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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第3章「夜舞病棟に戻って」
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第3話「あなたが幸せになれるのなら」

雨依(うい)様……怒って帰ったかもしれない……)


 大事な日に限って、私は仕出かしてしまう。

 遅刻をしたところで咎められることはないという甘えが生まれてきているのかもしれない。


(ちゃんと気を引き締めないと……)


 雨依様なら、雨依様たちなら、私を追い出すことはしないかもしれない。

 でも、より強く主従関係を意識するのなら甘えてはいられない。


(雨依様たちとの関係を続けるために、私は従う立場を選んだ……)


 約束の時間は既に過ぎ去っている。

 雨依様が客間で待機していると思えなかった私は、夜舞病棟をさ迷うしかないと心に決める。


「うわ~」

「綺麗~」


 人の数が減っている夜舞病棟で、誰かとすれ違うことはできない。

 そんな焦りに包まれそうになった私を救ってくれたのは、人の声だった。

 聴き馴染みのある、子どもたちの声だった。


「雨依くん、もっと! もっと!」

「ねえねえ、雨依くん」


 玄関ホールを抜けて、夜舞病棟の外に出た。


「雨依くんは、魔法使い様?」

「うーん、そんなに凄い魔法は使えないけどね」

「魔法使い様! 魔法使い様!」


 私を待っていた世界には、大きな虹が架けられていた。

 鮮やかな色彩と空の蒼が一体になっている世界に、眩しさすら感じてしまう。

 私を迎えてくれた世界を綺麗と言葉にするのは、あまりにも簡単。

 綺麗以上の感情が私の心に存在しているのに、世界の美しさを表現する言葉が見つからない。


「あ、羽乃架(はのか)ちゃん」

「おはよ~、羽乃架ちゃん」


 こんなにも美しい世界に巡り合う機会が、私にもあった。

 恵まれた感動に泣きそうになっていると、私は再び大好きな子どもたちの声に意識を引き戻された。


「羽乃架ちゃん、あのね!」

「雨依くんが、い~っぱい遊んでくれたの!」


 幼い子どもたちの中には、人見知りしやすい子もいる。

 そんな子どもたちが楽しそうに雨依様と接している様子を見て、雨依様の人柄や魔法への憧れが子どもたちの心を解きほぐしているのかもしれないと思った。


「図書室!」


 私もみんなの輪の中に入れてもらおうとすると、雨依様は突然大きな声を上げて私の足を制止させた。


「案内してもらえるかな」


 虹の端から端まで、はっきりと色が見えるくらい。

 それだけの鮮明さを持った虹を残して、雨依様は夜舞病棟の入り口で立ち止まっている私の元へと歩を進めてくる。


「虹の魔法は、そのうち……時間が経てば消えるようになっているから」


 雪が舞い散る冬の季節には、雨が降ることはほとんどない。

 こんなにも美しい虹と空を見る機会がないこともあって、雨依様が作り上げた魔法に心惹かれた。

 けれど、魔法は魔法。

 いつかは終わりを迎えてしまうものだと、雨依様は私に教えてくれる。


「よく眠れた?」


 まずは、謝罪の言葉。

 雨依様が夜舞(よまい)病棟を訪れる時間を伺っていたにも関わらず、私は約束の時間を守ることができなかった。

 雨依様を待たせてしまったことを謝りたかったのに、雨依様はそれすらもさせてくれない。


「……遅刻して、申し訳ございませんでした」

「うん、謝ることは確かに大事だけど……」


 謝る必要なんてないのにって気持ちを含んだ、優しい笑みを浮かべてくれた。


「俺にとっては、羽乃架さんが熟睡できたかってことの方が大事だから……気にしなくていいよ」


 そう言っても、羽乃架さんは気にすると思うけど。

 そんな言葉を付け加えられ、まさに自分は雨依様が言い当てた心境に陥っている。


「……雨依様。子どもたちの面倒を見てくれて、ありがとうございました」


 許してもらえたのなら、新しい話題を探さなければいけない。

 夜舞病棟の中を案内しながら、私は久しぶりに会った雨依様と言葉を交わす。

 私がどんな話を提供しても雨依様は楽しいフリをしてくれると想像できるけど、いつかはご主人様に気を遣わせないようにしたい。


「人見知りの子も混ざっていたんです」


 それなのに雨依様を慕うように寄って集っていた様子が、私にはとても新鮮に映った。


「不安や緊張を取り除きながら関わってくださったおかげで、子どもたちはとても充実した時間を過ごすことができたと思います」


 初対面の人を相手にして、雨依様をくん付けしていた子どもたちの勇気も凄いと思った。

 私は雨依様の家族になるのに、いつまで経っても様付けで雨依様のことを呼んでしまう。


「凄く仲のいい……本物の兄弟のように見えました」


 主従関係を意識して生きたいのなら、様付けも悪くはない。

 けれど、表向きは家族として日々を過ごさなければいけない。

 だから、早いうちに呼び方をなんとかしなければいけないと思ってはいても、未だ行動に移すことはできていない。


「私が眠っていた時間を使って、みんな……雨依様との距離を縮められていたんですね」


 いつまでも雨依様との距離を縮めることができない私に対して、子どもたちは感情の赴くままに行動ができていて凄く羨ましかった。


「ほんの少し、寂しくなってしまいました」


 勇気を出して生きていきたいと願う反面、人を殺す可能性というものをどうしたらいいのか分からない。

 私の世界が広がるということは、私が人を殺す可能性が高まるということ。

 いつか猟奇的な行動をとるようになってしまうんじゃないかっていう恐怖を、未だどう処理していいのか分からない。

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