ep 39
【怒りのデューク】
その日のクレッセントワルツは、異様なまでの静けさと、張り詰めた空気に包まれていた。活気ある普段の喧騒は鳴りを潜め、ガーディアンたちは皆、息を潜めるように壁際に立ち、ある一点を恐る恐る見つめている。その視線の先――ギルド事務所の中央には、指導官であるデュークが、まるで噴火寸前の火山のように立っていたのだ。
彼の周囲には、肌を刺すような、凍てつくような殺気が渦巻いている。普段の冷静沈着さ、あるいは無愛想さとはかけ離れた、尋常ではない怒り。握りしめられた拳は微かに震え、その鋭い眼光は、今にも何かを破壊してしまいそうなほどの激情を宿していた。
「くっ……あの外道どもめ……必ず……!」
デュークの口から、低い、地の底から響くような声が漏れる。
「デュークさん、どうか落ち着いてください!」受付のイレーザが、必死にデュークを宥めようとしていた。彼女もまた、普段の落ち着きを失い、顔には心配の色が濃い。「お気持ちは痛いほど分かります。ですが、あなたがここで怒りを爆発させたところで、事態が良い方向へ向かうわけではありません!」
イレーザの必死の説得に、デュークは苦悶の表情で目をつむり、大きく息を吐いた。渦巻いていた殺気が、ほんの少しだけ和らぐ。
「……むぅ……。そう、だな。冷静にならねば……分かっている……」
彼はなんとか怒りを心の奥底に押し込めようとしているようだった。
ちょうどその時、任務を探しにギルドを訪れたリューネ、ラビィ、ドラゴが、その異様な光景を目の当たりにした。
(デューク教官が……あんなに怒ってる……?)
(すごい殺気……何があったの……?)
(怖いダゴ……)
三人は、戸惑いながらも、心配になってデュークに近づいた。
「あの、デューク教官、どうしたんですか? 何かあったんですか?」
リューネが代表して、恐る恐る尋ねた。
デュークは、ゆっくりと目を開け、冷たい、感情の抜け落ちたような視線を三人に向けた。
「……貴様らには、関係ないことだ」
それだけを言い残すと、デュークは踵を返し、誰にも目もくれず、足早にギルドの奥へと去っていった。その背中には、深い怒りと、そしてどこか焦りのようなものが感じられた。
残された三人は、顔を見合わせ、ますます困惑した。一体、何がデュークをあそこまで怒らせているのだろうか。心配になった三人は、イレーザに事情を尋ねた。
「イレーザさん、一体、何があったんですか? デューク教官、すごく怒っていましたけど……」
イレーザは、疲れたように深いため息をつくと、声を潜め、深刻な表情で語り始めた。
「……実は、大変なことが起きたようなのです。数日前から、アルトゥン近郊に住むエルフの子供たちが、何者かによって立て続けに誘拐されるという事件が発生しています」
「エルフの子供たちが!?」三人は息を飲んだ。
グルンストラ国において、魔法を自在に扱えるのは、ごく一部の例外を除けばエルフだけだ。彼らの魔法は、国の防衛や産業において不可欠な力であり、特に才能あるエルフの子供たちは、国の宝として手厚く保護されているはずだった。
「ええ。そして……今回の誘拐、どうやら**『魔族』**の仕業である可能性が高いのです」
「ま、魔族!?」ラビィが小さな悲鳴を上げた。魔族――古より、人間や他の種族と敵対してきた、闇の力を持つとされる存在。その名は、おとぎ話や古い伝承の中にしか出てこないような、遠い脅威のはずだった。
「はい。おそらく、魔族はエルフの魔法がグルンストラ軍の要であると知り、誘拐した子供たちを洗脳するか、あるいは人質にとって、エルフ全体を支配下に置き、ひいてはグルンストラを内部から崩壊させようと企んでいる……そう考えられます」
イレーザの説明に、三人は事の重大さを理解し、背筋が凍る思いだった。それは、単なる誘拐事件ではない。国の存亡に関わる、巨大な陰謀の一部なのかもしれない。
「デュークさんは、いち早くその危険性に気づき、独自に調査を進めていたようです。囚われたエルフの子供たちを、何とか一人でも救い出そうと……。しかし、敵も巧妙で、子供たちがどこに連れ去られたのか、全く手がかりが掴めずにいる……。それが、先ほどの怒りの理由でしょう。自分の無力さに対する、そして子供たちを危険に晒している敵に対する……」
(だから、あんなに……)
リューネは、デュークの苦悩を思い、胸が痛んだ。そして、同時に強い憤りが込み上げてきた。子供たちを、自分たちの都合のために利用しようとするなんて、許せない。
「イレーザさん!」リューネは迷わず言った。「私たちにも、手伝わせてください!」
「えっ? リューネ!?」ラビィが驚く。
「私たち『戦乙女・ローズ』も、エルフの子供たちの探索に協力します! 微力かもしれないけど、じっとしていられません!」
リューネの瞳には、強い決意の光が宿っていた。
「うん! やる! 子供たちが危ないなら、ボクたちが行かないと!」ラビィもすぐに覚悟を決めた。
「オレも行くダゴ! 魔族なんて、オレがやっつけてやるダゴ!」ドラゴも拳を握りしめる。
三人の真剣な申し出に、イレーザは驚きながらも、深く頷いた。
「……ありがとうございます。本当に、心強いです。ですが、相手は魔族です。これまでの盗賊やモンスターとは訳が違います。任務は非常に危険なものになるでしょう。それでも、本当によろしいのですね?」
「「「はいっ!!」」」
三人の答えに、迷いはなかった。
「……分かりました。皆さんの勇気に感謝します。どうか、十分に注意して、決して無理はしないでください」
イレーザは、三人に現在分かっている限りの情報を伝え、彼女たちの無事を祈るように見送った。
デュークの怒り、魔族の陰謀、そして囚われたエルフの子供たち。
パーティー「戦乙女・ローズ」は、これまでで最も危険で、そして重要な任務に、今、挑もうとしていた。




