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これが最後の恋になりますように  作者: 海坂依里
第2章「夜舞病棟の〈外〉を知る」
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第1話「少しずつ色が増していく」

羽乃架(はのか)


 息を吐き出す。

 白い息は、外の気温が低いことを伝えてくる。


「外に出るのが遅すぎて、もう雪だるまの原型すら留めてないけど……」


 外の冷たい空気に体が晒されないように、体をしっかりコートの中へと収める。

 吐き出す息が白くならないように、口元をマフラーで覆う。


「羽乃架の大切な人からの贈り物」


 夜舞(よまい)病棟に戻ってきた私は遥叶に連れられて、裏庭までやって来た。

 遥叶(はると)が指差すところに、三体の小さな雪だるまが並んでいるのが視界に映る。


「……か」

「か?」


 人は、あまりの衝撃を受けると言葉を失ってしまうものらしい。

 良い意味での衝撃も、人に言葉を失わせるだけの効果があった。


「可愛い!」

「それは良かった」


 小さな小さな雪だるまたちには、藁で編みこまれた傘のようなものが被せられていた。

 更には三体それぞれに布や木の実、枝などの装飾が施されていて、白い雪で作られたはずの雪だるまは個性豊かに存在を主張してくる。


「その雪だるまを作るために、羽乃架と出会った初日……雨依(うい)さんは雪塗れになってたってわけ」


 遥叶から聞かされる、雨依様の話。

 普通なら、そこに新鮮さを感じるはずなのに。


「雨依様が……」


 今の私は幸せな気持ちで包み込まれ過ぎていて、遥叶が雨依様のお話をすることすら自然なものに思えてしまう。


「今度会ったら、お礼言っておいて」

「うん」


 私の体調が良くならなかったせいで、いくら真冬の寒さの中でも雪だるまは屈してしまっていた。

 でも、お世辞抜きで可愛いと思う見た目をしている雪だるまたちに、私は心を奪われる。


「そういえば、昔も遥叶が小さな雪だるまを作ってくれたよね」


 仲が良さそうに並んでいる三体の雪だるまたちを見ていると、幼い頃の思い出がふと蘇る。


「そう……だったっけ?」

「うん、遥叶が私を喜ばせようとしてくれたの」


 幼い頃の思い出の中には、怖くない思い出も存在する。

 その怖くないを与えてくれたのは、間違いなく遥叶が夜舞病棟に来たばかりの私を守ってくれたから。


「ありがとう、遥叶」


 手袋越しに、三体の雪だるまに触れる。

 手袋をしていても感じる冷たさに一瞬瞼を下ろすけど、すぐに雪だるまの可愛さに会いたくなった私は瞼を上げて雪だるまと再会する。


「お礼は雨依さんに、な」

「うん」


 今日は雨依様の研究資料を、国立魔法学研究所と呼ばれている場所へと持っていく。


 私は、その付き添いをさせてもらう。


「あの、雨依様」


 馬車に乗り込んで、目的の場所の近くまで送ってもらう。

 馬車での移動に慣れたと言えるようになりたいけれど、私の呼吸はまだまだ息苦しいと訴えかけてくる。


「夜舞病棟を訪れてくださった日に、雪だるまを作ってくれたと伺って……」


 雨依様にお会いしたら、真っ先に話そうと思っていた話題に触れる。

 忙しい雨依様と二人きりになる時間がとれなかったこともあって、私は待望の時間が訪れたことに心を弾ませる。

 おかげで、いつもより口数が多くて、言葉も焦り気味かもしれない。


「以前、お礼を伝えられなくて……」


 それでも、雨依様は私の話を最後まで聞いてくれる人だから。


「ありがとうございました」


 胸の内にある気持ちを全部、雨依様に伝えたいと思った。


「小さい頃の方が、もっと上手く作れた気もするんだけどなー」


 少し悔しい。

 雨依様は、そんな言葉を零した。


「え、あの、凄く可愛かったです!」


 ありがとうという言葉を送った割に、私がうまく笑えていなかったからかもしれない。だから、雨依様は幼い頃の自分と比較するような発言をしたのかもしれない。


「凄く可愛くて……」


 気持ちを声に出して、言葉にしているつもりなのに。

 気持ちを声に出して、ちゃんと言葉を届けているつもりだったのに。

 雨依様の心には何も響いていなかったらしくて、どう言葉を紡いでいけばいいのか分からなくなる。


「誰と一緒に作るかって、意外と大事なのかなって」


 言葉が止まりそうになった。

 会話が途切れそうになったことに焦りを感じ始めると、雨依様は穏やかな声で話を繋ごうとしてくれた。


「今年雪が降ったら、一緒に作りませんか?」


 そして、なぜか丁寧な誘い言葉。


「って、雪だるまを作るような年齢じゃないよね」


 そして、雨依様はご自分で言葉を片づけてしまう。


「あの……」


 片づけられてしまうと思ったから、自ら広げにいかないといけないと思った。


「雪だるまを……あんなに可愛く着飾ったことがないので自信はありませんが……」

「羽乃架さん?」

「雨依様と一緒なら、芸術品のような雪だるまを作ることができる気がしていて……」

「羽乃架さん、少し落ち着いて……」


 雨依様を前にすると、私はいつも可笑しくなる。

 こんなに喋る人間ではなかったはずなのに、雨依様の前では多くの言葉が自然と零れだしていく。


「一緒に……作りたいです……雪だるま……」


 あまりに言葉数多く声を発してしまったため、少し。ほんの少しだけ呼吸が乱れる。でも、溢れる気持ちを伝えきったおかげで、うっすらとした満足感のようなものを抱く。


「冬が来るまでに、何か使えそうな魔法を探しておくね」


 雨依様は、了承してくれた。


「魔法で雪だるま……!」


 たとえるなら、たとえて言うなら、私の瞳はきらきらと輝いていると思う。

 魔法を使って雪だるまを作るなんて初めての経験をさせてくれようとしている雨依様の気持ちも嬉しいし、雨依様と思い出を増やすことができることも待ち遠しい。


「楽しみが増えすぎて……可笑しくなりそうです」


 自分がどんな表情をしているのか不安になって、視線を足元へと向ける。

 これだけのことで顔を隠すことはできないけれど、雨依様に顔を直視されたくない気持ちは雨依様の視線から逃げることを選択する。


「じゃあ、もっと楽しみを増やさないと」


 声が、近くで聞こえる。


「羽乃架さんが可笑しくなるくらい、ね」


 顔を、覗き込まれる。


「可愛い」


 私は雨依様の視線から逃げたはずなのに、雨依様は私のことを逃がしてくれなかった。


「これから、たくさんの思い出を残していこう」


 そっと頭を撫でられたところで、馬車は目的の場所へと停馬車した。


「羽乃架さん、降りようか」


 髪に、雨依様の温度が触れた。

 私は、その行為に対して心を揺らしている。でも、雨依様にとっては特別なことでもなんでもないと気づく。


(雨祈様の優しさは、私だけのものじゃない……)


 そんなのは、始めから分かっていたはずなのに。

 そんなことは、出会ったときから理解していたはずなのに。


(苦しい……)


 雨依様と一緒にいると、楽しいって思う。

 雨依様と一緒にいると、嬉しいって感情が増えていく。

 でも、雨依様と一緒にいると苦しいって感情も増えていくのを感じる。


(私は、心を穏やかにしないといけないのに……)


 いつか、人を殺してしまわないように。

 いつか、人に殺意を抱いてしまわないように。

 だから私は、この感情の名前を知りたくない。


「仕事が終わるまで、図書館で時間を潰していてもらえるかな」

「はい」


 雨依様の仕事が終わるまでの間、私は国が管理している大きな図書館へと連れてきてもらった。


「いってらっしゃいませ」 


 時間を潰すように言われたけれど、私にとっては図書館で重大な任務が課せられている。 

 時間を潰すなんて言い方はできない。時間を有効活用しなければいけない。

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