ep 19
前回の集団戦訓練から数日後。リューネたちツリーランクの見習いたちは、アルトゥン郊外にある広大な湖、通称「鏡水湖」のほとりに集められていた。湖面は穏やかに陽光を反射しているが、見習いたちの表情は硬い。
「今日の訓練は水上戦だ!」
湖畔に立ち、腕を組んだゼズマ教官の声が響き渡る。「ガーディアンの任務は陸上だけとは限らん。時には船を操り、水上の敵と戦うこともある。船の扱いは慣れているか? ……まあ、どうせ素人だろうがな!」
ゼズマの言葉通り、ほとんどの見習いは船など漕いだこともない。湖畔には、訓練用と思われる小型の木造船が十数隻用意されていた。三人乗り程度の大きさだ。
「まずは基本動作からだ! 各自、指定された船に乗り込め! オールさばき、船の操縦、そして他の船との連携! 基本を体に叩き込め!」
ゼズマの号令一下、ツリーたちはそれぞれ指定された船(リューネ、ラビィ、ドラゴは同じ船だ)に乗り込み、恐る恐るオールを握った。湖上に漕ぎ出すが、これが想像以上に難しい。
「うわっ!」「きゃっ!」「そっちじゃないダゴ!」
あちこちで悲鳴や怒声が上がる。オールを漕ぐタイミングが合わず、船は蛇行したり、その場でぐるぐる回ったり。他の船とぶつかりそうになり、慌てて避けようとしてバランスを崩す者も続出する。
「バランスだ! バランスを取れ! 重心は低く! 船が傾いてるぞ、そこの三人!」
ゼズマの容赦ない怒号が湖畔から飛んでくる。名指しされたのは、リューネたちの船だった。
「きゃああ! 危ないって、ドラゴ!」
ラビィの悲鳴が上がる。ドラゴが不用意に体重を移動させたせいで、船が大きくグラリと傾き、リューネとラビィは危うく湖に落ちそうになる。
「うぅ……き、気持ち悪いダゴ……船、揺れすぎダゴ……」
当のドラゴは、船酔いで顔面蒼白になり、船べりにぐったりともたれかかっていた。竜人族も船には弱いらしい。
「しっかりしろ、ドラゴ! ラビィも、もっと進行方向を見て!」
リューネは必死にオールを操り、船のバランスを取り戻そうとするが、思うようにいかない。船酔いのドラゴと、パニック気味のラビィを抱え、リューネ一人が奮闘する形になっていた。
「くっ……難しい……!」
ラビィも涙目になりながら、必死でオールを漕ぐ。
ゼズマの叱咤を受けながら、何度も失敗を繰り返し、時には湖に落ちそうになりながらも、三人は少しずつ船の扱いに慣れていった。リューネが冷静に指示を出し、ラビィがそれに合わせて漕ぎ、ドラゴも船酔いを堪えながら体重移動でバランスを取る。ようやく、三人の息が合い始め、まともに船を動かせるようになってきた頃には、皆びしょ濡れでヘトヘトだった。
「よし! 基本は覚えたようだな! 次は模擬戦だ!」ゼズマは休む間もなく次の指示を出す。「湖上に設置した『的船』を敵船と見立て、攻撃する! 各船、連携して的を撃破しろ!」
湖上には、船の形をした木製の的がいくつか浮かべられていた。単純な的だが、風や波で微妙に動いている。
ツリーたちは、一度陸に上がり、それぞれの武器を手に取って再び船に乗り込んだ。
リューネは剣と盾を構え、不安定な船首に立つ。足元が揺れる中での戦闘は初めてだ。
ラビィは弓を手に取り、膝立ちの姿勢で的を狙い定める。揺れる船上からの精密射撃は至難の業だろう。
ドラゴは両手斧を船底に置き、いつでも火炎を放てるように口元に意識を集中させた。まだ少し顔色が悪い。
「目標! 前方の的船! 各船、攻撃開始!」
ゼズマの号令と共に、模擬戦が始まった。
「行くよ!」
リューネは船の揺れに合わせて体勢を低く保ちながら、剣で攻撃する機会を窺う。(的が相手では剣はあまり役に立たないかもしれないが、実戦を想定して構えている)
「えいっ!」
ラビィが矢を放つが、船の揺れで狙いがずれ、矢は的を大きく外れて水面に突き刺さった。
「くそっ、当たらんダゴ!」
ドラゴが火炎を放つが、これも的の手前で水面に落ち、蒸気を上げるだけだった。
他の船も同様に、不安定な足場と動く的に苦戦し、攻撃はなかなか命中しない。
「もっと連携を意識しろ! 船の操縦と攻撃の役割を分担しろ! 周りの船の動きも見ろ! バラバラじゃないか!」
ゼズマの怒号が再び響き渡る。
「ラビィ、ボクが船を操縦するから、攻撃に集中して!」リューネは剣を置き、オールを握り直した。「ドラゴは、ボクが合図したら、一番大きく揺れが収まった瞬間に撃つんだ!」
「わ、分かった!」
「任せるダゴ……うっぷ……」
リューネは必死にオールを操り、的船との距離と角度を調整し、船の揺れを最小限に抑えようと試みる。ラビィはその間に弓を引き絞り、的を睨みつける。
「ラビィ、今!」
リューネの声と同時に、ラビィが矢を放つ! 矢は今度こそ的船の側面に見事に命中した!
「よし! ドラゴ、次!」
「ゴアアアァァ……!」
船の揺れが一瞬収まったタイミングで、ドラゴが渾身の火炎を放射! 灼熱の炎が的船を直撃し、木製の的は一気に燃え上がった!
「「「やったーーーっ!!」」」
リューネ、ラビィ、ドラゴは、顔を見合わせ、喜びの声を上げた。他の船も、苦戦しながらも、連携を工夫し、次々と的を撃破していく。
水上戦訓練は、まさに困難の連続だった。慣れない船の操縦、不安定な足場での戦闘、そして船酔い。しかし、リューネたちは失敗を恐れずに何度も挑戦し、それぞれの役割を理解し、チームワークを活かして目標を達成することができた。
湖面に黒煙を上げて燃える的を見つめながら、三人は大きな自信と、仲間との連携の大切さを改めて実感していた。次なる試練が何であれ、この経験があれば乗り越えられる。三人は、更なる成長を心に誓い、夕日に染まる湖面を後にするのだった。




