ep 12
ゴブリンたちが倒され、辺りに静寂が戻ると、助けられた女性が震える足で立ち上がった。まだ恐怖の色は残っているものの、その瞳には安堵の色が浮かんでいる。
「あ、あの……助けていただき、本当にありがとうございます……! 私の名前はリリカと申します」
リリカは深々と頭を下げた。その声はまだ少し震えている。
「いえ、当たり前のことをしただけですから。ご無事で何よりです」
リューネは優しく微笑みかけ、リリカを安心させようとした。
「うんうん! ガーディアンだからね!」
ラビィもにこやかに頷く。
「ふん! ゴブリンなんて弱っちいダゴ! オレにかかれば一撃ダゴ!」
ドラゴは、少し自慢げに胸を張り、小さな拳を握りしめた。(実際は火炎放射で怯ませただけだが、彼の中ではそう記憶されているらしい)
「それにしても、リリカさん」リューネは心配そうに尋ねた。「どうしてこんな森の奥まで、お一人で? 街の外は危険だとご存知だったでしょう?」
その問いに、リリカの表情が曇り、目に涙が浮かんだ。
「……母が、重い病気で寝込んでいて……。街の薬師の方にも診ていただいたのですが、なかなか良くならなくて……。この森の奥に、母の病に効くと言われている特別な薬草があると聞いて、少しでも良くなればと思って、それで……」
彼女は涙ぐみながら、事情を話してくれた。その手には、まだ数本しか採取できていない薬草が握られている。
その薬草を見て、リューネは自分たちの籠に目をやった。籠の中には、先ほどまで集めていた様々な薬草が、今日のノルマ分、確かに入っている。それをギルドに納めれば、わずかだが報酬になるはずだ。しかし……。
(この薬草があれば、リリカさんのお母さんの病気が……)
リューネは迷うことなく決断した。
「リリカさん、これ……」彼女は自分の薬草籠を差し出した。「私たちが今日集めた薬草です。この中に、お母さんの病気に効くものがあるかもしれません。もしよければ、これ、使ってください」
「えっ!? リューネ!?」
ラビィが驚きの声を上げた。これはギルドの任務で集めたものだ。勝手に人にあげてしまっていいのだろうか?
「そ、そんな! いただくわけにはいきません! 皆さんが一生懸命集めた大切な薬草でしょう? それに、これを納めないと、皆さんの評価が……」
リリカも慌てて首を横に振った。見ず知らずの自分たちのために、そんなことをしてくれるなんて信じられない。
「いいんです」リューネは穏やかに、しかしきっぱりと言った。「薬草は、また集められますから。でも、お母さんの命は一つだけです。困っている人を助けるのが、ガーディアンですから」
その真っ直ぐな言葉と、優しい笑顔に、ラビィは小さくため息をついた。
「もー、リューネってば、ホントお人好しなんだから……。仕方ないなあ」彼女は自分の籠も差し出した。「じゃあ、ボクの分も持って行ってよ! これで元気になってもらわないとね!」
「ダゴ! オレのもあげるダゴ! いっぱい元気になってほしいダゴ!」
ドラゴも、よく分からないながらも、二人に倣って自分の籠を差し出した。
「あ……あ……」
リリカは、三人の優しさに言葉を失い、ただただ涙を流した。
「ありがとうございます……! 本当に……本当に、ありがとうございます……!」
彼女は何度も何度も頭を下げ、感謝の言葉を繰り返した。その姿に、リューネたち三人も、胸の中に温かいものが広がっていくのを感じていた。
「じゃあ、リリカさんは私が街まで安全に送ります」リューネは提案した。「ラビィとドラゴは、ゴブリンの素材を集めていてくれる? 討伐の証拠として、これも大事な任務だから」
「分かった! 気をつけてね、リューネ!」
「任せるダゴ! ゴブリンの耳くらい、ちょちょいのちょいダゴ!」
リューネはリリカの腕を支え、ゆっくりと街への道を歩き始めた。ラビィとドラゴは、少し顔を引きつらせながらも、ゴブリンの亡骸から素材(主に耳や牙など、換金価値のある部位)の回収作業に取り掛かった。
街の入り口で、リリカは改めてリューネに深々と頭を下げた。
「本当に、本当にありがとうございました……! このご恩は一生忘れません……!」
「どういたしまして。お母様が、一日も早く良くなられることを祈っています」
リューネは笑顔で答え、リリカが無事に家路につくのを見送った。
その後、リューネは再び森へと戻り、既に素材集めを終えて待っていたラビィ、ドラゴと合流した。三人は、少し疲れていたが、どこか清々しい気持ちでギルドへの帰路についた。
ギルドに戻り、デュークに報告する段になると、さすがに三人の表情には緊張が走った。
「あの……デューク教官。本日指示された薬草集めの任務ですが……」リューネは代表して、少し申し訳なさそうな表情で切り出した。「途中でゴブリンに襲われている女性を発見し、これを討伐しました。討伐の証拠となる素材は、こちらに……」
ラビィが慌ててゴブリンの素材が入った袋を差し出す。
「そ、素材はちゃんと取ってきました!」
デュークは黙って素材を受け取り、中身を確認すると、冷静に一言だけ返した。
「……そうか」
「あ、あの……それで、薬草なのですが……」リューネは意を決して続けた。「助けた女性が、病気のお母様のために薬草を必要としていたので……私たちが集めた分を、その方にお譲りしました。任務の薬草を持ち帰ることができず……申し訳ありません!」
リューネは深々と頭を下げた。ラビィとドラゴも、それに倣って頭を下げる。
デュークは、しばらく無言で三人を見下ろしていた。その沈黙が、やけに重く感じられる。叱責されるのだろうか、ペナルティを受けるのだろうか……三人は固唾を飲んでデュークの言葉を待った。
やがて、デュークは静かに口を開いた。
「……ガーディアンは、ルールを守るだけの存在じゃない。そもそも、人々を助け、その役に立つための組織だ。……謝る必要はない」
「え……?」三人は驚いて顔を上げた。
「ギルドの上層部がどう判断するかは知らん。だが、俺個人としては、貴様らの判断が間違っているとは思わん」デュークは、いつもの厳しい表情のまま、しかしその声にはわずかながら温かみが感じられた。「人助けを優先した。ガーディアンとして、当然のことだ」
その言葉に、リューネ、ラビィ、ドラゴの三人は、顔を見合わせた。驚きと、安堵と、そして自分たちの行動が認められたことへの大きな喜びが、胸いっぱいに広がっていく。
その日の夕食は、ギルドの食堂で出される質素なスープと硬いパンだったが、三人にとっては、いつもよりずっと、格別に美味しく感じられた。互いに顔を見合わせ、はにかむように笑顔を交わす。厳しい訓練、初めての戦闘、そして人助け。この一日を通して、三人の絆は、また少しだけ強く、深くなったのだった。




