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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第2章「夜舞病棟の〈外〉を知る」
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第4話「心を護ることを、勇気と呼びますか」

「お昼ご飯、たまには外で食べるのもいいかなと思って」


 連れてきてもらったのは、様々な年代の人たちが集う大きな公園。

 人がいるだけで、場が鮮やかな色で溢れかえっているような気がする。


「買い物の仕方は分かる?」

夜舞(よまい)病棟で習いました」

「うん、じゃあ俺と羽乃架(はのか)さんの分のお願いしようかな」

「……雨依(うい)様のご希望は?」

「羽乃架さんにお任せするよ」

「…………頑張ります」


 公園ではフードマーケットと呼ばれる催しが開催されていて、それぞれの店舗で軽食やお菓子といったものを販売している。


(これがマーケット……)


 その中でも、ひと際目を惹かれたのはクレープ屋さん。

 一枚一枚丁寧に焼かなければいけないことから、大勢の子どもたちが生活する夜舞病棟では縁のなかった食べ物。


「…………」


 お店の横には、どんな商品を取り扱っているかという大きな看板が置かれている。

 私はお客様の邪魔にならないように、看板へと目を向けるけれど……。


「羽乃架さん? 買い物の仕方、分からなかっ……」

「一緒に食べたいもの、選びませんか?」


 看板の中から、自分が何を食べたいのか見つけることができなかった。

 何を購入すればいいか考えることもできなかった私は、雨依様の元に戻ることを選択した。


(けど……)


 本当は、雨依様と一緒に買い物をしたかった。

 私も、雨依様も、食に関心のない者同士だったことを思い出したけれど。

 雨依様の喜びに繋がる経験を、一緒に選びたいと思った。


「疲れたね……」

「はい……」


 昼食用の食べ物を購入するだけで、とてつもなく長い時間を費やしてしまった気がする。

 公園のベンチに腰掛けながら、時計の針がどれくらい進んだか確認しようと時計を探す。


「人任せの人生って、人を駄目にするのかもしれない……」


 目的の時計が見当たらないために、私たちがどれだけの時間を消費してしまったかは分からない。

 様々なクレープの絵が描かれていた看板を二人で眺めている間に、多くのお客様がお店から立ち去ってしまったことだけは分かる。


「でも……」


 でも、空の蒼は消えてはいなかった。

 深い蒼色は、今も空という広大なキャンパスに色を残し続けている。


「とても贅沢な時間の過ごし方をしたような気がします」


 時間に余裕があるからこそ、できること。

 私の発言には、そういう意味合いもあった。

 けれど、雨依様と……世間から大切な存在として扱われている雨依様と、こういう贅沢な時間の使い方をできたことが何よりも嬉しかった。


「そう思ってもらえたのなら光栄だよ」

「ありがとうございます」


 雨依様と、私の、贅沢な時間の過ごし方は意味合いが違うと思う。

 でも、二人で納得し合いながら会話を進めていくのが、とても心地よく感じる。


「いただきます」


 食事前の、いただきますの言葉が同時に重なった。

 その際に雨依(うい)様が楽しそうに笑ってくれたのが嬉しくて、私も……ほんの少し。ほんの少しだけ、いつもよりもほんの少しだけ、喜びを表情に出してみようと思った。


(喜びなんて、感じたらいけないのに……)

 

 それを分かっているのに、雨依様に笑顔を向けてみたくなる。


(不思議な感覚……)


 夜舞病棟の外に出てからの私は、少し可笑しい。

 私の心境を表すなら、可笑しいという表現がしっくりくる。

 けれど、きっとこの可笑しいって感覚が変化なのかなって。

 夜舞病棟を出て、私は少しずつ変わり始めているのかもしれない。


(人を殺してしまう日が……近づいているのかな……)


 夜舞病棟の中の世界で留まっていれば、私は変わらないでいられたのかもしれない。

 でも、居心地のいい場所に留まることは許されなかった。

 だから私という存在に、変化がもたらされてしまう。


「食べる?」


 視界に、雨依様が口にしていたお食事系のクレープが映し出される。


「羽乃架さんのクレープ、クリームが多いから少し心配しちゃったんだけど……」


 ベンチに座っていたから、自然と雨依様と向かい合わなくていい状況ができあがった。

 特別言葉を交わさなくてもいい環境が整ってしまった私は、つい視線を下に……見えるはずのない地面の底まで到達してしまいそうなくらい下に向けてしまっていた。


「あ、もちろん、俺が口を付けていないところを食べてもらえれば……」


 自分の隣にいるのが、誰かってことを自覚しなければいけない。

 私の隣には、多くの人たちから尊敬の眼差しを向けられている方がいるってことを忘れてはいけない。


「羽乃架、さん?」

「え、あ……」


 独りで考えごとに浸ってしまっていた自分を省みて、私は視線を元の位置へと戻す。自分が本来見るべき世界へと視線を返すことができるように努めてみた。


「私が口を付けてしまったら、雨依様が食べられなくなってしまう……」

「嫌じゃなかったら、どうぞ」


 どうして、この人(雨依様)は私に優しさを与えてくれるのか。

 夜舞病棟で育った私を引き取ってくださるだけでも感謝の言葉が尽きないのに、雨依様は溢れんばかりの優しさで私を包み込んでくれる。


「雨依様も……良かったら」


 互いに差し出したクレープを口に含んで、それぞれの味を確かめ合う。


「雨依様のクレープの方が昼食らしいですね。塩味が、ちょうどいい……」

「ごめん……」


 何度か咀嚼して飲み込むと、なぜか雨依様からは『ごめん』という言葉を告げられてしまう。


「雨依さ……」

「恥ずかしすぎて……味、よく分からない……」


 空いている方の手で、雨依様は自身の顔を覆ってしまう。


「恥ずかしい……?」

「羽乃架さんは…………えっと、ごめん。俺が、意識し過ぎた」


 雨依様の表情を確かめられなくなったことに不安を抱きそうになったけど、雨依様から送られた言葉が私を我に返してくれ……。


「っ、ごめんなさい……!」


 考えごとに、夢中になりすぎた。

 その結果が、無意識。無自覚へと繋がった。

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