第3話「国が守りたい魔法」
「あ、そういえば蒼生様の妹ってことは……」
「魔法使いの権威と呼ばれている雨依様とも、ご家族ということなんですね」
三人は、三人との出会いは、私に知らないことをたくさん教えてくれる。
「雨依さ……んが、魔法使いの権威?」
雨依様を、様付けて呼びそうになったところを訂正する。
家族の間柄で、雨依様を様付けで呼んではいけない。
雨依様の恥になるような振る舞いをやってはいけないと自分に言い聞かせる。
「雨依様は、残り数少ない魔法使いとして大変有名ってこと」
「だね~」
雨依様が魔法を使うことができる時点で、雨依様が凄い人だということは分かっていた。
分かっていたつもりだけど……こうして雨依様以外の人から雨依様の話を聞くと、より一層、雨依様を遠い存在に感じてしまう。
(雨依様が、遠い……)
雨依様と、雨依様のご家族と、私。
家族ではなく、主従関係という設定を頭に叩き込んだ方が生きやすい。
そう思っていた。
(けど……)
頭に叩き込まなくても、最初から違う世界を生きる人だったと気づかされる。
雨依様と私の世界は、始めから交わることがなかったのだと気づかされる。
(良かった……)
湧き上がる安堵の気持ち。
雨依様とは未来永劫、家族という関係にはなれない。
雨依様は、やっぱり私にとってのご主人様。
私は、やっぱり雨依様に従う人だと自覚が生まれてくると……。
「っ」
鐘の音が、聞こえる。
美しい、鐘の音が。
「羽乃ちゃん?」
「どうかなさいましたか?」
「あ……鐘の音が…………」
動悸が早くなる。
心臓の動きも可笑しくなる。
「鐘?」
「この、空から響く鐘の音でしょうか?」
「小さい頃から……苦手で……」
「苦手なものは、塞いでしまいましょう」
両耳を、氷姫さんの両手が塞いでくれる。
「私も、この鐘の音が好きじゃないから」
だから、羽乃架だけが特別じゃない。
優しく覆われた聴覚の中で、灯花さんが私を勇気づける言葉をくれる。
「人々の記憶が云々の下りが、あまり心地のよいものではありませんからね」
氷姫さんの手が、鐘の音を和らげてくれる。
人と感じ方の違う私を否定することなく、音緒さんは優しい笑みを浮かべてくれる。
「って!」
みんながくれる優しさに涙を零しそうになると、私の手に温もりをくれていた音緒さんが大きな声を上げる。
「どうしたの?」
「音緒さん? どうかされました……」
「違うよ! これ! 空から鳴り響いているんじゃないよ!」
音緒さんが、時計を指差す。
すると、さっきまで穏やかな空気をまとっていた氷姫さんの顔色が変わる。
「これ、学院のチャイムだよ!」
灯花さんが、勢いよく椅子から立ち上がる。
「昼休み、終わりね……」
「灯花ちゃん! 現実逃避しない!」
「灯花さん、急ぎますよ!」
空から鐘が鳴り響いていたのではなく、国立魔法学院の昼休みが終わりを告げるチャイムだったことを教えてもらう。
「羽乃ちゃん、またね!」
「羽乃架さん。次回お会いするときまで、お体を大事にされてください」
「羽乃架、このまま私とお喋り……」
私の呼吸も心音も落ち着きを取り戻し始める。
みんながいなくなってしまうことで取り乱してしまうんじゃないかって心配もあったけど、三人の賑やかな様子は私に日常を取り戻させてくれた。
(行っちゃった……)
お別れの挨拶が、できたようでできていない。
みんなから声はかけてもらったけど、私は言葉を返すことができなかった。
「…………」
鐘の音に気を取られていたから、仕方がない。
そんな言い訳もできるけど、その言い訳を認めたくなかった。
(もう、会えないかもしれないのに……)
私は、国立魔法学院の生徒ではない。
みんなは再会を約束するような言葉を残してくれたけど、私はみんなとどうやって再会したらいいか分からない。
「彼女たちなら、またすぐに会えると思うよ」
せっかくの出会いがなかったことになってしまうと、落ち込みかけた私を救ってくれたのは……。
「雨依様……」
「ごめんね、待たせちゃって」
声を聞けば、もう声の主が誰だか分かってしまう。
それくらい私の記憶には、雨依様の声が刻み込まれている。
「……あの、雨依様」
夜舞病棟を出て、家族となってくれる人たち以外と初めてお話をした場所。
国立の図書館を後にした私たちは馬車を使わずに、自分たちの足で昼食を食べる場所を探していた。
「心を読む魔法というものはありますか?」
私の隣には、雨依様がいる。
一緒に街を歩いているっていう感覚に、心がゆらゆら揺れる。
「昔はあったと思うよ。今は……世界を探せば一人くらいは見つかるかなーくらいのものだと思う」
素直に、雨依様と一緒に出かけられることを嬉しいと思う。
でも、その嬉しいを言葉にすることは許されない。
「雨依様は、私の心を読むのが得意なので……そんな魔法があるのかなと思ってしまって……」
これからも、感情を隠しながら生きていかなければいけないから。
そうは思うけど、こんなにもたくさんの幸せを与えてもらうと……その決意が脆くも崩れ去ってしまいそうで怖くなる。
「羽乃架さんって、意外と顔に出やすいと思うよ」
雨依様から、意外な言葉が届けられる。
「羽乃架さんが、笑顔を見せないように心がけているのは分かっているから」
必死に、感情を表に出ないようにしていた。
「普段の表情の中で、些細な変化を見つけるっていうのかな……」
感情を露わにするようになったら、欲が生まれてしまうから。
欲が生まれたら、それはいつか殺意に変わってしまうんじゃないかって……。
そんな風に思っていた。
「それが、羽乃架さんの気持ちを読み取るコツかな」
綺麗な笑みだと思った。
優しさを分け与えてくれるような雨依様の笑みを、好きだと思う。
「図書館での会話を盗み聞きしていたわけじゃなくて、遠くから見えた羽乃架さんが楽しそうにしていたから」
私は、なるべく笑うことを控えて生きてきた。
でも、そんな生き方は……周囲の人たちを悲しませていたかもしれない。
「だから、また彼女たちに会いたいのかなって思っただけ」
自分の生き方を省みるものの、今すぐ笑えと言われて笑えるものではない。
でも、私は雨依様の笑顔が好き。
雨依様が笑ってくれると、嬉しいと思う。幸せに思う。
「また……会えますか?」
「うん」
「……ありがとうございます」
その言葉は、私の希望に繋がる。
(うまく笑えないのなら……)
それ以外の方法で、私も雨依様に幸せを贈る側の人間になりたい。
私と一緒にいることで、雨依様にも幸せを感じてもらえるようになりたい。




