ep 21
その日のクレッセントワルツは、朝から不穏な空気に包まれ、いつもとは違う慌ただしさを見せていた。ギルドの警報がけたたましく鳴り響き、上位ランクのガーディアンたちが険しい表情で武器を手に飛び出していく。
「西の平原にブルホーンのスタンピード(大暴走)発生! 規模大! 付近の村に接近中!」
「シルバーランク以上は直ちに出撃! ブロンズは後詰めに備えろ!」
「治療班は負傷者の受け入れ準備を急げ!」
怒号のような指示が飛び交う。ブルホーン――巨大な角を持つ猛牛型のモンスターで、特に群れ(スタンピード)をなして暴走すると、その破壊力は計り知れないという。
リューネたちツリーランクの見習いは、まだ実戦経験が浅いため、直接戦闘への参加は許可されず、後方支援、特に負傷者の治療の手伝いを命じられた。
ギルドの奥にある治療室は、すぐに野戦病院のような様相を呈した。
次々と運び込まれてくる負傷したガーディアンたち。屈強なはずの彼らが、苦痛に顔を歪め、呻き声を上げている。ブルホーンの突進を受けたのか、腕や足がありえない方向に曲がっていたり、巨大な角で抉られたような深い傷から夥しい量の血が流れていたり……重傷者ばかりだった。
治療室は、血と汗、薬草の匂いが入り混じり、治療師や先輩ガーディアンたちの焦った声が飛び交う。
「止血剤が足りない!」「こっちに担架を!」「意識レベル低下、危険だ!」
リューネたちは、先輩たちの指示に従い、必死で治療の手伝いを行った。傷口を洗い、薬草を塗り、包帯を巻く。水を運び、器具を消毒し、患者の汗を拭う。次から次へと運び込まれる負傷者に、全く手が足りない。自分たちの無力さを痛感しながらも、ただ必死に手を動かし続けた。
そんな中、リューネは、治療台に運び込まれてきた一人のガーディアンの姿を見て、息を飲んだ。
大柄で、筋骨隆々とした体。見覚えがある。それは、数日前の集団戦訓練で、敵役として圧倒的な強さを見せつけていたブロンズランクのガーディアンの一人だった。あの時は、リューネたちの攻撃を軽々といなし、余裕すら感じさせていた彼が、今は全身血まみれで意識も朦朧とし、苦しげに喘いでいる。
(あんなに……あんなに強い人でも……こんな……)
リューネは言葉を失い、ただ震える手で彼の傷の手当てを手伝うしかなかった。ガーディアンという職業の、想像を絶する過酷さを、彼女は初めて肌で感じていた。
治療が一段落し、少し落ち着きを取り戻した時、リューネは隣で同じように顔を青くしているラビィに、ぽつりと話しかけた。
「……ねぇ、ラビィ。ガーディアンって、本当に強くて、すごい人たちだと思ってたんだけど……」
「うん……ボクも、そう思ってた。デューク教官とか、ダインさんとか見てると、無敵みたいに思ってたけど……」
ラビィも、運び込まれてくる負傷者たちの姿に、大きな衝撃を受けていた。
「でも、あんなに強い人たちでも、ああやって簡単に傷を負ってしまうんだね……」
「そう、だね……。モンスターって、やっぱり、本当に怖いんだ……。ボクたちが今まで戦ってきた相手なんて、比べ物にならないくらい……」
二人は改めて、自分たちが足を踏み入れた世界の厳しさと、モンスターという存在の恐ろしさを思い知らされた。訓練や模擬戦で少し自信をつけ始めていた心が、打ちのめされるような感覚だった。自分たちの力なんて、まだまだ、あまりにも足りないのだ。
「……もっと強くならなきゃ……」
リューネは、悔しさと決意を込めて、きつく拳を握りしめた。
ラビィも、力強く頷いた。その瞳には、恐怖を乗り越えた、強い意志の光が宿っている。
「うん。もっと、もっともっと強くならなきゃ……。ただ強いだけじゃなくて、仲間を守って、誰も傷つかせないくらい……そんなガーディアンにならないと……!」
二人は互いの顔を見合わせ、その決意を確かめ合った。
その日の夜、ブルホーンの群れは何とか撃退されたものの、ギルドには重苦しい空気が漂っていた。リューネとラビィは、疲れ切っているはずなのに、眠る気にはなれなかった。二人は黙って訓練場へ向かうと、いつもよりずっと遅くまで、それぞれの訓練に没頭した。
リューネは、一心不乱に剣を振るった。一振りごとに、負傷したガーディアンたちの姿、そして自分の無力さが脳裏をよぎる。
(絶対に、もっと強くなる……! 誰も、傷つけさせない……!)
その腕には、いつも以上の力が込められていた。
ラビィもまた、弓を引き絞り、寸分の狂いもなく的の中心を射抜き続けていた。その瞳は、揺るぎない決意に燃えている。
(必ず、みんなを守れるようになる……! そのための力を、手に入れるんだ……!)
今日の出来事は、彼女たちにガーディアンという仕事の過酷な現実を突きつけた。しかし同時に、それは彼女たちの心に、より強く、より確かな成長への渇望を刻み込んだ。二人のガーディアン見習いは、この夜を境に、また一つ大きな壁を乗り越えようとしていた。




