああ」


 今日初めて会う人たちばかりなのに、みなさんは私や遥叶(はると)にとても良くしてくれる。

 それは夜舞病棟からやって来た客だということが理由なのか、それともそんな情報がなくても優しさを振る舞うことのできる人たちばかりなのか。

 出すことのできない答えをどうしていいか分からずにいると、赤髪の学生さんは……。


「雨依ー、姫がいらしたよ」


 何も躊躇うことなく、雨依様の研究室の扉を開いた。


「え、あの!」

「中へどうぞ、お姫様」


 とても紳士的に私を招き入れてくれた学生さんの優しさは素直に受け取りたい。

 この優しさを受け取ることが、雨依様の喜びに繋がると理解できる。

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