ep 9
再会と新たな脅威
重々しい音を立てて開かれたデュフランの城門をくぐると、そこにはアルトゥンとはまた違う、独特の空気が流れていた。山間の街らしく、道は狭く坂が多い。建物は質実剛健な石造りが主で、どことなく煤けたような、鉱山の街特有の匂いが漂っている。活気がないわけではないが、道行く人々の表情には、どこか疲労と警戒の色が滲んでいるように見えた。
門を閉めた衛兵に、リーフが駆け寄って必死に尋ねた。
「ありがとうございます! あ、あの、私のパパ、ツーリはこの街に居ますか? 鉱山で働いているはずなんですけど!」
衛兵はリーフの顔をまじまじと見ると、少し驚いたように目を見開いた。
「ん? ツーリさんのところのお嬢ちゃんか!? ああ、ツーリさんなら無事だ。居る事には居るんだが……。実は今、坑道でモンスターが湧いちまって、街は大騒ぎなんだよ。鉱夫たちも閉じ込められちまってるかもしれん」
衛兵は困ったように頭を掻きながら答えた。
「! パパが危ないの!? わ、私、パパに会いに行きます!」
父親が危険な状況にあると知り、リーフは顔面蒼白になり、考えるよりも先に坑道がある方向へと駆け出そうとした。
「ま、待って、リーフ!」
ダダが慌ててリーフの腕を掴んで引き止めた。
「パパが坑道のどこに居るか、分かるの? やみくもに行っても危ないだけだよ」
「う……」
リーフは言葉に詰まった。確かに、広いはずの坑道のどこに父親がいるのか、見当もつかない。
「大丈夫だよ」ダダはリーフの目を見て、力強く言った。「一緒に行こう。僕がちゃんとリーフをパパのところに連れて行く」
「え? いいんですか……? デュフランまで送っていただいただけでも十分なのに、これ以上ご迷惑をかけるわけには……」
リーフは恐縮して俯いた。ダダには既に助けられてばかりだ。
「迷惑じゃないよ」ダダはきっぱりと言った。「依頼人の安全を守るのは、ガーディアンの大事な仕事だからね。依頼が終わるまで、ちゃんと最後まで守る。それが僕たちの約束だ」
彼はまっすぐな目でリーフを見つめ、にっこりと笑った。その笑顔には、以前よりも少しだけ、ガーディアンとしての自覚と責任感が宿っているように見えた。
「ダダさん……ありがとう!」
リーフの目に涙が溢れた。不安でいっぱいだった心に、温かい光が差し込んだ気がした。
ダダとリーフは、衛兵に坑道の場所を詳しく聞き、街の人々の心配そうな視線を受けながら、街の奥にある坑道の入り口へと急いだ。坑道の入り口周辺には、武装した衛兵や、心配そうに中の様子を窺う鉱夫の家族らしき人々が集まっていたが、誰も迂闊に中へ入ろうとはしない。坑道の奥からは、時折不気味な物音や地響きのようなものが聞こえてくる。
「ここが坑道……」
ダダは入り口から漂ってくるひんやりとした空気と、微かな鉱石の匂い、そして何よりも、奥に潜むであろうモンスターの気配を感じ取り、気を引き締めた。
「パパー!」
リーフは、周囲の制止も聞かずに、坑道の中へと駆け込んでいった。ダダも慌てて後を追う。坑道の中は薄暗く、壁に取り付けられた松明(あるいは魔道具の灯りだろうか)が頼りなく周囲を照らしている。湿った空気が肌にまとわりつき、閉塞感が漂っていた。
しばらく進むと、前方に灯りが見え、数人の鉱夫が集まっているのが見えた。その中に、見覚えのある後ろ姿を見つけ、リーフは叫んだ。
「パパー!!」
「!?」
つるはしを持った、がっしりとした体格の男が驚いて振り返った。顔にはすすが付き、疲労の色が濃いが、その目には確かな優しさが宿っている。
「リーフ!? なんでお前がこんな所に! 危ないだろうが! 一体どうやってここまで……!?」
男――ツーリ――は娘の姿を認めると、目を丸くし、すぐに駆け寄ってきた。
「パパ、心配したんだよ!」
「心配かけたのは分かるが、ここは危険なんだ! 今すぐに街に戻りなさい!」
ツーリは娘の無事を喜びつつも、厳しい表情でリーフの手を取り、坑道の外へと引き返そうとした。他の鉱夫たちも、驚きと心配が混じった顔で二人を見ている。
「大丈夫よ、パパ! 私、強い人にここまで送ってもらったから!」
リーフは父親の手を振りほどき、ダダの方を振り返って、安心させるように笑顔を見せた。
「強い人……?」ツーリが訝しげにダダを見た、その瞬間だった。
グオオォォォ……ンン……
坑道のさらに奥深くから、地を這うような低い唸り声が響いてきた。それはゴブリンやオークとは違う、もっと粘つくような、聞いているだけで背筋が凍るような不気味な声だった。
「……! ちくしょう、やっぱり奥にもまだ居やがったか!」
ツーリの顔から血の気が引き、彼はつるはしを固く握りしめた。他の鉱夫たちも武器を構え、緊張した面持ちで坑道の奥を睨みつける。
リーフを連れて坑道から脱出しようとした矢先に、新たな脅威がすぐそこまで迫っていた。