第6話「ずっと平和がいいと願うことは罪でしょうか」
「学校に行きたいなら学費に使ってほしいし、お店を開きたいなら開業資金に使ってほしい」
通帳の軽さに比べて、私に課せられたお金の使い方というものはとても重い気がする。
「寄付したい場所や人が見つかったら、そのために使ってもいい。何か欲しい物があったり、どこか出かけたいところがあったときにも使ってほしい。まあ、もちろん無限にお金が湧いて出てくるわけではないんだけど……」
お金の単位や、買い物の仕方は知っている。
でも、知っているからといって、国からいただいたお金を正しく使うことができるかといったら別問題。
「……驚く額だよね」
「はい……」
想像以上の額に驚かされる。
国から支給されるお金ということは、それは国民の税を徴収するからこそ成立するお金。
そのお金を、どう有効活用するべきなのか。
私は、私はいつか、人を殺してしまったときの逃亡資金にしてしまわないか。
そんな不安が付きまとう。
「雨依様」
抱いている疑問を言葉にすることで、何かが変わってしまうかもしれない。
それでも、これだけの大金が子どもたち一人一人に送られているのだと思うと……尋ねずにはいられなかった。
「夜舞病棟で暮らす子どもたちは、国にどのような貢献をしたのでしょうか」
従うものが、主に疑問を呈することは許されないかもしれない。
でも、こういうときに家族という立場を利用して私は雨依様に尋ねる。
「鋭いね、って言葉で返すのは狡いかな」
何も疑問を抱かずに、お金を受け取ることが幸せな結末に繋がる。
直接言葉にしたわけではない。
けれど、雨依様の表情を見ていると、雨依様の気持ちが流れ込んでくるような不思議な気持ちになってくる。
「夜舞病棟は、国に大きく貢献した施設だったんだよ」
何か資料のようなものを取り出すのかもしれない。
鞄を手にした雨依様は、鞄の中から何かを探し出す素振りを見せた。
「その貢献活動が終わって、子どもたちには謝礼が送られることになった」
肝心なところを伏せながら、雨依様は話を続けていく。
雨依様は鞄の中から目的のものを見つけ出したらしくて、鞄の中で動かしていた手を止める。
「これは、俺から羽乃架さんへのお礼」
難しい資料を取り出して、質問への答えをくれるものだと思い込んでいた。
けれど、視界に映り込んできたのは綺麗な装飾が施された長方形の包み。
「事情を話さないことを気味悪いと思うなら、受け取る必要はない」
ラッピングに使用されている青いリボンに、触れたい。
私が好きな空の蒼とは別の色だけど、その青に触れてみたい。
でも、素直な感情に従って、求める青に触れることは許されるのか。許されないのか。
「事情を話してくださらないのは、私のためを想ってのこと……ですよね」
言い聞かせる。
疑問に答えをくれないということは、それ相応の事情が隠されているから。
「羽乃架さんを想ってなんて、かっこつけたことを言うつもりはないよ」
私が触れてはいけない事情だって言い聞かせている最中に、雨依様の声は急に弱くなった。
「自分を守るため」
この言葉は、私の目を見て言ってくれなかった。
私に向けた言葉じゃないってことが分かって、なんだろう。
それを、悲しいことだと思ってしまった。
「雨依様……」
悲しい想いを、抱かせるつもりはなかった。
悲しい表情を、させるつもりはなかった。
主様を率先して悲しませるような言葉選びは、従う者としてやってはいけないことだから。
「いただいても、よろしいですか」
主様を悲しませておきながら、贈り物まで強請ってしまう。
いつか人を殺してしまうというのは本当だということを、こういうやりとりの中で気づき始めてしまう。
「ありがとうございます」
包みを受け取るときに、雨依様の手がかすかに震えていた。
その震えを、もたらしたのは私。
だったら、その責任を取らなければいけない。
でも、だからこそ、雨依様に触れてはいけない。
そんな二つの想いを天秤にかけて、私は触れないことを選択した。
「私は夜舞病棟で……特別なことはしていないつもりだったんですけど……」
青を、解く。
贈り物の中身は私と出会うことを望んでいないかもしれないから、私は青いリボンを綺麗に折り畳んで時間を稼ぐ。
まだ、勇気が揃わない。
まだ、私が選択した尋ねるという行為に対する反省ができていない。
「羽乃架さん、わざわざ書店で難しい魔導書みたいなものを選んでいたから」
包装紙を開くことができない私を見かねて、雨依様は言葉をくれる。
主様に反乱した従う者に対して、咎めることも叱りつけることもない。
雨依様は出会ったときから、ずっとずっと私に対して優しい。
「読みやすいものを贈りたいなって思って」
その言葉を受けて、包装紙に包まれていた贈り物の中身と対面する決意を固める。
「さっき寄った書店で、こっそり用意しました」
雨依様が、お礼と言って手渡してくれた物。
「絵本を読むような年齢じゃないかもしれないけど、今はおとなの人でも絵本に触れることがあって……」
それは、世界で一番大好きな絵本だった。
魔法使い様が、魔法の力で世界中に幸せを贈るという内容の物語。
「気に入らない本だったら、寄付するとか……」
私は見栄を張って、賢そうに見える難しい書物を選んだ。
雨依様のご家族に恥じないような、程度の高い書物を選んだ。
本当は、本当に欲しかったものは、雨依様が贈ってくれた絵本。
図書館で探そうと思っていたのも、この絵本。
「雨依様は……やっぱり魔法使い様ですね」
この日、私のために用意された部屋に置かれている書棚に二冊の本が並んだ。
一冊は、見栄の塊。
「私が好きなもの、ご存じですから」
もう一冊は、私を想う気持ちの込められた絵本。




