ep 6
スライム退治当日。清々しい朝の光の中、リューネとラビィはアルトゥンの西門をくぐった。数ヶ月間の厳しい訓練を経て、ついに迎えた初めての実践訓練だ。二人の顔には緊張の色が浮かんでいたが、それ以上に、自分たちの力を試せることへの期待感が溢れていた。
「うわぁ……広い……」
門の外に広がる見渡す限りの草原に、リューネは思わず声を上げた。訓練場とは違う、どこまでも続く緑と青空が目に眩しい。
「本当に、こんなところにスライムなんているのかな……?」
デュークから渡された地図と、周囲の穏やかな景色を見比べながら、リューネは少し不安げに呟いた。モンスターの気配など、今の彼女には全く感じられない。
「大丈夫だって! ボクの耳に任せてよ!」
ラビィは自信満々に、ぴょこんと自慢のウサミミを立てた。彼女は目を閉じ、全神経をその長い耳に集中させる。風の音、草の擦れる音、遠くの鳥の声……様々な音が飛び込んでくる中から、目的の音を探り出す。
しばらくすると、ラビィの耳が特定の方向を向き、ぴくりと動いた。
「いた! あっちの、少し窪んだ茂みの方から、なんか……ぷるぷる? みたいな音がする!」
ラビィは自信を持って、草原の先にある小高い茂みを指差した。
「本当? すごい、ラビィ!」
リューネはラビィの並外れた聴力に改めて感心した。これなら、不意打ちを受ける心配はなさそうだ。
二人はラビィの案内で、音のする方へと慎重に歩を進めた。息を潜めて茂みに近づくと、果たして、そこに数匹の半透明なゲル状の生物――スライム――が、ぷるぷると体を震わせながら漂っていた。大きさはバスケットボールほど。
「あ、ほんとにいる……!」
初めて見る本物のモンスターに、リューネは息を飲み、木の棒を握る手に力が入った。見た目はそこまで怖くないけれど、これがモンスター……。
「油断しちゃダメだよ、リューネ!」ラビィが隣で小声で囁いた。「デューク教官も言ってたけど、スライムだって、酸で攻撃してきたり、数が多いと囲まれたりして、見た目よりずっと手強いんだから!」
「うん! わかってる!」
リューネはこくりと頷き、訓練通りに木の棒を中段に構えた。
「よし、作戦通りいこう」リューネはスライムたちから少し距離を取り、辺りを見回して手頃な石をいくつか拾った。「ボクが向こうに石を投げて気を引くから、ラビィはタイミングを見て飛び出して、一体ずつ確実に仕留める。ボクもすぐに後を追うよ」
「うん、それにしよう!」
ラビィも頷き、いつでも飛び出せるように身を低くして、スライムの動きを注意深く観察する。
リューネは深呼吸を一つして、ラビィに目配せを送った。
「行くよ!」
掛け声と共に、リューネは拾った石を、スライムたちの少し離れた場所へ、音を立てるように投げつけた! カラン、コロン、と石が転がる音に、スライムたちは一斉にそちらへ反応し、ぷるぷると移動を始める。
「今だっ!」
その隙を逃さず、ラビィが茂みから飛び出した! ウサミミ族ならではの俊敏さでスライムに肉薄し、訓練で磨いた棒術で、一体のスライムの核らしき部分を正確に打ち抜く!
「プギャッ!」
スライムは短い悲鳴のような音を立て、形を崩して動かなくなった。
「やった!」
「リューネ、こっち!」
ラビィが叫ぶのと同時に、リューネも駆けつけ、残りのスライムに向かって木の棒を振るう。ラビィが一体を引きつけている間に、リューネが別の個体を叩く。二人の息はぴったりと合っていた。数ヶ月間の訓練の成果が、そこにはっきりと現れていた。連携プレーで、残りのスライムたちもあっという間に動かなくなった。
「やった……! やったよ、ラビィ! ボクたち、倒せた!」
リューネは、初めて自分の力でモンスターを倒したという達成感に、思わず喜びの声を上げた。
「うん! やったね、リューネ! 二人とも、頑張った!」
ラビィも笑顔で答え、ぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。
興奮も冷めやらぬ中、二人はデュークに言われた通り、任務完了の証拠となるスライムの核(粘液に包まれた小さな結晶のようなもの)を注意深く集め始めた。これをギルドに持ち帰らなければならない。
「リューネ、あっちの草むらに、大きめの核がありそうだよ!」
ラビィが耳をそばだてながら、少し離れた茂みを指差した。
「ほんとだ! さすがラビィだね、ありがとう!」
リューネはラビィの言葉に感謝し、喜び勇んでその草むらへと駆け寄った。
しかし、リューネが草むらに手を入れる寸前、ラビィの表情が凍りついた。彼女のウサミミが、警戒を示すようにピンと張り詰め、小刻みに震えている。
「待って! リューネ! 何か来る……! それも、複数……!」
ラビィは低い声で警告し、素早く周囲を見回した。さっきまでの和やかな雰囲気は消え、空気が一変する。
「何かいるの!?」
リューネもラビィのただならぬ様子に異変を感じ、慌てて木の棒を構え直した。
次の瞬間、ザザッ!と音を立てて、近くの木々の間から、鋭い牙を剥き出しにした灰色の獣たちが数匹、姿を現した!
それは、森に生息する獰猛な肉食獣――ウルフだった。その数は5匹。低い唸り声を上げ、涎を垂らしながら、明らかに敵意を持って二人を囲むように距離を詰めてくる。
「ウルフだ! しかも5匹もいる……! ダメだ、今のボクたちじゃ勝てない! 危険すぎる!」
ラビィは青い顔で叫んだ。彼女の優れた聴覚が、ウルフたちの強さと殺気を正確に捉えていた。
「……! 分かった! 逃げよう、ラビィ!」
リューネも即座に状況を判断した。スライムとは明らかに違う、本物の脅威。デュークの「無理せずすぐに引き返せ」という言葉が頭をよぎる。
「うん!」
二人はアイコンタクトを交わすと、集めたスライムの核もそのままに、一目散に街へと向かって走り出した! 後方からは、ウルフたちの追跡する足音と、空気を震わす遠吠えが聞こえてくる!
二人は必死に走った。訓練で培った体力が、今まさに試されている。幸い、ウルフたちとの距離は少しずつ離れていき、やがて前方にアルトゥンの城門が見えてきた。
門を転がり込むように駆け抜け、ようやく安全な街の中へたどり着いた二人は、その場にへたり込み、肩で大きく息をした。
「はぁ……はぁ……助かった……」
「怖かった……」
しばらくして、息を整えた二人は、ギルドに戻り、デュークの元へと向かった。
「デューク教官、ただいま戻りました!」
「スライムは……討伐できましたが、その、素材を集めている途中で、ウルフの群れに遭遇して……」
リューネは、任務を完全に達成できなかったこと、そして敵前逃亡したことを申し訳なさそうに報告した。叱責を覚悟していたが……。
デュークは、二人の報告を黙って聞いていたが、意外にも怒る様子は見せず、じっと二人を見つめた後、静かに口を開いた。
「……そうか。ウルフが5匹。それで、お前たちはどうした?」
「……危険だと判断して、すぐに逃げました」リューネが答える。
デュークは、その答えに、わずかに頷いた。
「……よくやった」
「え……?」
予想外の言葉に、リューネとラビィは顔を見合わせた。
「ガーディアンにとって、敵を倒すことだけが全てじゃない」デュークは続けた。「状況を正確に判断し、自分の実力と相手の力量を見極め、危険が大きいと判断したら無理せず撤退する。それもまた、生き残るための、そして依頼人を守るための、重要な決断だ。お前たちはそれを実践した。……上出来だ」
デュークは、いつもの無愛想な表情の中に、ほんの少しだけ、二人を認めるような色を浮かべていた。
リューネとラビィは、デュークの言葉に、驚きと共に、じわりとした安堵感を覚えた。
初めての課外訓練は、予期せぬ危険に見舞われたものの、二人にとっては大きな学びとなり、無事に(そして教官に褒められて)終えることができたのだった。




