ep 8
その日の訓練メニューは、対人戦だった。
地下訓練場の中央で、リューネとラビィは互いに訓練用の木の棒を構え、真剣な表情で対峙していた。数ヶ月前とは見違えるほど、その構えには力がこもり、迷いが消えている。
「はあっ!」
先に仕掛けたのはラビィだった。ウサミミ族特有の俊敏さを活かし、低い姿勢から一気に踏み込み、リューネの側面を狙って鋭い突きを繰り出す。
「くっ!」
リューネはラビィの動きを冷静に見極め、半歩下がって突きをかわすと、即座にカウンターの横薙ぎを放つ。しかし、ラビィはそれを読んでいたかのように、身を翻して攻撃を回避し、再び距離を取る。
訓練とはいえ、二人とも手加減はしない。それは、指導官デュークの教えであり、互いの成長を願うからこその真剣勝負だった。リューネの堅実な防御と的確なカウンター、ラビィのスピードと変幻自在な攻撃。何度打ち合っても、互いの手の内を知り尽くしているかのように、決定打は生まれず、攻防は一進一退を続けた。二人の実力は、まさに拮抗していた。
やがて、訓練終了を告げる鐘の音が鳴り響き、二人は同時に動きを止めた。
「はぁ……はぁ……やっぱり、ラビィは強いね……」リューネは汗を拭いながら、息を切らして言った。
「リューネだって! 全然隙がないんだもん! はぁ……疲れたー!」ラビィもその場にへたり込み、長い耳をぱたりと垂らした。
互いの健闘を称え、苦笑いを浮かべる二人。確実に力はついてきている。その実感はあった。
しかし、訓練を見守っていたデュークの表情は厳しかった。
「……まだまだだな。動きに無駄が多いし、決め手に欠ける。今のままでは、少し強いモンスター相手には通用せんぞ」
厳しい評価の言葉に、二人はがっくりと肩を落とした。褒めてもらえるかと、少しだけ期待していたのだが、現実は甘くない。
(もっと……もっと強くならなくちゃ……)
二人は悔しさを噛み締めながらも、落ち込んでいる暇はないと、次の訓練に向けて気持ちを切り替えようとした。
その時、訓練場の入り口から声がかかった。
「デュークさん、ちょっとよろしいですか? 今、戻りました」
声の主に見覚えがあり、リューネとラビィは顔を見合わせた。入り口に立っていたのは、先日街で出会った、あの筋骨隆々のガーディアン、ダインだった。今回は鎧ではなく軽装だが、背中の巨大な両手剣は健在だ。
「おお、ダインか。無事に戻ったか。依頼の成果はどうだった? グリフィンは仕留めたんだろう?」
デュークは、いつもの厳しい表情を少し緩め、気安い口調でダインに話しかけた。二人はかなり親しい間柄のようだ。
「ええ、首は何とか持ち帰りました。シルバーランク昇格の条件はクリアできたはずです」ダインは肩をすくめながら答えた。「ただ、爪と風切り羽根の一番良いやつを、回収する前に別の魔物に横取りされちまって……。詰めが甘かったです」
少し悔しそうに言うダイン。
(グリフィン!? シルバーランク!?)
リューネとラビィは、二人の会話の内容に目を丸くした。グリフィンといえば、空を舞う強力な魔獣。それを討伐し、さらにシルバーランクへの昇格がかかっているとは……。自分たちとは次元が違う話に、二人はただただ圧倒される。
「……で? それでわざわざ俺を訪ねてきた用件は何だ?」デュークは本題を促した。
「はい」ダインは居住まいを正し、真剣な眼差しでデュークを見た。「今回の討伐で、少しは腕が上がったはずです。自分の今の力を確かめたい。デュークさん、どうか模擬戦をお願いできませんでしょうか?」
ダインの真っ直ぐな申し出に、デュークはニヤリと口角を上げた。
「ほう……。いいだろう、受けてやる。最近、少し体がなまっていたところだ」
彼は快く承諾すると、リューネとラビィの方を振り返った。
「お前ら、ちょうど良い機会だ。一流の戦いがどういうものか、その目に焼き付けて、少しでも学んでおけよ」
「は、はいっ!」
「見学させていただきます!」
二人は緊張しながらも、これ以上ない貴重な機会に興奮を隠せない。一流ガーディアン同士の、本気の(模擬)戦いを間近で見られるのだ。
デュークとダインは、それぞれ模擬戦用の武器(デュークは慣れた様子の長剣、ダインはいつもの両手剣よりは少し軽い訓練用の大剣)を手に取り、訓練場の中央で対峙した。先ほどまでの和やかな雰囲気は消え、空気が張り詰める。
互いに構えを取り、牽制しあい、一瞬の隙を窺う。先に動いたのはダインだった!
「はあっ!」
気合と共に、大剣を振りかぶり、デュークの頭上めがけて鋭い太刀筋で斬りかかる! まるで風を切るような、重さと速さを兼ね備えた一撃だ。
しかし、デュークは迫りくる大剣の切っ先を、まるで柳に風と受け流すように、最小限の動きでひらりとかわした。そして、攻撃を空振りさせて体勢がわずかに崩れたダインの懐に、滑り込むように踏み込むと、左の掌底による強烈な一撃をダインの胴体に叩き込んだ!
「ぐっ……!」
ダインは咄嗟に右腕でガードしたが、衝撃を殺しきれず、数歩後退させられた。
「さすがですね、デュークさん!」
「まだまだ!」
その後も、二人の攻防は目まぐるしく続いた。ダインが大剣のリーチとパワーで猛攻を仕掛ければ、デュークは卓越した剣技と体術でそれを捌き、的確なカウンターを叩き込む。剣戟の鋭い金属音が訓練場に響き渡り、二人の動きは目で追うのがやっとのほど速い。
リューネとラビィは、その次元の違う戦いに、ただ息を飲み、瞬きも忘れて見入っていた。これが、シルバーランクを目指すガーディアンと、おそらくそれ以上の実力を持つであろうデューク教官の力……!
どれほどの時間が経っただろうか。激しい打ち合いの中、ついに勝負を決する瞬間が訪れた。
ダインが渾身の力を込めて放った横薙ぎの一閃。デュークはそれを紙一重で潜り抜けるようにかわすと、がら空きになったダインの体勢に、カウンターの鋭い一撃を叩き込んだ! それは、剣の柄を使った打撃だった。
ガンッ!!という衝撃音と共に、ダインの手から訓練用大剣が弾き飛ばされ、宙を舞って床に突き刺さった。
「……そこまで」
デュークが静かに告げる。
勝負は、デュークの圧倒的な勝利で終わった。彼は肩で息をするダインを一瞥し、涼しい顔で長剣を鞘に戻した。
リューネとラビィは、その結末に、そして二人が見せた力の差に、完全に言葉を失っていた。
これが、一流のガーディアンの実力。
自分たちが今いる場所と、目指すべき場所との、あまりにも大きな隔たり。それは、二人にとって、遥か遠い、けれど確かに存在する目標として、強く、強く、心に刻まれたのだった。




